海外で長く育成に携わる高野剛氏は、欧米と日本の子供たちのサッカーに取り組む姿勢の違いを感じている(写真はイメージ)【写真:Getty Images】

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高野剛「世界最難関ライセンスを持つ日本人指導者」第3回、日本と欧米選手の姿勢の違い

 サッカーの母国であるイングランドは、隆盛を極めるプレミアリーグを筆頭に長い歴史によって築かれた重厚な文化や伝統があり、いつの時代も圧倒的な権威を保っている。そんな世界最高峰の舞台に乗り込み、アジア人として初めて2018年にイングランドサッカー協会(FA) 及び欧州サッカー連盟(UEFA)公認プロライセンスを取得したのが高野剛氏だ。高校卒業後に米国に渡り、その後イングランドでの指導者生活を経て感じるのが、欧米と日本の子供たちのスポーツに取り組む姿勢だという。その根底には、選手育成のスタンスの違いもあると指摘する。(取材・文=加部 究)

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 サッカーの母国イングランドで最高級の指導者プロライセンスを取得した高野剛は、福岡県の強豪、東海大学付属第五高校(現・東海大学付属福岡高校)を卒業すると米国に留学した。

「最初は2年制大学でプレーしました。スポーツ文化が根づいている国なので、どんな鍛え方をするのか興味津々だったのですが、『こんなんでいいの?』と疑問を覚えるほど緩くて、部活というよりサークルのイメージでした。リーグの規約に則りトレーニングも1時間半で終わるし、個々の選手たちの意識も低くて『これは楽勝だな』と思いました」

 ところがシーズンが近づいてくると「こんなパワーをどこに秘めていたんだ」と驚くほどギアの入り方が一変した。

「夏のバカンスの時期は家族と過ごす時間と決めているので、一切ギアが入ることはありません。プレシーズンに入り、みんなでチーム作りをしていく段階でも、まだフルパワーでないのは当然という認識で、徐々に2〜3段階くらいまで上げていく。それがシーズンの中頃になると、ギアが一気に5〜6段階まで上がり全然違う選手たちに変貌してしまう。緩い感じでプレーしていた彼らは、みんな隠れたギアを持っていたわけです」

 現在高野は、ベルギー1部のシント=トロイデンで育成の中枢を担っているが、同じことを感じているそうだ。

「シーズンオフには無理をせずにプレーしていますが、シーズンが近づくと自発的に集中力を高めテンポも上げてくる。米国の選手たちと同じようにギア変換ができるんです」

自分がどうありたいか、欧米では選手が自発的に学ぶ

 どちらが効率的なのかはさて置き、年間を通して毎日のトレーニングに全力で取り組もうとする日本の姿勢とは乖離している。

「与えられたテーマに脇目も振らずに、とことん取り組み続ける。それは規律に繋がるわけですが、欧米にそういう文化はありません。日本の場合は、選手だけではなく指導者も毎日が切磋琢磨。これは特長だと思います」

 日本では教員が多くの指導現場を牽引するため、サッカーを「教える」色が濃くなりがちだが、欧米では選手たちのほうが自発的に「学び」に行き、指導者はそれを導いていく。この相違は大きい、と高野は指摘する。

「欧米の子供たちは、自分の人生は自分で作っていくものだと考えています。自分がどうありたいのかは、すでに家庭の中から尊重されている。だから絶対にやってはいけないことだけは厳しく注意をしますが、時々子供たちが間違ったことをしたとしても自分で痛い目に遭うのを止めようとはしません」

 日本と欧米の相違は、やがて育成のスタンスにも投影されていく。

「欧州では、個々の選手たちのポテンシャルを最大限に引き出してあげることに主眼が置かれています。日本のように、全国大会で勝つためにチームのスタイルを尊重して、などということは全くありません。欧州では途中で別のチームに引き抜かれ、1年おきに所属クラブが変わることもある。昇格するのは、チームではなく個人です。だから個々が『オレの強みはここなんだ。そこをとことん磨くために、こういうふうに助けてくれ』という自己主張をしっかりと持っています」

 さすがに日本でも社会全体で「個の大切さ」が認識されつつあるが、優先されるのがチームなのか個なのか、そのさじ加減の割合はかけ離れている。

「欧州でもトップから底辺のアカデミーまでプレーモデルが貫かれているようなクラブは稀です。結局大別すれば、ボールを回しながら前進していくのか、縦に速いのか、になるわけですが、そこは最低限意識しながらも個人でどう貢献できるかが優先される。おそらく個が8割でチームは2割、そのくらいが当たり前です」

「匠の世界」を築く日本の特性も素晴らしい

 フットボールプレーヤーが現役でいられる時間は限られている。それなら特長を磨き上げて貢献することに集中する傾向が強いという。

「日本では、どんな選手に対しても『見る、止める、蹴る』が重要だと口を酸っぱくして言われるし、実際に私もそうでした。しかしエバートンにどこの位置からでもゴールを見なくても決められるストライカーがいて、実際に彼はその特性だけを磨いてプレミアリーグで活躍しました」

 あくまで高野は、一つのことを突き詰めて「匠の世界」を築き上げていく日本の特性も素晴らしいと感じている。しかし、これからさらに日本代表が世界に伍して戦うためには、個々の指導者が少しずつ目線を変え、日本流の個の育成を編み出していくべきだと考えている。(文中敬称略)

高野 剛
たかの・つよし/1973年10月4日生まれ。福岡県出身。アメリカで8年間指導者を務め、2005年からサンフレッチェ広島でジュニアユース、ジュニア、トップのコーチを歴任した。2010年にイングランド3部のハダースフィールド・タウンFCの育成組織に入団。日本人2人目となるイングランドサッカー協会(FA)公認・欧州サッカー連盟(UEFA)公認A級指導者ライセンスを取得した。2012年にサウサンプトン、2013年にアビスパ福岡のコーチ、2015年にタイのBBCU FCで自身初の監督を務め、タイ・プレミアリーグ昇格へ導く。2016年から3年間ギラヴァンツ北九州のU-18監督やアカデミーダイレクターを務め、2018年にアジア人初となるFA及びUEFA公認プロライセンスを取得。また、Jリーグフットボール本部育成部に所属し、育成改革プロジェクト「Project DNA」の立ち上げに関わる。2021年、STVV(シント=トロイデンVV)のHead of Football Strategy & Development 及びManaging Director of Youthに就任しチームの根幹を支えている。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(カンゼン)など育成年代に関する著書も多い。