関東大震災の朝鮮人追悼式に合わせて「ヘイト集会」? 「殺された人を愚弄、嘲笑している」と批判高まる
1923年に起きた関東大震災から100年を迎える9月1日、東京都立横網町公園(墨田区)で、当時虐殺された朝鮮人を追悼する式典がおこなわれる。ところが、過去に「ヘイトスピーチ」と認定された発言があった集会を開いた団体が、同じ場所で「慰霊祭」と称するイベントを予定していることから、都などに対する批判が高まっている。(ライター・碓氷連太郎)
●朝鮮人犠牲者追悼碑がある公園
問題となっている横網町公園には、朝鮮人犠牲者追悼碑がある。
公園の指定管理者である公益財団法人「東京都慰霊協会」のホームページによると、この碑は「関東大震災時の混乱のなかで、あやまった策動と流言ひ語により尊い命を奪われた多くの朝鮮人を追悼し、二度とこのような不幸な歴史を繰り返さないことを願い」、震災から50年を迎えた1973年に建てられたものだという。
朝鮮人犠牲者の追悼式は、翌1974年から続けられていて、舞踊家による「鎮魂の舞」や、追悼メッセージの読み上げ、黙とうや献花など、約1時間半にわたる行事となっている。故・美濃部亮吉氏をはじめ歴代の都知事は、1974年からこの式典に追悼文を送ってきた。
●追悼碑の前で保守団体の「慰霊祭」が予定されている
しかし、2016年に就任した小池百合子都知事は翌2017年、「関東大震災で亡くなったすべての方々に追悼の意を表したい」 として、追悼文送付を突如取りやめた。小池知事は2023年も、追悼文を送付する予定はないと表明している。
実は、都知事の追悼文送付が中止となった2017年以降、追悼式とほぼ同時刻に横網町公園内で、保守を標榜する団体が「慰霊祭」と銘打った集会を毎年開いている。
2019年には、この集会の参加者が「犯人は不逞朝鮮人、朝鮮人コリアンだったのです」「不逞在日朝鮮人たちによって身内を殺され、家を焼かれ、財物を奪われ、女子供を強姦された 多くの日本人たち」「その中にあって日本政府は、不逞朝鮮人ではない鮮人の保護を」 などと発言した。
翌2020年、東京都総務局人権部の審査会は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当する表現活動である」、いわゆる「ヘイトスピーチ」だと認定している。
昨年までは、同じ公園内であっても、少し離れた場所で開かれていたが、今年は追悼式が終わったあと、追悼碑の前で「慰霊祭」を開催すると主催団体が発表している。
これまでの経緯から、SNS上では「都は厳格な対応を」「都はヘイトスピーチに加担するのか」といった声があがっている。
また、追悼式の実行委員会は8月28日、都庁で記者会見を開いて「死者への冒涜だ」と批判。翌29日には、劇作家の坂手洋二さんや作家の中沢けいさんら約60人が、東京都に公園の利用制限を求める共同声明を発表した。
●「人間にとって大事な概念を愚弄している」
共同声明呼びかけ人の1人で、『九月、東京の路上で1923年関東大震災ジェノサイドの残響』を執筆したノンフィクション作家、加藤直樹さんは、こう怒りをあらわにする。
「彼らの計画を知った日は怒りで眠れませんでした。『朝鮮人を殺せ』と叫んでいた人たちが、差別によって殺された朝鮮人の追悼碑の前で集会を開くこと自体、怒りを感じますが、さらには『朝鮮人を慰霊する』と称しています。彼らは朝鮮人を侮辱し、嘲笑するだけでなく、『追悼』や『慰霊』という、人間にとって大事な概念そのものも愚弄し、嘲笑しているのです」
また、漢人(かんど)あきこ都議は次のように話す。
「関東大震災時の朝鮮人虐殺は、歪められてはいけない歴史の事実。ここを歪めてたり、矮小化してしまったりしたら、これから先、同じようなことが繰り返されてしまうかもしれないし、差別もなくならないと思う」
漢人都議は8月25日、小池知事と都教育委員会の浜佳葉子教育長あてに「関東大震災における朝鮮人虐殺」についての要望書を提出した。初当選した2021年から、犠牲者に追悼の意を表明することを求める要望書を出し続けている。
今回の要望書では、横網町公園でおこなわれる追悼式へ追悼文を送付することや、朝鮮人虐殺について学校教育や社会教育などにおいて、啓発と人権教育を推進することなどに触れつつ、次のような内容をもとめている。
「追悼式典の終了後にヘイトスピーチを繰り返してきた団体が追悼碑前で計画している集会は、死者を冒涜し、さらなるヘイトスピーチを拡散するものです。都の人権尊重条例に基づく『利用制限』に該当するものとして、この集会についての占用許可を出さないこと」
●利用制限はできるのか?
東京都「オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」(11 条)では、下記に該当する場合は、公の施設の利用制限がおこなえると定めている。
・ヘイトスピーチが行われる蓋然性が高いこと
・ヘイトスピーチが行われることに起因して発生する紛争等により、施設の安全な管理に支障が生じる事態が予測されること
ただし、発言内容が「ヘイトスピーチ」にあたるかどうかは、施設管理者が判断して、審査会の調査審議を経る必要がある。
都人権部の審査会は「ヘイトスピーチ」が疑われる事案の申し出を募っているが、実際におこなわれたものが対象で「過去にヘイトスピーチをしてきたので、今回も起きるかもしれない」という事案は対象外となっているという。
在日韓国人の人権問題にくわしい殷勇基弁護士は次のように語る。
「2016年6月に横浜地裁川崎支部が、ヘイトデモを何度も開催してきた男性に対し、デモを禁止する仮処分を下したことがあります。男性が過去に『ゴキブリ朝鮮人は出ていけ』などと叫んだことで、平穏に生きる権利が侵害されたことが認められたケースになります。
ただこの仮処分は、多文化共生に取り組む社会福祉法人が申し立て、その事務所から半径500メートル以内ではおこなわないというものでした。中止の仮処分のためには、明確に権利を侵害される当事者が申し立てる必要があります」
上記のヘイトデモは、場所を変えて開催されることが告知されて、警察が道路使用申請を許可していたが、施設関係者をはじめ約600人もの抗議によって、開始直後に中止が決まった。当事者たちが動いたことが、阻止の決め手になった。
一方、横網町公園の場合、ターゲットにされるのは、震災時に虐殺された朝鮮人で、「特定の個人」とは言い難いという。そのため、殷弁護士は、今回の「慰霊祭」をめぐっての仮処分申請へのハードルは高いと見ている。
「主催団体による『慰霊祭』は、人間性そのものの否定を楽しんでいる行為です。そういうことを許さない日本社会であってほしい」(加藤さん)
はたして、「あやまった策動と流言飛語により尊い命を奪われた多くの朝鮮人」を悼み、二度とジェノサイドを起こさせないと誓う人々の思いは届くのか。もう残された時間はわずかだが、施設管理者の判断にかかっている。