日本の都市部や西洋の多くの社会では、夫婦のみや親子のみで構成される核家族が多くなっています。しかし、ケンブリッジ大学の進化人類学者らは、現代でも狩猟採集社会の乳児は親だけでなく10人以上の養育者が関わって育児されていることを研究で明らかにし、「私たちも歴史のほとんどを狩猟採集民として生きていたため、多くの人に見守られて成長するよう、心理的に組み込まれている可能性がある」と主張しています。

Sensitive Responsiveness and Multiple Caregiving Networks Among Mbendjele BaYaka Hunter-Gatherers: Potential Implications for Psychological Development and Well-Being

https://psycnet.apa.org/fulltext/2024-21265-001.html

Hunter-gatherer approach to childcare suggests that the key to mother and child well-being may be many caregivers

https://phys.org/news/2023-11-hunter-gatherer-approach-childcare-key-mother.html



Hell is other people - Why individualism shrinks the next generation

https://woodfromeden.substack.com/p/hell-is-other-people-why-individualism

ケンブリッジ大学考古学部で進化人類学を専門とするニキル・チョーダリー氏らは、コンゴ共和国に住む狩猟採集民のムベンジェレ族の文化を調査・分析した結果を発表しました。チョーダリー氏によると、「人類は進化の歴史の大部分を狩猟採集民として生きてきたため、現代の狩猟採集民を研究することで、子どもたちが心理的に適応している可能性のある子育てについての洞察が得ることができる」と考えられるそうです。

調査の結果として、ムベンジェレ族の乳児は最大15人の異なる養育者から1日約9時間、丁寧な世話と身体的接触を受けていることが判明しました。多数の擁護者がいることによって、子どもが泣きだした際の50%は10秒以内に誰かが対処し、25秒以上対応が遅れたケースは10%に満たなかったとのこと。また、「乳児の3メートル以内に誰もおらず、視線が合わない」という孤独な状況に乳児が置かれた時間は日中の12時間で平均して14.7分のみで、常に誰かの近くに置かれた状態にあったと分析されています。

母親以外の複数の養育者が育児に積極的にかかわるスタイルは動物学で「アロマザリング」と呼ばれており、乳児や幼児の健全な心理学的発達をもたらす可能性が高いと考えられてきました。しかし、人間の育児に関する研究のほとんどは、西洋社会および西洋人を対象に行われているため、アロマザリングは否定的な結論で終わることが多かったとのこと。しかし、チョーダリー氏はムベンジェレ族の研究と分析を受けて、「狩猟採集民で実践しているアロマザリングを私たちの先祖も実施していたと考えられ、そのため子どもたちは、実の親だけではなく複数の擁護者から集団的に世話されるように『進化的に準備されている』可能性があります」と主張しています。

また、同様の子育てスタイルはムベンジェレ族だけではなく、中央アフリカのピグミー、ボツワナのブッシュマン、タンザニアのハヅァ族、ブラジルのヤノマミ族など、さまざまな地域の狩猟採集社会でも共通してみられるもので、乳児が日中の半分以上を母親以外に抱かれていたり、母親が狩りにでかける時間を親戚の家で集まったりと、集団的子育てが行われていることが過去の研究で示されています。



チョーダリー氏によると、母親は多くの場合で働き盛りの時期に子どもを産むため、母親にほぼ全ての育児を任せるグループより、母親をある程度育児から解放するグループの方が、生産性が高くなるとのこと。「男性が狩猟を担当し、女性が採集を担当する」という伝統的な役割分担は誤った考え方であるとする研究もあり、狩猟採集社会におけるアロマザリングは、若い女性が育児以外でも活躍できるような育児環境を作っていると考えられます。

世界中の狩猟採集社会では女性も狩猟に参加している、「男性が狩り、女性が採集」という明確な分担があるわけではないという研究結果 - GIGAZINE



狩猟採集民を対象とした研究結果から、政策として保育がますます優先事項となっている政府は、母親と子どもの福祉を確保するために、「子どもに対する保育園や施設の保育士の割合を増やす」などさらに多くのことを行う必要があるとチョーダリー氏は指摘しています。一方で、心理学的進化の多くの側面は、生活様式の中で「最適」というよりも「柔軟に適応」して進化してきたため、「アロマザリングが子育ての最適な方法であるとして、結論に飛びつくには注意が必要です」とチョーダリー氏は述べています。

研究の分析に協力した児童精神科医のアニー・スワンポール氏は、「母親への支援は、育児放棄や虐待のリスクを軽減し、家族の苦難を緩和し、母親の幸福を改善し、ひいては母親のケアを強化するなど、子どもにとっても多くの利点をもたらします」と語りました。研究者らは、人類の歴史において親が育児のサポート不足という点でプレッシャーにさらされたことは一度もなかったと主張し、「核家族制度は、ムベンジェレのような狩猟採集社会の共同生活形態とは隔世の感があります」として集団的なケアの必要性を改めて強調しています。