「チケット即完売!」は自慢にはならない…年間1000本のお笑いライブを制作してわかった"人気芸人"を育てる方法
※本稿は、児島気奈『笑って稼ぐ仕事術 お笑いライブ制作K-PROの流儀』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
■どうすれば通ってきてくれるファンを増やせるか
お笑いライブを作るときに、一番大事なのはもちろん「より多くのお客様に足を運んでもらうこと」です。「K-PROはどうしてこんなに集客力があるの?」という声をいただくことが多いので、まずは「ファンの作り方」について書いていこうと思います。
ここでの「ファン」は、「ライブに頻繁に通っていただけるお客様」のことです。
飲食店や企業などにも置き換えられる話だと思います。
新たなファンを作るということは、全く興味がなかった、関係なかった人をファンにするということで、それは何よりも難しいことです。
ファンの作り方に関しては、ビジネス書などを読むと「潜在層から見込顧客を〜」みたいな話がマーケティングの基本として出てきます。ざっくり簡単に説明すると、
潜在層→なんとなく商品のことを知っている人
見込顧客→その商品のことを知っているけど、買うか迷っている人
ということです。つまり、潜在層の人に商品のよさを教えたら「見込顧客」になり、見込顧客の人の背中を押してあげたら商品を購入、つまり「新規ファン」となります。
■お笑いライブに新規客がやってくる流れ
わかりやすくK-PROで考えてみたいと思います。
まず、M-1グランプリやキングオブコントを見て、「お笑いって面白いなー、お笑いライブ見に行ってみようかなー」と思った人は、最初どこに行くと思いますか?
あ、ちなみに、吉本興業以外の事務所の芸人さんを好きになった場合……としますね。
住んでいる場所にもよると思いますが、初めての方の場合、多分、地元の大きい区民ホールのような場所でやっている「会館ライブ」か、もしくはそれぞれの芸人さんが所属する「事務所ライブ」だと思います。
(1)テレビで知る→(2)どんなライブに出ているかスマホで調べる→(3)事務所のホームページにたどり着くという流れですね。この(2)の時点でK-PROを知ってくれる方もいます。それはすごくラッキーなことです。恐らくK-PROにたどり着くのは、ほとんどの方がもう少しあとで、(4)事務所ライブに通い続けていたら、最初のお目当て以外に好きな若手芸人ができる→(5)他のライブにも行ってみようと思う→(6)K-PROを知る……と、こんな流れじゃないでしょうか。
今まではもう少し経由地がありましたが、今はここあたりでK-PROを発見していただけると思います。この時点で結構お笑いに詳しくなっていると思うので、うちのライブに来る方は、ライブの楽しみ方を知っているお客様が多いです。
■若者のテレビ離れで新規ファン獲得の流れが変わった
……と、これが従来のファンのつけ方の主な流れでした。2019年まではギリギリこれでやれたと思います。それまではこの流れで、K-PROにたどり着いてくれたお客様を如何に離さないようにするかを考えてやっていました。
でも、最近の10〜20代はテレビを見ません。私は結構テレビを見るほうなので、最初は「若者はテレビを見ない」という事実を信じられないというよりは信じたくなかったですが、今のテレビ離れは深刻です。この状況だと、先ほど書いた「(1)テレビで知る」がないため、「潜在層」がいなくなってしまいました。新規ファンはこの流れではこないことになります。ただでさえK-PROを知っていただくには、(6)までかかるのに……。
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
まず、待っていてもこないのであれば、自分たちで「潜在層」を作らなければなりません。そのために「知らない人に興味を持ってもらう」には何をすればいいかを考えます。
ライブに限らず、印象操作で一番効果があって、できるだけ多用したいのが、「流行ってる感じを出す」ことです。
■同じものを3回見聞きしたら「流行」、4回で「社会現象」
たとえば「行列」ですね。お店の前に人が並んでいて「なんだろうこの行列は?」と思ったことは誰しもがあると思います。人は流行っているものを見ると興味を持ちます。流行っているものは人を惹きつけます。
「今大注目の○○を知っていますか⁉」「女子高生に大人気の○○、知らないとヤバい!」みたいなフレーズを使って、「流行ってる」「知らなきゃ損」と言われたら、話題に乗り遅れたくないという心理が働いて、どんなものかと調べたくなります。
そして、何かのきっかけでまたその○○についての話を耳にしたら、「あーやっぱり流行ってるんだ。覚えておいてよかった」となり、段々と気になる存在になっていきます。
同じものを3回聞いたら「流行」、4回聞いたら「社会現象」と言われているぐらいで、まずは同じ人に2回届けられるようにしようと、みんなが試行錯誤しています。
ただ気をつけなければいけないのは、流行っているように見せるだけでは、今の時代、すぐにバレてしまうということです。どんなに広告代理店が力を注いでも、「本物」かどうかは、調べればすぐにバレます。
■話題にしたいライブはなんとしてでも満員にする
ではどうすればいいかというと、そこに必ず、「実績」を重ねる必要があります。ライブでの実績と言えば「お客様の動員数」だと思います。たとえば「新ユニットライブ」をやるとなった場合に、毎日のように告知をしたり、SNSで他の芸人さんが「あのユニット入りたいな」と言ったり、「お笑いナタリー」に取り上げてもらったりしたら、「流行ってる感」は出せますよね。
そこに実績を作るために、とにかくなんとしてでもそのライブを満員にします。すると、「満員だったんだ。じゃあ本当に人気があるんだ」となり、「次回は行こうかな」という流れが作れます。一度実績を作ることができたら、めちゃくちゃ強いです。
そして「年中満員のライブ」と評判になったら、「行ってみたい」と興味を持つ人がどんどん増えていきます。「K-PROのライブは、いつも超満員」というイメージを持っていただくことが多いのですが、実は満員じゃないライブも沢山あるんです。じゃあなぜ毎回満員と思われるのか? その答えは、絶対落とせないライブを見極めて、埋めなきゃいけないライブはなんとしても満員にしているからです。
■人気を出したい芸人にファンをつけるテクニック
ここだけの話ですが、落とせないライブをしっかり満員にしたときだけ、私はSNSで「満員御礼」と書いています。大成功したことを広めて、「次は参加したい」と思わせる、私の得意技の一つです。
満員や完売のインパクトを利用して、流行っている感を出し続けることはかなりの武器だと思います。
何か一つ「流行りを証明できるもの」があれば、かなりの効果を発揮します。「あの人気は本物だったんだ」と思わせることができたら、成功です。
他に、誰でもすぐにチャレンジできることもありまして、それは「自信を持つこと」です。
ここにきて精神論です。でもやはり、自信を持って宣伝することは立派な技術だと思います。自信や信念を持っているところには、人は必ず集まります。自分の商品には、誰よりも自分が愛情を持って、その気持ちを伝えていけば、必ず売れます。
「あそこのライブは毎回評判がいいし、主催者の気合いが伝わるから、今度友達連れてこようかな?」と思わせられたら最高です。
満員戦略と自信を持つこと、さらにそのコンボさえ決まれば、話題になりやすいと思います。そして、この技を使えば「人気を出したい芸人(商品)にファンをつける」こともある程度は可能になります。
……と、偉そうに書いてきましたが、山程失敗してきたからこそわかったことなので、何卒ご勘弁ください。
■「チケット即完売」は本当にすごいのか
皆さんは次のうちどっちがすごいと思いますか?
(1)「単独ライブ今日発売開始でしたが、なんと即完しました!」
(2)「単独ライブ発売開始しました! チケットまだまだございます! 絶対面白くします! お願いです、来てー!」
よくSNSで流れてくる文ですね。これだけだと、恐らく全員(1)のほうがすごいと思ったはずです。では、もう一つここに言葉をつけ加えてみたいと思います。
(1)「A劇場(100席)での単独ライブ今日発売開始でしたが、なんと即完しました!」
(2)「Bホール(250席)での単独ライブ発売開始しました! チケットまだまだございます! 絶対面白くします! お願いです、来てー!」
さあこれならどうでしょうか? 正直、これでも(1)のほうがすごいと思ったのではないでしょうか。「A劇場とはいえ即完はすごい」「買えなかった人もいるからもっと大きな劇場でも埋まるんじゃないか?」ということを考えた人も多いのではないかと思います。
実は、これは実際にあった話で、Bホールでやるほうの芸人さんから、「俺らのほうがチケットも売っているし、はるかにすごいチャレンジをしてるのに、なんでA劇場でやるほうが讃えられているのか? 悔しいですよ……」との愚痴を聞いたことがありました。
■即完させず、でも満員にはするのが腕の見せどころ
これが、「即完幻想」です。「即完」だけでなく、先ほど「満員戦略」の話を書きましたが、「満員」「売り切れ」なども同様で、言葉だけを見て「すごい」と判断する方が本当に多いです。
お笑いライブに限らず、この「即完幻想」を逆に利用したビジネスのやり方が、いわゆる「品薄商法」で、意図的に商品の個数を抑えて、購買意欲を煽って、販売数を増やすというやり方です。
私はこの手法には疑問を持っていて、ライブでもゲームでもなんでも、「見たい方、欲しい方にしっかり行き届くこと」が理想的だと思っています。
なのでK-PROのライブは、キャパやチケット料金、出演メンバーの並びを考慮して、即完はしないように、それでいて最終的には満員になるように設計しています(コロナ禍は別です)。
意外に思われるかもしれませんが、K-PROのライブは、即日完売したことがあまりないです。もちろん即完は主催者としては目指さなければいけないことですが、即完確定を想定のもとに告知するのは、私は違和感を覚えてしまいます。
■見たい人に届けられないのは反省すべきこと
たとえばEXITが、芸歴2年目の2019年に「パシフィコ横浜」で単独ライブをやって即完させていましたが、伺った話だと吉本興業の関係者の方も想定外だったそうで、そういう「チャレンジした上での即完」はすごく格好いいと思います。ただ、はなから即完がわかっているキャパでやるのは、私は、格好いいとは思いたくないんです。
なぜなら即完はありがたいことですが、「反省すべきこと」だとも思うからです。
見たい人に届けられないというのは、絶対によくないことだと思います。配信のチケットも販売されるライブであればまだ救われますが、やはり「生の臨場感」に勝てるものはないですよね。
人気が高くてチケットが取れないコンビの場合、ネタの面白さを全体に行き渡らせるために劇場のキャパにこだわりがあるのもわかるのですが、たとえば最終公演や追加公演だけでも、どでかいホールでやっていただくこととかできないだろうかなどと願っています。
商品でもなんでも、欲しい人のもとにはなるだけ届くような努力を、企業側はするべきではないのかな、と思います。
■一人でも「マンネリだ」と思う人がいたら終わってしまう
マンネリは、K-PROのようなイベント業にとってはかなり気をつけなくてはいけないことです。マンネリの怖いところは「伝染するところ」だと私は思います。
たとえば視聴率が高い故に同じ構成を続けているテレビのバラエティ番組について、誰かが「マンネリだ」と言い出したら、それを見たり聞いたりした人の頭の中に、「そう言われてみたらマンネリかも……」という感情が生まれてしまうのです。
その時点ではちょっとした共感ぐらいですが、一度そう思った状態で番組を見たときに、少しでもマンネリを感じたら、途端に「つまらないかも」とか、「もう見なくていいかな」と思ったりすることがあります。そうやって「マンネリだ」という噂が猛スピードで広がっていき、あっという間に終わってしまう番組が結構あります。
要は、誰か一人にでもマンネリだと思い込まれたら終わりなので、マンネリだと思われる前に、誰よりも先に自ら手を打たなければダメです。勇気を出して、如何に先に動けるかが勝負です。
■どれだけ盛り上がるライブでもメンバーを定期的に入れ替える理由
たとえば、K-PROには『若武者』というライブがあります。
若手のバトルライブで、毎回すごく盛り上がるライブなんですが、このライブは、どれだけ盛り上がっていても、定期的にレギュラーメンバーを卒業させています。理由はもちろん、マンネリを防ぐためにです。このライブはシステム的には2009年に始めたときから一切変えていないので、レギュラーメンバーの卒業によって、新鮮さを出しています。
毎回卒業発表に関しては、先手を打っているつもりです。「卒業か。そりゃそうだよなあ」という意見よりも「え? もう少しこのメンバーで見たかったなあ」という意見のほうが多いと思います。このライブは卒業の時期を間違えたら、半年〜1年単位で続けなければならないので、タイミングを間違えないようにと毎回ハラハラします。
そんなマンネリなんですが、ときには武器にもなります。たとえば、この『若武者』ライブの一番の見どころは結果発表です。1位から順番に呼ばれて舞台に出ていき、下位になったらエンディングで舞台に出られない&次回の『若武者』に出演禁止という厳しいシステムで、先ほど書いたように、開始当時から変えていません。ずっと同じということは、それだけ長い歴史があるんですね。
■14年間同じシステムで続けてきたら伝統になった
同じシステムで、同じ曲で、同じ緊張感で、過去には三四郎やハナコがしのぎを削ってきました。そのことを今出ている若手に話したり当時の映像を見せたりすると、「出る意義のあるライブ」だとか、「いつかあの位置に行くための登竜門なんだ」と気合いを入れてくれます。今では芸歴1〜2年目の若手に「一番出たいK-PROライブは?」と聞いたら、間違いなく『若武者』が1位になると思います。
14年間マンネリに気をつけながら続けていたら、いつの間にか「マンネリから伝統」に変わりました。こうなると、無敵の武器としてすごい効果を生み出せるようになります。同じことを「惰性で続ける」とマンネリにはなるけど、「意識して続ける」と伝統になるんです。
マンネリに気づくための対策は人それぞれ違うと思いますが、私がやっているのは、「そのライブを一旦やめようかなと考えてみる」ことです。その想像をしたときに、少しでも「マンネリかも」と頭に浮かんだら、次にいつまで通用するかを考えてみます。その時期が多分変えるリミットだと思います。
■続けるために一度やめてみるのもひとつの手段
また、マンネリだと思っていても続けたいものに関しては、「本当に一度やめてみる」のもいいかもしれません。マクドナルドのチキンタツタ戦法ですね。
チキンタツタは、以前はビッグマックやフィレオフィッシュなどと同じレギュラーメニューで、その中で人気が低めのバーガーでした。鳥インフルエンザの影響などもあり、一旦販売を休止して、期間限定販売にして再発売したら飛ぶように売れ始めました。もともといつでも食べられると思っていた商品がいつの日からかなくなった……というフリが効いていることで、復活させる度に売れるお化けメニューになったそうです。
マンネリは、発想を変えれば「浸透している」ということなので、それをうまくイジってあげれば、めちゃめちゃ跳ねます。マンネリと伝統は紙一重、戦略を持って早めに対処したり、やり続けたりすれば、マイナスをプラスに変えることもできます。
是非身近なものから試してみてください!
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児島 気奈(こじま・きな)
K-PRO代表
1982年生まれ。東京都出身。年間1000本以上のお笑いライブを企画、主催。さらに番組制作のキャスティングや所属芸人の育成、マネジメント業務なども行っている。2021年4月には劇場「西新宿ナルゲキ」をオープン、連日ライブを開催し、若手芸人が出られる舞台を運営している。(近影撮影=鈴木七絵/提供=文藝春秋)
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(K-PRO代表 児島 気奈)