昨年末から国内での販売が始まったエーザイの認知症薬「レケンビ」。薬価算定に当たっては、”例外的”とも言える加算が行われた(写真:エーザイ)

注目を集めてきた認知症の新薬の販売が今年、いよいよ本格的に始まる。

エーザイの認知症治療薬「レケンビ」が2023年12月20日、国内で発売された。すでに患者への投与も始まっている。

早期認知症患者の症状進行を緩やかにする新薬として注目されるレケンビだが、製薬業界では、12月13日に決まった“値段”が話題を呼んだ。というのも、国内では破格とも言えるプレミアムが付けられたためだ。

レケンビの薬価(公定価格)は体重50kgの患者の場合、年間298万円となる見込み。これについて、薬の費用対効果に詳しい横浜市立大学の五十嵐中(いがらし・あたる)教授は「レケンビが300万円近い価格となったのは意外だ。かなり特例的な評価がされている」と話す。

100万〜200万円程度との予想を覆す

先行して2023年7月に承認されたアメリカでの価格は、年間2万6500ドル(約380万円)。一般的に、アメリカで先行発売された薬が日本で発売される場合、アメリカでの価格の半分〜3分の1ほどになるケースが多い。

そのためレケンビも、「国内の薬価は100万〜200万円程度になるのでは」との見方があった。ところが実際には、その想定よりもはるかに高い薬価がつけられたことになる。

業界関係者も驚く価格がつけられたのはなぜなのか。

日本での薬価は、厚生労働省の薬価算定組織で検討された後、中央社会保険医療協議会(中医協)で了承されて決まる。製薬会社にとっては、長い時間をかけて投じてきた巨額の開発費用を回収するべく、少しでも高い値段をつけたいところだが、国内での販売価格を自由に決めることはできない。

薬価の決め方は大きく2つある。類似する既存薬の値段と比較する方法と、原価を積み立てていく方法だ。レケンビには類似薬がなかったため、後者の原価計算方式が採用された。

算定時には、開発にかかった費用に加えて、その薬への評価である「加点」が行われる。従来なかった治療法であったり、既存薬より大きな効果をもたらすものだったりする場合、こうした要件をすべて満たしていれば「画期性加算」、一部を満たしていれば「有用性加算」が行われる。

レケンビ1瓶(500mg)当たりの製品総原価は5万5592円。そこへ流通経費や会社側の利益、消費税を加えた価格は7万8926円となる。今回、さらにその価格に45%の有用性加算が行われ、1瓶11万4443円という薬価に決まった。

「多くのケースでは有用性加算は5〜10%で、45%はかなり例外的だ」。前出の五十嵐教授はそう指摘する。

エーザイ側は「不服」を表明

レケンビの薬価は、12月13日に開かれた中医協で了承された。その際の資料からは、「既存の治療方法で効果が不十分な患者群においても効果が認められたこと」「初めて認知症の進行抑制が認められた薬剤であること」などが考慮された結果、大幅な加算となったことが読み取れる。


中医協によるレケンビの薬価算定に関する資料。6ページにわたり、その算定根拠が示されている(記者撮影)

しかし、当のエーザイにとっては十分に満足できる価格ではなかったようだ。11月下旬に行われた1回目の算定の後、“不服意見”を表明していたのだ。

エーザイ側は、レケンビの特性を踏まえると、有用性加算よりも加算率が高い画期性加算に当てはまるとの主張だ。レケンビの臨床試験結果を基に、「標準治療と比較した費用対効果が高く、医療費や公的介護費などを減少させることが示唆された」とも訴えている。

結果的にこの訴えは、レケンビが重度の認知症患者を対象としていないことなどから退けられた。医療費や介護費についての主張に対しては、厚労省側は「これまで薬価収載において評価の対象としておらず(中略)、薬価に反映させることは困難」とした。

エーザイは当初、レケンビの薬価算定を類似薬比較方式で行うよう求めていた。同社がより高い価格を望んでいたことは、その際に比較対象として提案していた類似薬からも見て取れる。

エーザイが示した類似薬は、希少疾患の末梢神経障害進行を抑えるファイザーの薬「ビンダケルカプセル20mg」と、多発性硬化症の身体的障害の進行抑制薬「タイサブリ点滴静注300mg」の2つ。前者は年間薬剤費が6000万円を超える高額医薬品となっている。

12月13日に開いた会見で、エーザイの内藤晴夫CEOは「レケンビが臨床効果に加えて介護負担などの軽減効果があることから、『バリューベースドプライシング』(価値に基づいた価格設定)を提案してきた」と振り返った。

エーザイはレケンビの承認・販売に先立ち、海外の論文などを引用する形で同薬の費用対効果に関するメディア向け説明会を開くなど、従来の薬価算定にとらわれない価格設定を各方面に訴えかけてきた。

その先頭に立ってきた内藤CEOは「今回は(介護費の軽減効果などが)算定対象とならなかったが、今後議論されるだろう」と、わずかに悔しさをにじませた。

議論されたこと自体に意味がある

ただ、エーザイのこうした活動によって、薬価算定のあり方に改めて注目が集まり、これまで以上に深い議論を導いた可能性はあるだろう。

通常、中医協による薬価算定の資料は1品目当たり2ページで説明されるが、レケンビは6ページにわたってその算定根拠が示された。認知症という、多くの人にとって罹患可能性のある病気を対象としていることも、議論が慎重に行われた理由とみられる。

横浜市立大の五十嵐教授は「介護費用削減効果についてはこれまで話題にすら上がらなかった。議論されたということだけでも意味がある」と評価する。

一般的な消費財のように、高い価格がつくと薬の売れ行きに影響が出るかといえば、そうとは限らない。患者の自己負担額は、「高額療養費制度」を用いて抑えることができるからだ。

年間の収入によって上限は異なるが、例えば年収370万円以下の場合、自己負担額の上限は年間14万4000円となる。一方、その差額は医療保険などからまかなわれるため、薬価が高いほど国の財政負担増にもつながる。アメリカなどと比べて日本の薬価が低いのには、こうした背景もある。

ただ、低すぎる薬価は、国内での創薬に対する製薬会社のモチベーションを下げてきた。エーザイのレケンビは、今後の薬価をめぐる議論に一石を投じる存在になるかもしれない。

(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)