楽天グループの経営課題となっているモバイル事業が急回復しつつある。回線数は「0円プラン」の廃止で448万まで減少していたが、現在500万回線を超えており、月10万回線のペースで増えているという。企業アナリストの大関暁夫さんは「楽天グループが赤字を脱して、さらなる成長を遂げるには、4つの不安材料を解消する必要がある」という――。
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4年ぶりに会場で開催された「Rakuten Optimism 2023」で基調講演をする楽天グループの三木谷浩史会長兼社長。「ChatGPT」を開発した米オープンAIと協業することを明らかにした(2023年8月2日、神奈川県横浜市のパシフィコ横浜) - 写真=時事通信フォト

■モバイル事業の赤字幅は縮小傾向

楽天グループが発表した2023年1〜6月期決算は、売上高が9728億円、営業損益で1250億円の赤字となりました。注目すべきは、赤字幅に関して前年同期の1987億円に比べて737億円の改善をみたことです。これはとりもなおさず、グループ赤字の最大要因であるモバイル事業が前年同期2538億円の赤字から1850億円へと、688億円もの改善があったことに起因しています。

オンラインでおこなわれた決算会見では、この改善を受けてか最近になく強気な三木谷浩史社長の姿勢が目立っていました。三木谷社長を強気にさせている要因と強気を本物の成果に結びつけるための課題を探ります。

楽天グループのお荷物になりつつあるモバイル事業の構造的問題点については、前回詳細を述べていますのでここでは省きますが(日本を代表するIT企業はどこで間違えたのか…楽天を存続の危機に追い込んだ三木谷社長の「3つの大誤算」)、今年5月のKDDI(携帯キャリアはau)回線借用契約におけるローミング(相互乗り入れ)の拡大が、今決算では一定の効果が表れたと言えそうです。

最大の成果は、都市部を含めた国内での全面的なローミング導入により、赤字最大の要因である基地局整備投資のペースを落として投資金額が大幅に削減できたことです。今年度だけでも1000億円の投資抑制効果が見込まれるとのことで、まずは目論見どおりのスタートができたといったところでしょう。

楽天モバイル契約数は500万回線に急回復

au回線とのローミング拡大による効果としてはもうひとつ、この戦略転換で可能になった「人口カバー率99.9%、データ使用料無制限で業界最安値」とうたう「楽天最強プラン」による新規顧客誘引です。

昨年「0円プラン」の廃止で一時期448万にまで減少した契約回線数が、現在500万回線にまで急回復(8月28日発表)しており、ここに来て月10万回線ペースで回線数は増加を続けているといいます。さらに、グループを挙げての法人契約拡大にも力が入っており、こちらも100万回線を目標としていると鼻息は荒いです。

三木谷社長の弁では、この調子でコスト削減と契約回線を増強させ、かつARPU(契約者あたり月平均収入)を現在の月2000円(携帯利用者の他業務派生収益を含む)から月2500円以上に引き上げていければ、24年度以降の早い段階で800〜1000万回線に到達させて単月黒字化できる、と力説しています。

確かに、仮に個人と法人合わせて現状の月10万回線増の2倍のペースで契約を増やしていけるなら、約20カ月で900万回線前後に達する計算なので25年度中には単月黒字化が見えてくるという算段は成り立ちます。

■「ChatGPT」開発企業との協業提携

もちろん今のままのARPUや契約増加ペースでは、この目論見が成り立つとは到底思えないのですが、今回の会見の中で三木谷氏がひと際嬉々として話をしていた話題に、その不可能を可能にするヒントがあるようには思いました。それはChatGPTのリリースで昨今の生成AIブームに火をつけたOpenAI社と、「最新AI技術によるサービス開発における協業で基本合意」したというトピックスです。

OpenAI社が日本のどの企業と業務提携を結ぶのかについては、大きな注目を集めていました。もっぱら、サム・アルトマンCEOと長年の友人であると伝えられてきた孫正義氏率いるソフトバンクなのではないかと言われていたのですが、急転直下、楽天と協業提携を結んだことはちょっとした驚きであったのです。

ChatGPT」を開発したOpenAIのサム・アルトマンCEO(写真=Steve Jennings/Getty Images for TechCrunch/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

三木谷社長によれば、「楽天グループが持つ『多業務にわたるデータの豊富さ』『クライアントのネットワーク』『モバイルが持つエッジコンピューティングパワー』の3点が、提携成立の決め手になった」とのこと。OpenAI社の技術的協力を得て、無限の可能性を秘める生成AIによる顧客データ活用により他社にない魅力的なサービス提供ができるならば、早い段階でモバイル事業の契約回線が爆発的に増えるということもあり得るのかもしれない、そんな夢のある話には感じられるところです。

■楽天グループが抱える「不安材料」

このように久々に明るい話題をもって決算会見に臨んだ三木谷楽天ですが、この明るい話題に不安材料がないのかと言えば嘘になります。次にそのあたりについて、具体的に紐解いていきましょう。

1つ目はau回線でのローミング拡大についてです。これにより受信エリアについては人口カバー率が98.4%から99.9%になるわけで、確実に受信エリアの拡大は実現できます。しかし、通信の質という点においてauのプラチナバンド(もっとも携帯電話に適してつながりやすい周波数帯)水準がそのまま使えるのかと言うと、そうではありません。

auはプラチナバンドである700MHz、800MHzを含めた複数の周波数帯を使って通信を行っており、この2つのプラチナバンドを含めた複数の周波数帯を束ねて通信するキャリアアグリゲーションによって高速で安定的な通信ができるのです。

■ローミング拡大でも「高速で安定的」ではない

楽天のローミング用に貸し出されている周波数は、今回の拡大契約に際して高橋誠KDDI社長が「そんなには貸さない」と言っているように、以前と変わらず800MHz帯のみ。したがって、楽天の1.7GHz帯でつながりが悪い場所ではauの800MHzを掴んでつながりはするものの、単独のプラチナバンドに過ぎないためにau回線を含めたトラフィック混雑などに影響されやすく、およそ高速で安定的とは言えないのです。

ソフトバンクの宮川潤一社長が楽天の「最強プラン」のネーミングについて、「ちょっとなかなかしびれる」と優良誤認に相当する懸念を示す発言をしたのは、そのような理由によるものです。

首都圏でのローミング拡大は夏の後半以降、本格スタートします。しかし、現状のままでは「最強プラン」に乗り換えたものの、つながりはしても快適ではないという新規契約者の期待外れにもなりかねない、という懸念があるわけです。そうなると、一日も早く欲しいのが自社独自のプラチナバンドです。

楽天モバイル 名古屋栄森の地下街店(写真=HQA02330/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

楽天モバイル共同CEO退任の影響

唯一プラチナバンドを持たない楽天は20年12月から、総務省に対してプラチナバンドの再割当要望を出し続けてきたわけですが、いよいよ念願かなって700MHz帯と隣接の空き部分に3MHz幅×2のプラチナバンドを確保できる見通しとみられています。しかし、このプラチナバンドを3大キャリア並みに活かすためには、さらなる基地局設置が必要にはなるわけで、せっかく抑えた基地局設置コストの再増加という問題も生じます。通信品質の向上は、なかなか一筋縄ではいかないのです。

2つ目の不安材料は、今回の決算発表を前に明らかになった楽天モバイル代表取締役共同CEOであったタレック・アミン氏の退任です。タレック氏は、楽天モバイル最大の先進性といえる基地局を含めた完全仮想化ネットワーク「楽天シンフォニー」を、ゼロから構築した立役者です。

加えて海外の通信キャリアなどにも太いパイプを持っており、このサービスの海外展開の主幹を担ってきたことから、楽天モバイルにとって数少ない大型有望ビジネスであるシンフォニーそのものが、急失速しかねないというリスクを感じさせます。

■最大の不安材料は「多額の社債償還」

3つ目の不安材料は、決算発表における明るい材料と申し上げた前述のOpenAI社との提携です。三木谷氏が言うところの、アルトマン氏が提携相手として楽天を選んだ理由にある「モバイルが持つエッジコンピューティングパワー」、これこそタレック・パワーそのものなのです。

すなわち、アルトマン氏はタレック氏の技術開発力を高く評価して提携を決めたわけであり、それが提携成立のタイミングで肝心のキーマンを失ったわけで、今後想定通りに提携業務が進むのか不安は尽きません。後任のシャラッド・スリオアストーア氏については、三木谷氏も「0から1をつくる」タレック氏とは異なるタイプと認めており、今後のOpenAI社の動向に注視が必要でしょう。

そして4つ目となる現時点での最大の不安材料は、前回の拙稿でも申し上げた多額の社債償還です。今年度が780億円。24年度は3000億円。25年度には4000億円もの償還が待ち受けています。今年度は、5月の3000億円の増資に加えて現在申請中の楽天証券の上場で最大1000億円の調達を予定しており、なんとか乗り切る算段がついている模様です。問題は、24年度以降のさらなる巨額償還をいかに乗り切るかです。

■「自信を形にできるのか」が問われる1年に

三木谷社長は楽天カードの株式公開にも含みを持たせてはいるものの、これ以上の子会社上場は将来の利益を先取りしてしまうこと、親子上場には少数株主の利益棄損などの懸念がささやかれていることから、一筋縄ではいかない状況です。増資に関しては、5月の第三者割当増資で34%の株式希薄化により一層の株価下落をもたらしており、モバイルの契約増強などの株価押上げ要因がない限り難しいといえます。

写真=iStock.com/Sundry Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sundry Photography

また借り換えとなれば、格付機関から軒並み格下げを食らっている状況下では金利が大幅に上昇するため、やはり業績好転による格付再上昇がないと財務の悪化に拍車をかけることになります。そうなるとこのままでは、一部で噂される楽天球団の売却も現実味を帯びてきそうです。

ようやく赤字化のペースが緩み業務提携による巻き返しも感じさせたこの中間決算ですが、以上述べたとおりの不安材料を一掃して、この先1年の間に数字で見える成果を上げていかないことには、明るい展望はまだまだ見えてきません。決算会見で「楽天の経営に絶対の自信を持っている」と発言していた三木谷社長ですが、その自信を形にできるのかが真に問われる1年になりそうです。

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大関 暁夫(おおぜき・あけお)
企業アナリスト
スタジオ02代表取締役。1959年東京生まれ。東北大学経済学部卒。1984年横浜銀行に入り企画部門、営業部門のほか、出向による新聞記者経験も含めプレス、マーケティング畑を歴任。支店長を務めた後、2006年に独立。金融機関、上場企業、ベンチャー企業などのアドバイザリーをする傍ら、企業アナリストとして、メディア執筆やコメンテーターを務めている。
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(企業アナリスト 大関 暁夫)