テイクアウト・デリバリー専門店「早稲田駅前ANNEX店」。「イートイン利用は200m先の早稲田駅前店を利用してください」の案内を掲示(記者撮影)

東京メトロ東西線の早稲田駅を出てすぐ。飲食店やコンビニが建ち並ぶ早稲田通り沿いにある5階建ての小さな建物に、大手飲食チェーンのマクドナルドが店舗を構えている。

一見すると一般的なマクドナルド店。だが、店舗内をのぞくとテーブル席が設置されていない。店頭には「こちらはテイクアウト専門店です」との表示がある。

この店舗は「早稲田駅前ANNEX店」。「別館」を意味するANNEXが店名につくように、200m先には通常店舗の「早稲田駅前店」があり、ANNEX店はテイクアウト・デリバリー専門店として運営されている。メニューは通常店舗と同じフルラインナップである。

124.5平方メートルの店舗内には、注文カウンターとキッチンがあるのみ。注文カウンターには、配達員への受け渡しボックスが設置されている。店舗横の敷地には、デリバリー用バイクの駐車スペースも設けられている。

都心は「出店が非常に難しい」

ANNEX店はマクドナルド初のテイクアウト・デリバリー専門店として、2023年5月30日に営業を開始した。運営会社の日本マクドナルドホールディングス(HD)がメディア向けに開業を発表したわけでもなく、「ひっそり」と営業している。

あくまで「実験店舗」との位置づけだが、実はこの店舗にはマクドナルドの今後の成長戦略を左右するような狙いが込められている。

マクドナルドが従来の店舗とは異なるテイクアウト・デリバリー専門店を始めた理由は、大きく3つある。

1つ目は、店舗の増加へ向けた新形態店舗の開発だ。マクドナルドは2023年8月末時点で全国に2966店舗を構える。今後も年間20店程度純増させる算段だ。

だが、「出店できる物件が本当に少ないので、東京の都心部にマクドナルドの店舗を出店するのは非常に難しい」(日本マクドナルドHD幹部)。実際に、東京の繁華街である上野駅周辺や日本橋周辺といったエリアには現在、マクドナルドの店舗が存在しない。

マクドナルドは駅前や繁華街で展開するビルイン型の店舗については、200平方メートル以上の店舗面積を基本としている。

パティ(ハンバーグ)やバンズを焼く設備から、フライドポテトやナゲットなどの調理に使うフライヤーも必要なため、キッチンのスペースはかなり広いものが求められる。さらに、客席にもスペースを割かなければならない。

ところが、人が集積するエリアの物件は、飲食店を含めた複数業態との出店競争が激しい。そもそも、キッチンなどに必要なスペースを確保できる大きめの物件となると、どうしても案件が限られる。

過去には「サテライト」というメニューを絞った、比較的小さい店舗の出店も進めていたが、「フルメニューを提供できないことが、結果的にその店舗の弱みになった」(日本マクドナルドHDのベテラン社員)ため、現在はすべてのメニューを提供できる店舗の出店を基本方針とする。

その点、ANNEX店のようなテイクアウト・デリバリー専門店は客席などのスペースが不要で、125平方メートルほどの店舗面積でも出店できる。フルメニューを提供するという基本方針にも沿っている。

ドミナント戦略の新しい形

2つ目の理由は、すでに店舗を展開するエリアのさらなる強化だ。テイクアウト・デリバリー専門店を増やすことは、1つのエリアに複数の店舗を集中させる、いわゆる「ドミナント戦略」の深化につながる。

複数の店舗を出店することで、1店舗ではリーチできないエリアの消費者を取り込むことが狙える。とくに、駅周辺では線路などでアクセスが分断される場合も多い。その際に、駅を挟んだ反対側にもう1店舗出店することで、マーケットの拡大が期待できる。

通常の店舗を同じエリアに複数出店させる場合、それぞれの店舗で客を取り合うカニバリゼーション(共食い)が起こる懸念もある。しかし、一方の店舗をテイクアウト・デリバリー専門店にすることで、店内飲食と自宅などで食べる客を分散させることも可能になる。

3つ目の理由は、デリバリー需要の高まりへの対応だ。コロナ禍で消費スタイルが変化し、デリバリーなど非接触でのサービスは消費者の間に定着した。

ハンバーガーチェーンでもコロナ禍を経て、テイクアウトやデリバリ−の比率は上昇している。例えば、モスフードサービスが運営するモスバーガーでは、全注文数に占める店内飲食の割合がコロナ前は4割だったが、コロナ後は3割まで減少した。

テイクアウト・デリバリー専門店はこういった新たな需要を取り込みながら、かつ「(お昼時のピークタイムに)店内飲食とデリバリーの注文を分散させることで、生産性を向上させることができる」(飲食店関係者)という意味合いもある。

テイクアウト・デリバリー専門店はほかにも、出店費用やランニングコストを縮小できるメリットもある。

小型店舗にすることで通常店舗よりも費用をかけずに出店することが可能だ。マクドナルドに先行してテイクアウト専門店を出店している吉野家ホールディングスの場合、「出店費用については通常店舗の6〜7割程度に抑えられる」と、同社の中堅社員は明かす。

通常店より少ない人数の店舗スタッフで運営できるので、人件費を抑えられる。さらに、店舗が小型であるため、物件の賃料も安い。

マクドナルドは早稲田駅前のANNEX店の動向を見極めながら、2店舗目以降の出店を模索する。小型店舗の行方は、マクドナルドの成長戦略を占う試金石となる。

ケンタッキーも小型店舗を続々出店

小型店の出店を模索する飲食チェーンは、マクドナルドだけにとどまらない。ケンタッキーフライドチキンは2019年にテイクアウトに特化した専門店を東京・新宿に開業。その後も同タイプの店舗を出店し続け、2023年8月末には20店舗になった。


ケンタッキーフライドチキンのテイクアウト専門店。昼時はテイクアウトの客やデリバリーサービスの配達員で混雑する(記者撮影)

マクドナルドと同じようにドミナント戦略を意識し、すでに通常の店舗を出店しているエリアで、補完的にテイクアウト専門店を出している。日本KFCホールディングスの広報担当者は「商圏の広いエリアでは、通常店舗とテイクアウト専門店のどちらも、しっかりと売り上げを出せている」とする。

大手カフェチェーンのタリーズコーヒーも、客席を少なくした店舗を相次いで出店している。小型店舗「TULLY’S COFFEE -SELECT-」を6月に阪急三宮(兵庫県神戸市)の駅ビルに、7月には神戸三田プレミアム・アウトレット(兵庫県神戸市)内にそれぞれオープン。9月14日には、新宿の駅ナカに小型店舗を開店した。この新宿の店舗は6坪ほどの広さしかない。

「TULLY’S COFFEE -SELECT-」では、パスタなど一部のフードメニューをラインナップしていない。通常3種類のサイズがあるドリンクも、真ん中のトールサイズのみに限定。これらによりキッチンスペースを縮小し、業務も効率化できる。通常店舗に設置されているケーキ用のケースは置かず、客席も絞りこんでいる。

「コロナ禍を経て、駅ナカや空港、パーキングエリアといったエリアでの出店の要望が増えている」。運営会社タリーズコーヒージャパンのマーケティング本部・工藤和幸グループ長はそう話す。駅ナカなどの小さなテナントには通常店舗だと出店できなかったが、新しく開発した小型店であれば進出が可能になる。

外食業界を取り巻く環境は厳しい。消費者の行動様式の変化だけでなく、物価の高騰や人手不足の問題が顕在化。ある大手外食チェーンの関係者は「今の飲食店の形態だけでは、どこかで運営の限界が来る」と指摘する。新たな環境に対応した店舗形態を模索する動きは続く。

(金子 弘樹 : 東洋経済 記者)