再編の核となるのは、ブラックストーンが買収した決済代行会社「ソニーペイメントサービス」だ(記者撮影)

アメリカ投資ファンドのブラックストーンは1月31日、ソニー銀行の子会社で、決済代行会社「ソニーペイメントサービス(SPSV)」の株式80%を取得した。取得額は約400億円と見られる。

決済代行という裏方の業務で、かつソニーグループの中でも小型企業であるがゆえ、あまり大きな話題にはならなかった。決して派手ではないディールだが、決済ビジネス再編の起爆剤となる可能性を秘めている。

決済代行の「4強」に照準

「われわれと一緒にやりませんか」

2022年7月。ブラックストーン・グループ・ジャパンの坂本篤彦代表は、SPSVの中村英彦社長の元を訪れていた。決済代行事業の将来性について両者は意気投合し、中村氏も「ブラックストーンと一緒にやりたい」と応じた。

EC(ネット通販)やキャッシュレス決済の拡大を見越したブラックストーンは、かねてから「決済代行会社」への投資を模索していた。銀行やクレジットカードといった決済機関と、小売りなどの事業者を仲介し、代金の支払いや売上管理などを一手に担うビジネスだ。

デロイトトーマツミック経済研究所によれば、日本のネット決済代行サービス市場は毎年10%以上拡大し、2023年度は5933億円に達する見通しだ。

あまたある決済代行会社の中でも、「4強」が市場を牛耳っている。最大手のGMOペイメントゲートウェイ、デジタルガレージ系のDGフィナンシャルテクノロジー、ソフトバンク系のSBペイメントサービス、そしてSPSV。4社で決済取扱高の約8割を占める。

業界の巨人であるGMOペイメントゲートウェイは株式市場で高値がついている(2月8日時点時価総額6759億円)。SBペイメントサービスはグループ会社向け業務が主で、グループからの分離が難しい。残るDGフィナンシャルテクノロジーとSPSVのうち、白羽の矢が立ったのが後者だった。

ブラックストーンがSPSVに関心を抱いたのは、単に業界大手の一角を占めるだけではない。

SPSVの唯一無二の強み

決済代行会社は、データを送受信するネットワークに接続している。国内ではNTTデータの「CAFIS」とJCB系の「CARDNET」が主流だ。

一方、SPSVは決済代行会社としては珍しく独自のネットワーク「e-SCOTT」を構築しており、NTTデータなどに利用料を支払う必要がない。こうした特徴から、同業と比べても高い利益率を誇り、この点にブラックストーンは惹かれたようだ。

ソニーの看板を掲げ、成長市場で存在感を示し、自前のネットワークも有するSPSV。一見恵まれた環境に映るが、実情は異なる。


【2024年2月9日9時45分追記】上記図表の単位を修正しました

一因はSPSVの株主構成にある。ソニー銀行の子会社であるSPSVは、銀行法が定める「5%ルール」の対象だ。銀行とその子会社は、事業会社への5%を上回る出資が禁じられている。

この5%ルールがSPSVの足かせとなった。同業他社を買収して決済件数や取扱高を拡大させたり、e-SCOTTの利用を促したりする戦略が、事実上封じられたためだ。実際、SPSVは過去にM&A(企業合併・買収)を検討したこともあったが、5%ルールが壁となり断念した。

加えて、個性であるはずのe-SCOTTもCAFISとCARDNETの牙城を崩せず、国内のシェアは数%にとどまるもようだ。

思うような成長ができないSPSVの売却論は、コロナ禍前から浮かんでは消えていた。数多くの事業を抱えるソニーグループにとって、決済代行は非中核だ。とはいえ、毎年安定して黒字を計上するSPSVを急いで売却する必要性も薄い。

棚上げされていたSPSVの処遇にけりをつけたのが、ソニーグループの十時裕樹社長だった。2022年秋口、SPSVの売却話が十時氏に伝わると、「中村(英彦社長)がやりたいなら、いいんじゃないか」と快諾したという。

「(SPSVの売却は)十時氏でなければ決断できなかった」。ある投資ファンドの幹部は指摘する。成長性や資本効率の観点から、多角化が進んだ事業の取捨選択に十時氏が踏み切っていたからだ。

その象徴が、ソニーの金融事業を束ねるソニーフィナンシャルグループ(FG)の分離だ。かつての稼ぎ頭は、今や半導体やエンタメ事業の台頭により存在感が低下。資本効率も相対的に劣るため、金融事業を分離する機運が高まった。そして2023年5月、ソニーグループは2〜3年後をメドにFGの持ち分比率を現在の100%から2割前後まで引き下げると表明した。

FGにとっても非中核

SPSVをめぐる交渉は、ソニーFGの議論と並行して進んでいた。FGがグループから外れれば、傘下のSPSVも自動的にグループから外れる。だが、銀行や保険、介護事業を抱えるFGにとっても決済代行事業は非中核で、保有する意義を投資家に説明しにくい。こうしてFGに先立ち、SPSVがグループから切り離されることとなった。

2024年1月末をもって、SPSVに対するソニー銀行の出資比率は57%から20%へと下がった。一定の資本関係を維持したのは、SPSVが引き続きソニーの屋号を掲げることに加え、ソネットやソニーミュージックなど、グループ企業向け取引を当面は継続するためだ。

SPSVには少数株主としてJCBや三井住友カード、イオンフィナンシャルサービスといったクレジットカード会社が存在していたが、各社は株式を保有する意義が薄れたとして、ブラックストーンへの売却に同意した。

ファンド傘下で再出発を図るSPSV。株式を取得したブラックストーンは経営体制を補完し、収益力を高めて3年程度で上場させたい考えだ。小売業者への営業強化や周辺サービスの拡充と合わせて、成長戦略の柱に位置づけるのがM&Aだ。

e-SCOTTを武器に陣容を拡大

前述の通り、SPSVは自前のネットワークであるe-SCOTTを抱える。買収を通じて決済件数や取扱高を増やすだけでなく、買収先の会社にe-SCOTTを導入させてネットワークに相乗りする企業を増やす戦略が取り得る。

「ネットワークを変えるだけで、収益性はかなり上がる。中堅以下で、単独でやっていくのが難しい方々(決済代行会社)を仲間に入れたい」(坂本代表)。


ブラックストーンの坂本代表は「面を取りに行く」と意気込む(撮影:尾形文繁)

買収先としては独立系だけでなく、SPSVのように特定の企業グループに属する企業も含めて、幅広い決済代行会社がテーブルに載っているという。

再編機運はSPSV以外でも高まっている。

りそなホールディングスは2022年11月、SPSV同様に業界の4強であるDGフィナンシャルテクノロジーを擁するデジタルガレージと資本業務提携を締結。さらに2023年12月には、出資比率を2%から12%まで引き上げることに合意した。

りそなの法人顧客への決済サービス提供や、逆にDGフィナンシャルテクノロジーの決済加盟店への金融サービス提供を目論む。

市場が拡大する一方、新規参入業者も多く競争が激化する決済代行業界。銀行法のくびきから解き放たれ、ファンドの資金力を後ろ盾に買収攻勢の構えを見せるSPSVが、再編の引き金を引く可能性がある。

(一井 純 : 東洋経済 記者)