ゴールデンボンバー 鬼龍院翔が語るステージ論「音楽性よりエンタメに振り切ったほうが夢破れない」
格差・貧困問題に取り組み、メディアで積極的に発言をしている作家・雨宮処凛が、バンドやアイドルなどを愛でたり応援したりする“推し活”について深堀りするコラムシリーズ。3回目のゲストは、ファンから“推される”側の立場であるゴールデンボンバーの鬼龍院翔。バンドマンなどステージに立つ人へ向けた実用書『超! 簡単なステージ論 舞台に上がるすべての人が使える72の大ワザ/小ワザ/反則ワザ』(リットーミュージック)を出版し話題になっているが、実は本書はバンドマンならずとも、あらゆる仕事や人間関係に応用可能な優れた1冊だった。本書に込めた思いについて話を聞いた。文・雨宮処凛(前後編の前編)
【写真】ゴールデンボンバーの圧巻のライブショット【15点】
数少ない私の人生の自慢に、「ブレイク前のゴールデンボンバーのライブに行ったことがある」というものがある。
2010年頃のことだ。場所は高田馬場CLUB PHASE。まだテレビ出演などはしておらず、4バンドくらいが出るイベントに出ていた頃。
ちなみに彼らを知ったきっかけはYouTube。「なんか様子のおかしい人たちがいる!!」と思った瞬間、チケットを買っていた。ライブはと言うと、その日のバンドの中でもダントツの人気だったのだが、それからすぐ、ある「異変」に気がついた。
当時、私はやたらとヴィジュアル系バンドのライブに行っていたのだが、どのライブに行っても、女子トイレに入るとバンギャたちがゴールデンボンバーの話をしているのだ。もちろん、彼らはその日の出演バンドではない。それなのに、いつ、どのタイミングで行っても女子トイレは彼らの話で持ちきりなのである。
それから間もなく、あれよあれよという間に「エアーバンド」は大ブレイク。あっという間に武道館や紅白出演といった成功への階段を駆け上っていた。
この十数年、そんな彼らの姿を見ることは私にとっての大きな喜びであり、また暗いニュースが多い世相の中での滅多にない「いい話」でもあった。
ちなみに私は48歳で30年以上の歴史を持つバンギャ。「V系縄文時代」の生まれである。X やLUNA SEA、GLAY、黒夢、MALICE MIZERなどのブレイクをリアルタイムで見てきた「歴史の生き証人」だ(しかも私はGACKTさん加入直後のMALICE MIZERでバックダンサーをやっていた)。その時ぶりの、いや「お茶の間への浸透度」という意味ではそれ以上の、彼らの快進撃にどれほど励まされてきただろう。
そんなゴールデンボンバーの鬼龍院翔氏が4月、『超! 簡単なステージ論 舞台に上がるすべての人が使える72の大ワザ/小ワザ/反則ワザ』を出版した。この本は、芸人活動を経て20年近くゴールデンボンバーを率いてきた蓄積をマニュアル化したものなのだが、ステージに立つ人だけでなく、あらゆる仕事や人間関係に応用可能な優れた実用書であることに感銘を受け、このたび、お話をうかがった。
本書を読んで驚いたのは、「いい音楽さえ作っていたら売れる」的な思い込みが一刀両断されていることだ。「売れる」前提としていい音楽は必須に思えるが、なぜこの法則は成り立たないのか。まずそのことを問うてみると、鬼龍院氏は言った。
「音楽を芸術だと思って頑張るというのはやりがちだと思うんですけど、そこに労力を割くよりも、エンタメに振り切ったほうが夢破れないと思うんですよね。そういう夢のないことを教える人がいないから、みんな真面目に音楽を頑張ると思うんですけど、いいものさえ作っていたら売れるなら、じゃあなぜ、ゴッホは生きてるうちに評価されなかったのか? 芸術性が高いものを作っても、評価するのは一般大衆なんですよね」
確かに、オーディエンスは音楽に専門的に詳しいわけではない普通の人々だ。
「こういったことにミュージシャン5年目で気づくよりは、1年目で気づいたほうが夢破れる人が減ると思うんです。ヴィジュアル系の中では僕なんてまだ下っ端ですが、少しは後輩に伝えられればと、当たり前のことだけを書きました」
ちなみにこのような考えに至ったきっかけは、「恩師」の言葉だったという。
「僕の音楽の恩師の方が言ってくれたのは、『新しいものを作ろうとしなくていいから』。ビートルズみたいなすごい音楽が作れると思っても無理だからって。音楽を作るということは、インテリアコーディネーターと同じようなものでいいんだと。そういうことを教えて頂いたので、僕は駆け出しの頃からわりとダサめというか、自分が好きな懐かしい感じの曲をやれていたし、エンタメに振り切るのが早かったかもしれないですね」
そんな恩師がいたからこそ、現在の鬼龍院氏がいるのである。一方、本書にはファンや信頼できる人からの言葉でも「可能性を狭める意見は感謝しつつ無視」と書かれている。
「ヴィジュアル系の世界はバンギャの方々の愛が強いので、ステージの人にこうあってほしいという思いをぶつけることも多いと思うんですよね。でも、お客さんの意見全部を聞いていたら、新しいことなんて絶対できない。新しいことは基本的にお客さんは嫌がります。国民全員、新しいことは嫌がるんです。例えば最初にスマホが出てきた時も、ガラケーでいいじゃんって風潮がありましたし、今だったらAIが怖いとか…。誰もが最初は新しいものに恐怖を感じるというか、親しみがもてないんですよね」
納得だ。というか、話を聞きながらミュージシャンというよりは政治家の話を聞いているような気分になってきた。ここまで人間の心理を分析しているとは、やはり鬼龍院氏は只者ではない。もし彼が選挙プランナーとかになったら候補者は当選確実だろう。「人の心を掴む」という点で、万人に共通する秘策を持っているのである。「売れる」人の凄みを見た気がした。
「新しいものに不安を感じさせないようにするのがフロントマンの役割だと思います。何もかもお客さんの言うとおりにしていたら、今まで見たことあるバンドにしかならないですから。ヴィジュアル系って、もっと破天荒でいいと思うんですよ。僕がバンドを始めた当初は、フロアの客全員に目にもの見せてやる、みたいなテロリストのような気持ちでした(笑)。そこはパフォーマーの腕の見せ所だと思うので、意見に振り回されないというのは大事だと思います」
だが、無名バンドにはお客さんから意見が届くどころか、そもそも誰もステージを見てないなんてことすら起きる。本書にはそんな状況でどうすべきかも書かれているのだが、駆け出しの頃、心が折れたりムッとしたことはないのだろうか。
「まず、いろんなライブを見学に行けばいいと思います。そうしたら、客席でスマホをいじりたい気持ちを自分で体感できるんです。怒ってる場合じゃないってことがわかると思います。お前のスタート位置ここだろって。逆に、なんで最初からお客さんがあなたに釘付けになると思ったのか、聞きたいです」
辛辣だが、まったくもってその通りだ。ちなみにヴィジュアル系のライブに行くとバンド側が「振りの強要」をしてくることがままある。が、鬼龍院氏はこれも「強要してはいけない」と強調する。
「僕もそういうライブを目撃したことがあって。後ろで体育座りしている女の子に、『前来いよ!』って煽ることで、どんどん会場の空気が悪くなっていく。そういうことを客席で体験するっていうのが大事だと思います。反面教師としてありがたく勉強させて頂いてます」
そもそも振りをしたくても、振りのルールがよくわからないこともあれば、40代にもなると足腰が痛い、四十肩などいろいろ事情も出てくるものだ。
「本当にその通りで、フロアのお客さんがみんな同じ状況だと思っちゃいけないと思うんですよね」
そう思うようになった背景には、20歳の頃、耳の聞こえない女性を好きになったことがあるという。
「世の中、いろんな要素を持った人がいることに、思いを巡らせるようになりました。仮に僕がライブで『手を上げて』って言った時、上げない人がいても何か事情があるかもしれない。そもそも聞こえてないかもしれないし。そういうことを考えると、自由に楽しんでほしいということに尽きると思うんですよね」
だからこそ、お客さんのノリがいい悪いも気にしない。
「ノリが悪いとか、口が裂けても言っちゃダメだと思うんですよね。だって、僕らはみんながノってるところに出ていく仕事ではなくて、みんながノッてないところをノらせる仕事なので。ノリが悪いと感じたら、僕なら『みんななんか、集団で悩みでも抱えているのかい?』とか、そういう言い方になると思うんです。だって、ライブとかお芝居を見に行って、自分が楽しんでるつもりでも『ノリが悪い』って言われたらいい気はしないですよね」
そう思うのは、自らが「ノリが悪い人間」だからだという。
「自分がライブを見に行く時、絶対動かないんで(笑)。手を上げなきゃいけない空気もちょっと嫌なんですよね。自分だけ目立ってないかな? とか気にしちゃうので。だからノリが悪くても楽しんでる人間もいるかもしれないし、そこはあまり気にしない方がいいと思います」(後編へつづく)
【後編はこちら】ゴールデンボンバー・鬼龍院翔が語る先輩GLAYからの学び「バンドを続けることが一番大事」
数少ない私の人生の自慢に、「ブレイク前のゴールデンボンバーのライブに行ったことがある」というものがある。
2010年頃のことだ。場所は高田馬場CLUB PHASE。まだテレビ出演などはしておらず、4バンドくらいが出るイベントに出ていた頃。
ちなみに彼らを知ったきっかけはYouTube。「なんか様子のおかしい人たちがいる!!」と思った瞬間、チケットを買っていた。ライブはと言うと、その日のバンドの中でもダントツの人気だったのだが、それからすぐ、ある「異変」に気がついた。
当時、私はやたらとヴィジュアル系バンドのライブに行っていたのだが、どのライブに行っても、女子トイレに入るとバンギャたちがゴールデンボンバーの話をしているのだ。もちろん、彼らはその日の出演バンドではない。それなのに、いつ、どのタイミングで行っても女子トイレは彼らの話で持ちきりなのである。
それから間もなく、あれよあれよという間に「エアーバンド」は大ブレイク。あっという間に武道館や紅白出演といった成功への階段を駆け上っていた。
この十数年、そんな彼らの姿を見ることは私にとっての大きな喜びであり、また暗いニュースが多い世相の中での滅多にない「いい話」でもあった。
ちなみに私は48歳で30年以上の歴史を持つバンギャ。「V系縄文時代」の生まれである。X やLUNA SEA、GLAY、黒夢、MALICE MIZERなどのブレイクをリアルタイムで見てきた「歴史の生き証人」だ(しかも私はGACKTさん加入直後のMALICE MIZERでバックダンサーをやっていた)。その時ぶりの、いや「お茶の間への浸透度」という意味ではそれ以上の、彼らの快進撃にどれほど励まされてきただろう。
そんなゴールデンボンバーの鬼龍院翔氏が4月、『超! 簡単なステージ論 舞台に上がるすべての人が使える72の大ワザ/小ワザ/反則ワザ』を出版した。この本は、芸人活動を経て20年近くゴールデンボンバーを率いてきた蓄積をマニュアル化したものなのだが、ステージに立つ人だけでなく、あらゆる仕事や人間関係に応用可能な優れた実用書であることに感銘を受け、このたび、お話をうかがった。
本書を読んで驚いたのは、「いい音楽さえ作っていたら売れる」的な思い込みが一刀両断されていることだ。「売れる」前提としていい音楽は必須に思えるが、なぜこの法則は成り立たないのか。まずそのことを問うてみると、鬼龍院氏は言った。
「音楽を芸術だと思って頑張るというのはやりがちだと思うんですけど、そこに労力を割くよりも、エンタメに振り切ったほうが夢破れないと思うんですよね。そういう夢のないことを教える人がいないから、みんな真面目に音楽を頑張ると思うんですけど、いいものさえ作っていたら売れるなら、じゃあなぜ、ゴッホは生きてるうちに評価されなかったのか? 芸術性が高いものを作っても、評価するのは一般大衆なんですよね」
確かに、オーディエンスは音楽に専門的に詳しいわけではない普通の人々だ。
「こういったことにミュージシャン5年目で気づくよりは、1年目で気づいたほうが夢破れる人が減ると思うんです。ヴィジュアル系の中では僕なんてまだ下っ端ですが、少しは後輩に伝えられればと、当たり前のことだけを書きました」
ちなみにこのような考えに至ったきっかけは、「恩師」の言葉だったという。
「僕の音楽の恩師の方が言ってくれたのは、『新しいものを作ろうとしなくていいから』。ビートルズみたいなすごい音楽が作れると思っても無理だからって。音楽を作るということは、インテリアコーディネーターと同じようなものでいいんだと。そういうことを教えて頂いたので、僕は駆け出しの頃からわりとダサめというか、自分が好きな懐かしい感じの曲をやれていたし、エンタメに振り切るのが早かったかもしれないですね」
そんな恩師がいたからこそ、現在の鬼龍院氏がいるのである。一方、本書にはファンや信頼できる人からの言葉でも「可能性を狭める意見は感謝しつつ無視」と書かれている。
「ヴィジュアル系の世界はバンギャの方々の愛が強いので、ステージの人にこうあってほしいという思いをぶつけることも多いと思うんですよね。でも、お客さんの意見全部を聞いていたら、新しいことなんて絶対できない。新しいことは基本的にお客さんは嫌がります。国民全員、新しいことは嫌がるんです。例えば最初にスマホが出てきた時も、ガラケーでいいじゃんって風潮がありましたし、今だったらAIが怖いとか…。誰もが最初は新しいものに恐怖を感じるというか、親しみがもてないんですよね」
納得だ。というか、話を聞きながらミュージシャンというよりは政治家の話を聞いているような気分になってきた。ここまで人間の心理を分析しているとは、やはり鬼龍院氏は只者ではない。もし彼が選挙プランナーとかになったら候補者は当選確実だろう。「人の心を掴む」という点で、万人に共通する秘策を持っているのである。「売れる」人の凄みを見た気がした。
「新しいものに不安を感じさせないようにするのがフロントマンの役割だと思います。何もかもお客さんの言うとおりにしていたら、今まで見たことあるバンドにしかならないですから。ヴィジュアル系って、もっと破天荒でいいと思うんですよ。僕がバンドを始めた当初は、フロアの客全員に目にもの見せてやる、みたいなテロリストのような気持ちでした(笑)。そこはパフォーマーの腕の見せ所だと思うので、意見に振り回されないというのは大事だと思います」
だが、無名バンドにはお客さんから意見が届くどころか、そもそも誰もステージを見てないなんてことすら起きる。本書にはそんな状況でどうすべきかも書かれているのだが、駆け出しの頃、心が折れたりムッとしたことはないのだろうか。
「まず、いろんなライブを見学に行けばいいと思います。そうしたら、客席でスマホをいじりたい気持ちを自分で体感できるんです。怒ってる場合じゃないってことがわかると思います。お前のスタート位置ここだろって。逆に、なんで最初からお客さんがあなたに釘付けになると思ったのか、聞きたいです」
辛辣だが、まったくもってその通りだ。ちなみにヴィジュアル系のライブに行くとバンド側が「振りの強要」をしてくることがままある。が、鬼龍院氏はこれも「強要してはいけない」と強調する。
「僕もそういうライブを目撃したことがあって。後ろで体育座りしている女の子に、『前来いよ!』って煽ることで、どんどん会場の空気が悪くなっていく。そういうことを客席で体験するっていうのが大事だと思います。反面教師としてありがたく勉強させて頂いてます」
そもそも振りをしたくても、振りのルールがよくわからないこともあれば、40代にもなると足腰が痛い、四十肩などいろいろ事情も出てくるものだ。
「本当にその通りで、フロアのお客さんがみんな同じ状況だと思っちゃいけないと思うんですよね」
そう思うようになった背景には、20歳の頃、耳の聞こえない女性を好きになったことがあるという。
「世の中、いろんな要素を持った人がいることに、思いを巡らせるようになりました。仮に僕がライブで『手を上げて』って言った時、上げない人がいても何か事情があるかもしれない。そもそも聞こえてないかもしれないし。そういうことを考えると、自由に楽しんでほしいということに尽きると思うんですよね」
だからこそ、お客さんのノリがいい悪いも気にしない。
「ノリが悪いとか、口が裂けても言っちゃダメだと思うんですよね。だって、僕らはみんながノってるところに出ていく仕事ではなくて、みんながノッてないところをノらせる仕事なので。ノリが悪いと感じたら、僕なら『みんななんか、集団で悩みでも抱えているのかい?』とか、そういう言い方になると思うんです。だって、ライブとかお芝居を見に行って、自分が楽しんでるつもりでも『ノリが悪い』って言われたらいい気はしないですよね」
そう思うのは、自らが「ノリが悪い人間」だからだという。
「自分がライブを見に行く時、絶対動かないんで(笑)。手を上げなきゃいけない空気もちょっと嫌なんですよね。自分だけ目立ってないかな? とか気にしちゃうので。だからノリが悪くても楽しんでる人間もいるかもしれないし、そこはあまり気にしない方がいいと思います」(後編へつづく)
【後編はこちら】ゴールデンボンバー・鬼龍院翔が語る先輩GLAYからの学び「バンドを続けることが一番大事」