買い物しやすい店にしたら、むしろ客が減った…イケアが「迷路のような売り場」を復活させた意外な理由
■角を曲がるたびにユニークな商品が目を引く
スウェーデン生まれの家具チェーン・IKEA(イケア)は、顧客自身で組み立てる高品質で低価格、そして洗練されたデザインの家具で知られる。こうした商品自体と同じくらい知名度が高いのが、「迷路型」ともいわれる独特な店舗レイアウトだ。
曲がりくねったショールームを順路通りに歩くこのレイアウトは、まるで実物大のカタログそのものだ。角を曲がるたびにユニークな商品が目を引き、買い物リストはあれよあれよと伸びてゆく。
長大な迷路は思わぬIKEA商品と出会う機会を生み出し、IKEAへ訪れる体験をショッピングからエンターテインメントへと昇華させてきた。豪ニュースサイトのニュー・デイリーは、スーパーが数分を過ごす場所なのに対し、IKEAは数時間を過ごす場所であると述べ、通常の商店とはまったく異なる買い物のスタイルが定着していると指摘する。
IKEAのグローバル・チーフ・デザイナーのマーカス・エングマン氏は同サイトに対し、「店舗のフローや商品の展示のあり方を歴史的に、まるでウォークスルー型のカタログのようにしてきました」とねらいを語る。
この独自の店舗レイアウトに、異変が起きている。2015年頃を契機に、素早く買えるネットショッピングに追随するなどの目的で、迷路型を試験的に順次廃止。ところが顧客は古き良き迷路を愛していたことがわかり、近年また迷路型レイアウトへの揺り戻しを行っているという。
■2015年ごろから「迷路じゃない店舗」にシフト
迷路型レイアウトについては従来、手短に買い物を済ませたい顧客を中心に、余分な時間を費やしているとの批判を受けることがあった。効率が重視される現代、延々と順路を歩かされるのは非効率だとの意見も聞かれる。
こうした批判を受けてIKEAは、2015年頃から順次迷路型を廃止し、自由にショールーム内を歩き回ることができる新レイアウトを世界的に試験導入してきた。商品を素早く買いたい声に応えるほか、店舗で手早く商品を選んで配送カウンターへ向かえるようにすることで、Amazonなど勢いに乗るオンラインショッピング各社に対抗する方針を打ち出した。
英リサーチ企業のカンター・リテールのアナリストであるレイ・ゴール氏は2018年1月、ブルームバーグに対し、「IKEAは、消費者が車を50キロ走らせてでも、見栄えのするものを安く買うという前提で開発されました」「若者はIKEAは好きだが、車でIKEAに向かうことはできないし、したくない」と述べ、若者やeコマースの利用者に新型店舗は魅力的になるとの見解を示している。
■ネットショッピングに追随したのは失敗だった
しかし蓋を開けてみれば、むしろ不満の声の方が大きかったという。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、顧客からの反応が芳しくなく、「買い物客は迷路の復活を望んだ」と報じている。不評を受けてIKEAは現在、非迷路型としてオープンした新店舗を迷路型へ改装するなど、従来のレイアウトへの回帰を進めている。
手軽に利用できるオンラインショッピングは人気だが、すでに独自のショッピング体験を築き上げ成功していたIKEAとしては、オンラインの動向に追随する判断は誤りだったようだ。家族やパートナーと訪れ、入り組んだショールームで思いがけない家具に出会いながら半日を過ごす。そんな従来型のIKEA体験を人々は愛していた。
■「ついで買い」を誘う巧みな手法
IKEAでのショッピングはユニークだ。顧客は郊外に立地する巨大な倉庫型店舗を訪れ、まずは2階ショールームを順路に沿って進む。気になったソファに腰掛け、無数のワードローブを開け閉めし、まるで本当に誰かが暮らしていそうなリビングや子供部屋のショールームをくぐり抜けながら、数時間かけて新しい暮らしのアイデアを得る。
IKEAを運営するインカ・グループの直販店部門の責任者、トルガ・オンチュ氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、たくさんの商品の棚のあいだを進む迷路には、「3週間前に話題に上ったけれど、それっきり忘れてしまった」ものを思い出させる効果があると説明している。「ついで買い」を誘う巧みな手法だ。
インドのエコノミック・タイムズ紙は、現地のIKEAを訪れたある女性の逸話を報じている。ランプ1つを買いに行ったが、ついつい買いすぎ、身長よりも長いレシートを手に店を出ることになったという。記事には実際に身長を超える長さのレシートの写真が掲載されており、ちなみにランプは買い忘れたそうだ、とのオチが付く。
英サン紙は、20ヤード(18メートル)以上の直線がないようにレイアウトされていると紹介している。曲がり角を多用することで、ショールーム内のさまざまな商品に目が行きやすくなる効果があるという。
■フラットパックで価格を合理化
ショールームでこれぞという商品に出会ったなら、番号をメモしておき、最後に1階倉庫の指定された棚から商品をピックアップ。カートに乗せて自分でレジまで運ぶ。
車で持ち帰れば最後にもう一仕事、名物となった六角レンチを片手に自分で商品を組み立てて完了だ。コンパクトな「フラットパック」で輸送費を削減し、多くの作業をセルフで行うことで価格を合理化するほか、自分で作った家具にはより愛着が生まれるともいわれる。
日本では北は仙台から南は福岡まで、12店舗のイケアストアが展開する。小型のシティショップ(都心型店舗)となっている渋谷・原宿・新宿を除く、9つの店舗で迷路型レイアウトが顧客を迎える。
イケアストアでは迷路の半ばで、スウェーデン名物のミートボールなどを提供するイケアレストランが用意されている。本場スウェーデンの文化を伝えることを大切にするIKEAだが、実はレストランを併設しているのには、文化面とは別に隠れた理由がある。
米CNNによると古くはIKEAは、巨大なショールームを歩くうちに顧客がお腹を空かせ、途中で帰ってしまう問題を抱えていた。中間地点の食事スポットでエネルギーを補給し、残りの店内も見てもらえるよう企図しているのだという。
■なぜIKEAは迷路をやめたのか
「脱・迷路」のきっかけは、2015年頃から世界で導入されたシティショップの導入だった。日本でも2020年4月、IKEA原宿が初の東京都心型店舗としてオープンしている。
ブルームバーグは2018年1月、IKEAが都市部において小規模店舗の開設を進めており、記事作成時点で世界に24店舗ほど展開していると報じている。
記事で取り上げている2016年オープンのロンドンの都市型店舗の店舗面積は、わずか900m2だという。通常の店舗が2万5000m2ほどと広大なのに対し、約28分の1にすぎない。迷路型のショールームを設けるスペースは必然的に取ることができず、代わりに商品閲覧用のタッチスクリーンを設置した。
若者を中心に郊外の大型店舗への足が遠のくなか、都市部の小型店に設けたタッチスクリーンで注文を済ませ、後日配送またはピックアップで受け取る形式を広めたいねらいだ。
■「迷宮とおさらば」当初は歓迎されたが、苦戦…
類似のコンセプトは、ヨーロッパ以外にも広がっている。カナダのBNNブルームバーグは2019年、トロントの都市型店舗を取り上げている。カナダ初の小型店となるこの店舗について記事は、「都市部の消費者が、車で長時間移動する必要のない、より身近なスペースを求めている」ことを受け、「まるで家具の迷宮を歩いているような巨大店舗で知られるイケア」が変化し出したことのあらわれだと報じている。
ほか、豪不動産サイトのリアルエステートが報じるように、オーストラリアでもシドニーなどで小型店がオープンしている。アメリカのニューヨークでもクイーンズ区などで小型店が登場した。
クイーンズの店舗は通常店の半分弱に相当する約1万1000m2の広さがあり、迷路型レイアウトとすることも可能だったとみられる。だが、「ニューヨーカーに新しい体験をもたらす」ことを標榜する小型店として、順路のない通常のショールームとした。
ところが、IKEAは「環境の変化」を理由に、オープンから2年と経たずに閉店を発表する。同じニューヨークでは、3番街にある別の店舗も家賃の高さと客足の少なさを理由に閉鎖されるなど、迷路のない小型店は試練を迎えている。
■客はじっくり買い物を楽しみたいと思っている
小型店や脱・迷路型レイアウトの店舗の苦戦とは対照的に、もとの迷路型レイアウトへの回帰を望む声が目立つようになった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は今年8月、「イケアは迷路を撤去した。(だが、)買い物客は迷路の復活を望んだ」と報じている。
IKEAは前述のように、世界各地の都市部を中心に、通常のデパートのように自由に歩き回れるレイアウトを導入した。ふらっと立ち寄り、好きなコーナーだけを見て出て行けるようなデザインだ。
ところが、直販店部門の責任者のオンチュ氏がウォール・ストリート・ジャーナル紙に語ったところによると、客の反応は芳しくなかったという。聞き取り調査やアンケート調査の結果、「例の導き型のストア・デザイン(迷路型レイアウト)」を切望していることが浮き彫りになったという。
フィードバックを受けてIKEAは、都市型店舗も迷路型のレイアウトへ順次改装を進めている。こうした結果、かえって売上も伸びているのだという。
■ネットショッピングの真似をしても意味がない
独特な迷路型レイアウトに対し、以前は批判もあった。米メディアのVoxは、方向感覚を失うことで衝動買いしやすくなる「グルーエン効果」を生じていたと指摘する。
一方で米インク誌は、オンラインショッピングが当たり前になった現在、人々は実店舗に出掛けてリアルな体験をしたいのだと力説する。「思い起こせば以前は、買い物は楽しいものであった。ひとつのイベントだったのだ」と述べ、その良さを支えていた迷路型レイアウトを自ら絶ったことで、IKEAは失敗したのだとみる。
オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙によると、現CEOのブロディン氏が経営を引き継ぎ、小型店の導入など改革路線を実施。ストックホルムでは小型店舗の新設で、年間来店者数が600万人から900万人に増加するなど華々しい成果を上げた。一方、パリのマドレーヌ店で導入した脱迷路は顧客の不満を招いたなど、古き良きIKEAを愛する熱烈な顧客から不満が出ていた。
■実店舗でしか味わえない「迷路」が強みだった
脱・迷路の指針について英フィナンシャル・タイムズ紙は、オンラインショッピングのAmazonやAlibabaを追いかけようとした結果であり、失敗であったと説く。一方で同紙は、オンラインの売上はIKEAの4分の1を占めるようになったなど、オンライン強化には一定の成果があったとも指摘する。
実際のところIKEAのアプリでは、高い検索性や実店舗とのリアルタイムの在庫数の連動などの機能性を、シンプルで洗練されたインターフェースに統合している。ストレスのないオンラインショッピング体験に、かなり本腰を入れて取り組んでいる印象だ。
今後は、アプリではオンラインショッピングの利便性に力を入れつつ、実店舗では懐かしの迷路型レイアウトを堅持する両輪の戦略で、ユニークなショッピング体験を提供してゆくことだろう。
原宿や渋谷などの非迷路型レイアウトにも気軽に立ち寄れる良さがあるが、IKEAのイメージはやはり、丸々半日を費やす迷路体験と深く結びついているようだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)