●メディアが報じるビデオリサーチとは異なるデータ

今、テレビ業界の中で話題になり始めている「TVAL now -テレビ番組リアルタイム視聴率-」というサービスを聞いたことがあるだろうか。これはテレビの視聴データやCM出稿分析などを行うスイッチメディアが提供するもので、関東・関西・中京で放送されている各番組のリアルタイム視聴率や推移グラフなどを閲覧できる。

しかもアカウント登録不要で、スマホでいつでもアクセスでき、3時間前の番組までさかのぼっての閲覧が可能。さらにSNS投稿も可能なため、「自分の好きな番組が〇%の視聴率を獲っていたのか」を個人がウェブメディアより早く発信することもできる。

つまり、これまでテレビCMの出稿を考える企業向けに行われてきた有料サービスを無料で一般公開しているのだが、各局と視聴者のそれぞれにとってどんな意味のあるものなのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。

「TVAL now -テレビ番組リアルタイム視聴率-」

○■ほぼ知らなかった視聴率を可視化

まず誤解のないように書いておかなければいけないのは、前述したように今回のサービスとデータはスイッチメディアのもので、ふだんネットメディアなどが視聴率を報じる際に使うビデオリサーチによるものではないということ。両社の視聴率調査は、対象の人数、地域、視聴環境などが異なるものだけに、数値をそのまま置き換えて判断しないほうがいいだろう。

メディアの視聴率報道とこのサービスのデータは別物として考えるべきなのだが、もちろんメリットもある。何より画期的なのは、「これまでメディアが報じるまで、ほとんど知ることができなかった視聴率が初めて一般公開される」「しかも番組全体ではなく、各時間帯の視聴率が分単位で分かり、裏番組とも比べられる」の2点。

今まで視聴者は、テレビ局にとって都合のいい高視聴率の番組か、ウェブメディアがPV狙いで批判記事を書く際によく使う低視聴率の番組くらいしか知ることができなかった。しかし、今回のサービスによって、「この番組は(あるいは『このコーナーは』)どれくらいの視聴率が獲れたのか」の目安を初めて知る機会を得られたことは確かだ。

ただ、「会員登録なしで誰でもいつでも見られる」「無料でSNS投稿もできる」から視聴者向けのサービスと言い切るのは無理がある。現状データの公開は3時間のみに過ぎず、一般の視聴者を引きつけるサービスとしてはあまりに短い。せめて1日間、できれば1週間前の放送と比較できるように8日以上の公開が本当の視聴者サービスと言えるのではないか。

●ファンが“推し”に手柄を獲らせる

では、一般の視聴者は今回のサービスをどのように使っていけばいいのか。

“推し活”をしている人にとってこのデータは、ファクトの1つとして十分に利用価値のあるものだろう。

例えば、バラエティ、ドラマ、アニメなどのテレビ番組はもちろん、特定のアイドルグループや芸人など、自分の“推し”を応援する際、SNSに「今この番組はこんなに視聴率を獲っている」「裏番組にこれだけ勝っていた」「〇〇の出演シーンになったら毎分視聴率がこんなに上がった」などとアップすればOK。ポジティブな結果をシェアすればファンコミュニティが盛り上がり、X(Twitter)のトレンドランキング入りする可能性もありそうだ。

とりわけ熱心なファンが多いアイドルやアニメのファンは、「推しの人気や魅力を伝えたい」「推しに何とか手柄を獲らせたい」などと考えて、このデータを積極的活用していくのではないか。ただ、利用者がそれらのファン層に偏り過ぎると、このサービス自体がファンビジネス向けのものとみなされ、信頼性が薄れていくのかもしれない。

折しもここ数年間、“テレビの番組のファンビジネス化”は業界内で危惧されてきた。熱心なファン層の多いコンテンツやタレントは、「『好き』な人以外、『嫌い』という人が多く、『どちらでもいい』という人が少ない」というリスクがある。好き嫌いがはっきり分かれやすいため、一部のファンを優先させた結果、数倍のアンチを生み、テレビ離れにつながるという結果につながりかねないのだ。

ここまでサービスの発表から1週間が過ぎたが、IT系の情報に熱心な一部メディア以外が報じなかったからなのか。まだこのサービスは一般の視聴者層にほとんど知られていない。主要メディアがあまり報じないのは、「ビデオリサーチのデータではないから」「3時間限定のサービスに過ぎないから」という理由が考えられるが、それ以前に「本当に一般の視聴者が興味を示すデータなのか」という疑念もあるのだろう。

SNS投稿画面のイメージ

○■“ライブイベント感”を高める戦略

人々のライフスタイルもエンタメそのものも多様化し、コンテンツの配信視聴が浸透する中、リアルタイム視聴のプライオリティが高いのは、もはやテレビ業界の関係者だけではないか。

また、「テレビのリアルタイム視聴率だけ可視化しても興味が湧く人は少ない」とみなしているのかもしれない。録画視聴率と総合視聴率(リアルタイム+録画)、TVerなどの無料配信再生数、U-NEXT、Hulu、FOD、TELASAなどの有料会員数と配信再生数といったひと通りの視聴データが可視化されるのであれば、興味を示す人もいる」という見方が現実的なところだろう。

もちろんそんな現実は各局も分かっていて、だからこそ「リアルタイム視聴を増やすために、番組に“ライブイベント感”をつけよう」という戦略が見える。

実際、今年最大のヒット作『VIVANT』は、豪華キャストと海外ロケのスケールばかり語られがちだが、決してそれだけではない。物語に謎や伏線を大量投入しつつ、放送後にも視聴者の考察にSNSで答えて盛り上げながら、次の日曜21時の放送を迎えるなど、リアルタイムで見ることのライブイベント感を高める工夫を重ねていた。

秋ドラマでも、『大奥』(NHK総合)の公式Xが「#大奥リアタイ」を促すツイートを重ね、放送のたびにトレンドランキング入りさせている。これは「NHKが『大奥』というドラマにそれだけ自信を持っている」からこその戦略だが、今後は視聴者自身もこのようなハッシュタグに加えてTVALのデータも使うことで、リアルタイム視聴のライブイベント感を自ら高めていけるだろう。

ただ、「『VIVANT』や『大奥』ほどリアルタイム視聴をうながせるハイレベルなコンテンツは年に数本程度」と考えるのが現実的なところ。もし制作サイドがクオリティや視聴者満足よりも、リアルタイム視聴を優先させるような構成・演出を続けたら反発を食らうだろう。

今年の年末で言えば、『M-1グランプリ2023』(ABCテレビ・テレビ朝日系)や『第74回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)あたりは、TVALのデータを使ったリアルタイム視聴率の推移がネット上で注目されるかもしれない。やはりそのデータが最も生かされるのは、音楽の大型イベント、スポーツやお笑いの大会、緊急記者会見や選挙番組などのライブコンテンツなのではないか。

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら