角田裕毅とタイム差0.183秒 岩佐歩夢、F1マシン初ドライブで速さをアピール
初めてF1マシンを味わった岩佐歩夢の表情には、笑顔があふれていた。
「うれしいのと、ホッとした感じですね。まったくミスなくちゃんと1日走れたので。もうちょっと攻めないといけなかったかなと思うくらい(笑)」
最終戦アブダビGPの2日後に行なわれたルーキーテストで、FIA F2ランキング4位の岩佐歩夢がアルファタウリのマシンをドライブした。
事前のテストはまったくなく、岩佐にとってこれが初めてのF1ドライブ。過去2年間にわたってF2を戦いながら、レッドブルのシミュレーターには幾度となく乗ってきたが、F1はまったくの別世界だったという。
岩佐歩夢が念願のF1マシンをドライブ photo by BOOZY
「本当に最高でした。今までに経験したことのない世界でしたし、クルマの速さは未知数な領域だったので、走り出しはすごく驚きました。間違いなくクルマはすばらしかったですし、F2マシンとはまったく違いました。でも、フィジカル面は思っていたより行けたなと、いうのもあります」
走り始めから、いきなり10周連続の習熟走行。ここで1分30秒538まで着実にタイムを縮めた岩佐は、赤旗提示のため一度マシンから降りると、すでにフィジオセラビストに首のアイシングを頼んでいた。
ジェスチャーを見るかぎりでは、ブレーキング時の前方への振られ方だけでなく、加速時の後方への振られ方にも驚いた様子だった。
F1マシンはカーボンブレーキによる減速Gの強烈さがよく言われるが、1000馬力近い加速Gと、シフトアップ時の瞬間的なトルク遮断によるうしろから殴られるような衝撃のすさまじさは、初めてF1マシンをドライブしたドライバーたちが口を揃えて言うことだ。横方向の首の筋肉はF2やF3でもある程度鍛えられるが、この縦方向の筋肉はF1マシンをドライブすることでしか鍛えられない。
【アタックのたびに自己ベストを更新していく岩佐】それでも、さまざまなデータやシミュレーターでの経験から、岩佐が想像していた範疇ではあったようだ。
「F2とF1はまったく別次元だと聞いていましたけど、正直に言って、想像していたよりはマシでした。想像の1.5倍くらいですかね。
もちろん、首はF2マシンをドライブするよりきつかったですし、もっと鍛える必要があると思います。ですが、1日を通してドライブすることができましたし、最後までプッシュしきれましたし、チームのプランどおりに進めることができたので、(フィジカル面は)それほど大きなリミテーションにはなりませんでした。
身体の使い方の改善点であったり、もう少しここ(の筋力)が必要だなといった小さな微調整は必要かと思いますが、最後までテストをこなせなくなるようなことにはなりませんでしたね」
午前中は、アブダビGP週末のハードタイヤにあたるC3の1セットのみで12ラン45周を走行。最初の10周ランで習熟を終えて、十分に走行が可能と判断されたため、それ以降はチームが必要とする空力マッピングのデータ収集を行なった。
それと並行して、旧型フロアで走行するダニエル・リカルド車との比較でセットアップのデータベース作りに貢献。最終戦に投入したばかりの新型フロアを岩佐が担当してデータ収集にあたったことからも、チームからの岩佐に対する評価の高さがうかがえる。
そして午後は、供給された8セットのうち7セットの新品タイヤを使ってタイムアタック。これはチームのためというより、岩佐自身のためのテストだ。
実際の予選と同様にコースインしタイムアタック、タイヤを冷やすクールダウンラップを挟んでもう一度アタック。これをC3で2セット、C4で2セット、そして最後にC5で2セット行なっていく。
それも、アタックのたびに自己ベストを更新していくのが岩佐らしい。F2の予選と同じように、クールダウンラップの間にエンジニアと交信しながら、自分の頭のなかでも改善点をまとめ直していたのだろう。
【F1ドライバーたちと同レベルであることを証明】C4を初めて履いた時にはグリップの違いに驚き、グリップを使いきれなかったという。それでもC4の2回目のランではしっかりと修正し、最後のC5のアタックでは1分25秒753というトップから1.360秒差のタイムを記録してみせた。
これは、同時刻に同じマシンで走っていた角田裕毅とわずか0.183秒しか違わないタイム。テストプログラムが違うとはいえ、岩佐がすでにF1ドライバーたちと同レベルで走れるドライバーであることは証明できたと言える。
「エンジニアは『1日を通してすごくいい仕事をしてくれた』と言ってくれましたし、パフォーマンス的にも最後はすごく悪くないペースで走れていた。いくつか改善すればすごくいいレベルにいるんじゃないかと(データ分析担当の)パフォーマンスエンジニアからも言ってもらえました」
テストセッションが残り40分となったところで2セット目のC5タイヤを履き、アタックラップの総仕上げをやるはずだった。午後5時を過ぎて太陽が傾いて気温と路面温度も下がり、ダウンフォース量もタイヤグリップもエンジンパワーも最も上がるコンディションだ。
しかし、これからアタックに入ろうかというところで岩佐のマシン後方から白煙が上がり、そのまま引火してしまったため、マシンを止めなければならなかった。
「最後にプッシュラップをやる予定だったんですが、その直前に最終コーナーでマシンにトラブルが発生しました。詳しいことはわかりませんが、マシンから煙が出て火が出て、僕にできることはなかったと思います。クルマが大丈夫か、心配です。
(1セット目のアタックでは)ソフトタイヤのグリップにちょっとビックリしたところもあったけど、最終的にはまだいけたと思います。あとコンマ4〜5秒はいけるかな、というくらいですね。だからこそ2セット目を一気にいきたかったんですけど、ちょっと残念でしたね」
最終コーナーでマシンを降りてピットレーンを歩いて戻ってきた岩佐の表情は、さすがに硬かった。それでもエンジニアに状況を報告し、自分にやれることは何もなかったことを確認し、テスト内容に対してエンジニアたちから高い評価を得たことで、岩佐は晴れ晴れとした表情をしていた。
【岩佐歩夢のF1挑戦は始まったばかり】来年はスーパーフォーミュラに参戦するが、生活の拠点はレッドブルのファクトリーがあるミルトンキーンズに留まって日本とイギリスを往復しながら、レースがない時にはシミュレーター作業などに当たる予定となっている。
今季のF2でシリーズランキング4位に入り、スーパーライセンス取得要件が整ったこともさることながら、今回のテスト内容がアルファタウリとレッドブルに対して非常に大きなアピールになったことは間違いないだろう。
「今日1日を楽しみましたし、それと同時にマシンのこと、チームのこと、タイヤのこと、サーキットのことなど、多くのことを学ぶことができました。僕のレースキャリアのなかでも最もすばらしい1日でした。とても大きな経験になりましたし、今後のレースキャリアにとって大きなプラスになると思います」
岩佐歩夢のF1挑戦は、まだ終わっていない。いや、始まったばかりだ。