偏った子育てにはどのようなリスクがあるのか。犯罪心理学者の出口保行さんは「甘やかされて育った子は欲求不満耐性が低く、些細なことでも不満を爆発させることが多い。かつ、社会に適合しにくいため、おのずと生活の中心が家庭になる。だから家庭内暴力につながりやすい」という――。

※本稿は、出口保行『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(SB新書)の一部を再編集したものです。

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■少年非行が減少傾向の中、増え続ける家庭内暴力

本書で紹介する“お嬢様育ち”のナルミは家庭内暴力事件を起こしました。

少年非行が全体としては減少傾向にある中で、近年、家庭内暴力は増加を続けています。

図表1を見るとわかる通り、令和3年度は全体で4140件。中学生、高校生が多いものの、近年は小学生もかなり増えています。

出典=『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(SB新書)

また、警察庁生活安全局によると、この4140件のうち暴力の対象としてもっとも多いのは母親の2352件で、父親は533件、兄弟姉妹453件、同居の親族161件と続き、その他、家財道具等も対象になっています。

家庭内暴力増加の原因を特定することはできませんが、現代の少年がさまざまなストレスにさらされていることは指摘できます。中学受験の加熱をはじめ、教育面でのプレッシャーもその1つでしょう。学校、塾、習い事で忙しいうえ、インターネット、SNSを通じて大量の情報に触れている中では、うまくストレス発散をすることが難しいのではないでしょうか?

■欲求不満耐性が低い子が家庭内で不満を爆発させる

家庭内暴力に走るのは「甘やかし型」で育った子に限りませんが、「甘やかし型」で育った子は欲求不満耐性が低く、些細なことでも不満を爆発させることが多くあります。かつ、社会に適合しにくいので、おのずと生活の中心が家庭になります。ですから、家庭内暴力につながりやすいと考えられます。

また、家庭内暴力をする子は「内弁慶」で、外ではおとなしいことはよくあります。

親に対する怒り、反抗が引き起こすことはもちろんありますが、甘やかしてくれる家庭だからこそストレス発散で暴れるケースもあるのです。

■欲求不満耐性の低い男子による性犯罪

甘やかされて育ち、欲求不満耐性の低い男子の場合、性犯罪に向かうこともあります。

性的な欲求は思春期になれば高まるのが自然ですが、それにうまく対処することが必要になります。相手があることですから、そうそう自分の思い通りにいくわけではありません。

それまで甘やかされて何でも思い通りになってきた人は、大きな壁にぶち当たります。そもそも人間関係をスムーズに構築するのが苦手ですから、異性との交際もままなりません。そこで、自分の性的欲求を満たすために、相手の合意なく行為におよぼうとします。

多くは、自分より明らかに弱い者、つまり子どもをターゲットにします。自分と同じくらいの年齢の人をターゲットにするのは、返り討ちに遭うのではと怖くてできないからです。そして、子どもを誘拐して強制わいせつにおよびます。

写真=iStock.com/tzahiV
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子どもの誘拐というと、映画やドラマの影響で身代金目的をイメージする人が多いかもしれません。しかし実際には、大半が性犯罪目的です。

したがって、子どもが行方不明になったときは、身代金の要求があるまで警察に連絡するのをためらうのではなく、すぐに連絡して子どもの安全確保を図ることが大事です。

■パートナーや祖父母が甘やかしてしまうときは?

甘やかし型の子育ての話に戻りましょう。

「夫が子どもに甘くて困る」
「祖父母に預けると、子どもを甘やかすから困る」

よく聞く話です。

とくに子育てにコミットしている母親が、子どもに対して厳しく指導しているのに、周りの人が甘やかすので徹底できないストレスを抱えていることがあります。

「夫が甘いから子どもはなついていて、私は悪者になってしまう」

不満に思う気持ちはよくわかります。

実は私もずいぶん妻に言われました。

「私はこれだけ厳しくしているのに、自分だけいい人になりたいんでしょ」

仕事で毎日帰りが遅く、娘たちと一緒にいる時間が短い私は、厳しく接するなんてとてもできませんでした。自分が甘いというのも認識していました。そのうえで、夫婦で子育てについて常に話し合うようにしていました。

非行少年たちの親を見てきた経験から言っても、どちらかが厳しく、どちらかが甘いというのは、それだけでは問題になりません。むしろ、うまくバランスを取っていることが多いのではないかと思います。

ナルミの家族も、誰かひとりでも厳しめに指導する人がいたら違ったでしょう。ナルミは両親と祖父母から溺愛されて育ち、とくに祖父はナルミが欲しいものを何でも買い与えました。「犬を飼いたい」と言えば犬を、「やっぱり猫がいい」と言えば猫を買いましたが、ナルミはすぐにかわいがることをやめてしまった。そうして小学生のころにはわがままが目立つようになっていたのです。

「生き物を飼うということは、最後まで面倒を見る責任があるんだよ。途中で放棄するなら、もう生き物は飼えないよ」

そう真剣に話をする人がいたら、同じ間違いを繰り返さなかったかもしれません。

■「じじばばがいるときは特別」という認識を共有

重要なのは保護者の間で役割が認識されていることです。

「うちは普段こういうルールでやっているけど、じじばばがいるときは特別だよね」というような話がされていることです。たとえば、普段はジュースは1日1杯って決めているが、おばあちゃんが来て子どもたちの面倒を見てくれているときは、2杯、3杯になってもいい。そう思えればストレスがないですし、子どもも混乱しません。

これが大事です。おばあちゃんはそういう役割として、バランスを取ってくれます。

ときどき甘やかされるくらいは、まったく問題になりません。ルールがあるならそれを共有しつつ、例外を作ればいいでしょう。

ある程度しなやかに考えることは大事です。方針をガチガチに決めてしまうと、親も子どもも息苦しくなります。

出口保行『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(SB新書)

保護者間で話すことなく、心の中で「まったく、うちのルールを無視して甘やかすんだから!」と思っているだけなのはよくありません。子育ての方針がバラバラな状態で、人によって言うことが違うと子どもは混乱します。

親子間でも、夫婦間でも、「言わずもがな」ではないのです。伝えないで「なんでそんなこともわからないのか」と思ってストレスをためるより、伝えて話し合わなければなりません。

もし、パートナーや祖父母が甘やかすのが困ると思っていたら、「私はこういう方針でやっていきたいと思っている」と伝えましょう。そのうえで、なるべくバランスを取るにはどうしたらいいか話し合うことです。それさえできれば、そろって甘い、そろって厳しいよりはるかにいいはずです。

■下の子をつい甘やかしてしまう

ここまで、甘やかし型に偏る危険についてお話ししてきましたが、それでも「ついつい甘やかしてしまうんです」という人はいるでしょう。

子どもに愛情を持っていればこそ、つい甘やかしてしまうことはあります。親の都合の「甘やかし」は全部ダメだというわけではありません。あくまでも程度問題です。

事例のように過度に甘やかし型に偏っていると危険ですが、ほとんどの親は多かれ少なかれ子どもを甘やかすことがあるものです。

とくに、きょうだいの中では下の子を甘やかしがちだとよく聞きます。第1子は親にとって初めての子育てで緊張感があり、責任を持って指導しなければという思いが強いのでしょう。世間でよいと言われている子育て法を学んで、その通りに実践したり、子どもに対しても規制を増やしたりします。

対して、第2子以降は緊張感が緩みます。経験から自信がついているので、自然なことです。「このくらいなら大丈夫」という感覚があるのです。

ですから、ほとんどの親は「下の子を甘やかしてしまう」と思っていますが、それは普通のことです。なるべく平等にしたいという思いがあるから、自分で「つい下の子を甘やかす」ことが気になるのでしょう。そういう意識があることが大事です。

写真=iStock.com/takasuu
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■兄弟間の差はフォローする必要がある

もちろん、きょうだい間で育て方にあまり差をつけるのは望ましくありません。子どもにとっては、生まれた順番は自分の責任ではなく「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだから我慢しなさい」と言われるのはいい迷惑です。個性を見ずに役割を押し付ければ、問題が出てきます。あえて差をつける必要はありません。

どうしてもできてしまう差は、フォローすることです。ときどきはお兄ちゃん、お姉ちゃんを甘やかす日を作ってもいいのではないでしょうか。

また、甘やかされがちな下の子からすると、「自分は期待されていない」と感じる場合があります。過度な期待は重荷ですが、期待されていないと感じるのも辛いものです。ぜひ積極的に「あなたの将来を一緒に考えたい、応援したいと思っているよ」と伝えてあげてください。

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出口 保行(でぐち・やすゆき)
犯罪心理学者
1985年、東京学芸大学大学院教育学研究科発達心理学講座を修了し同年国家公務員心理職として法務省に入省。以後全国の少年鑑別所、刑務所、拘置所で犯罪者を心理分析する資質鑑別に従事。心理分析した犯罪者は1万人超。その他、法務省矯正局、(財)矯正協会附属中央研究所出向、法務省法務大臣官房秘書課国際室勤務等を経て、2007年法務省法務総合研究所研究部室長研究官を最後に退官し、東京未来大学こども心理学部教授に着任。2013年から同学部長を務める。著書に『犯罪心理学者が教える子どもを呪う言葉・救う言葉』『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(ともにSB新書)がある。
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(犯罪心理学者 出口 保行)