オールブラックスXV相手に苦戦したジャパンXV。9月開幕のラグビーW杯に向けて課題の見える一戦となった【写真:Getty Images】

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W杯イヤー初戦、オールブラックスXVに6-38と完敗

 日本代表のワールドカップ(W杯)イヤー初戦は、オールブラックスXV(フィフティーン)に6-38の完敗に終わった。7月8日、聖地・秩父宮ラグビー場を満席に埋めた注目の一戦だったが、ニュージーランド代表予備軍に攻守に主導権を握られてのノートライ負け。2019年大会のベスト8進出を支えた高度な組織力、スピードアタックも、6月の合宿で重点を置いたタックルも調整段階を印象づけた。その一方で、世界トップ10クラスの実力を誇るオールブラックスXVのプレーからは、W杯本番でも強豪国が仕掛けてくるだろう世界クラスのプレー、そして日本対策を読み取ることができた。(取材・文=吉田 宏)

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 2万2283人のファンが埋めた聖地が溜息に包まれた。

 ノンテストマッチのため、チームも「ジャパンXV」と名乗ってのゲームだったが、攻撃力が武器の“日本代表”がノートライに終わったのは4年ぶり。FL(フランカー)福井翔大(埼玉パナソニックワイルドナイツ)の密集戦での激しさとワークレート、常にFW(フォワード)を叱咤激励し、果敢に仕掛けたSH(スクラムハーフ)齋藤直人(東京サントリーサンゴリアス)の奮闘は収穫だったが、薄暮のスコアボードに浮かび上がる厳しい現実。すぐに大きな拍手に転じたスタンドに、桜のフィフティーンは深々と頭を垂れた。

「率直な自分の感想としては残念だった。実戦は昨年11月以来で若い選手たち、新しい選手たちを試すことも目的だった。ポジティブな部分もあったが、課題がたくさんある。W杯に向けて、課題を修正してチームをしっかりと作っていくことが重要です」

 悔しさの中にも現実を淡々と受け入れたような表情で、ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が苦杯を振り返った。W杯フランス大会まで2か月。4年前の8強を超えるために欠かせないバージョンアップの目玉として、取り組んできたのはタックルだった。タックル技術では15人制ラグビーより進化しているリーグ(13人制)ラグビーの、ジョン・ドネヒュー・タックルコーチ(メルボルン・ストーム)を招いてのセッションで、技術とメンタルの進化に取り組んだ。

 リーグの“タックルマスター”は、選手1人ひとりが順番にタックル、相撲の立ち合い、総合格闘技の組合いなどのコリジョン(激突)メニューを、合間を置かずに1時間ぶっ続けで行うメニューを科した。給水も、休むために手を膝に置くことも許されない根性練習に、多くの代表猛者たちも「高校の部活以上」と悲鳴を上げた。詳細は非公開だが、どんな重圧下でも相手に当たり負けない精神力と同時に、技術面では相手と最も離れた足先から最も近い指先までの身体と筋肉を、どう有効にターゲットを倒すための衝撃に伝えるかという動作解析と運動力学に則ったスキルを選手に落とし込んだ。

「点」のタックルを残り2か月で「線」や「面」にできるか

 特訓の成果は、オールブラックスXV戦でも垣間見ることはできた。象徴的だったのは開始7分のCTB(センター)中野将伍(東京SG)のタックルだ。状況判断に長けた防御突破を正代表でも見せてきたオールブラックスXVのCTBジャック・グッドヒューが、内側にアングルを変えて切れ込んできたランを、一撃のタックルで仕留めてみせた。

「とりあえずしっかり力を合わせて前に出ることは、いい形でできたと思う。(合宿でのタックル練習で)自信はつきましたが、精度のところはもっと上げていかないといけない。80分間、試合を通して多くの回数をできるかが課題になってくる」

 メンバーの中でもおしゃべりなタイプではない中野だが、言葉はしっかりと選んでいる。26歳の大器が語るように、チーム全体を見ても、要所でオールブラックス予備軍を仕留めるタックルもあったが、80分間の組織防御には繋がらなかった。ラグビーはボールを繋ぎ、攻撃フェーズを重ねてトライを狙う競技だ。オールブラックスXVの選手にタックルを浴びせても、代表3キャップを持つSO(スタンドオフ)スティーブン・ペロフェタを軸に何度も防御ラインを崩された。弟ザーンとともに将来を嘱望されるWTB(ウイング)ベイリン・サリヴァンは、こう振り返った。

「日本のライン防御のスペースは、結構外目に確実に見えていました。日本側も上手く埋めてきていて、パスをカットされる場面もありましたね。そこのスペースを確実についていくことは、非常に難しいと思いながらプレーをしていました」

 日本の対応を称えながらも、オールブラックスXVは早い時間帯から日本防御の隙を見出していたのだ。この試合の初トライ直後の前半16分に、自陣ゴール前の左展開でペロフェタの防御突破から日本陣内まで攻め込んでPGを決めると、積極的に仕掛けるアタックを増やしギアを上げた。前半こそ相手を1トライに抑えた日本だったが、後半はダムの決壊のように4トライの猛攻を受けた。日本がライン防御を上げてプレッシャーをかけてきても、オールブラックスXVは浅いラインと深いランを使い分けて、ボールを動かし、スペースを見つけて突いてきた。その結果、浦安合宿で“地獄の練習”とも呼ばれたタックルメニューは、実戦ではまだ散発的なヒットに留まり、5トライを許した。

 途中出場のFL姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)も「チーム全体として今取り組んでいるコリジョンのところはすごく出せたと思います。ただ後半に、ちょっとコネクション(連携)を失ってしまい、イレギュラーな形で崩されてしまった」と指摘。“点のタックル”を、ここからの国内4試合、2か月という準備期間で、どこまで線に、そして面として組織的に相手の攻撃を封じ込める武器に転化できるかという挑戦は始まったばかりだ。

対戦国が進める日本の重心の低いタックルへの対策

 タックル面では、他にもオールブラックスXVからの学びがあった。試合後のHO(フッカー)リッキー・リキテリの言葉がヒントになる。

「日本のタックルは非常に強かった。ハードヒットをしてきたので、自分たちとしてもそれに乗っかるのではなくて、ボールを低く持っていくことを意識しました。かなり映像は見てきたので、ある程度予想通りではあったが、姿勢が高くなると日本のタックラーに入り込まれてしまうので、低くすることをイメージしました」

 日本の体を低くして懐に突き刺すようなタックル対策として、オールブラックスXV側もボールを持って当たりに行く時に、姿勢を低くして対応してきたのだ。日本のタックルを沈めた上体で封じ込んで、次の攻撃へよりスムーズな球出しをする。こんな接点での対策が、オールブラックスXVに日本以上にテンポのある攻撃をもたらした。

 2019年大会では対戦相手の脅威となったスピード感抜群の日本のアタックでも、“予備軍”からの教えがあった。

 日本の強みは、攻撃を重ねるなかで接点でいかに素早くボールを展開してテンポを上げていけるか。だが、この試合の多くのアタックシーンでは、日本が従来のテンポで球出しができていない。オールブラックスXVはコンタクト時にボールをコントロールさせないダブルタックルと、1人で真っ向勝負で相手をねじ伏せるドミネートタックルを、状況に応じて使い分け、日本選手にコンタクト後のボールコントロールをさせず、結果的に球出しを遅らせ、日本のテンポの速い攻撃を封じ込んだ。

 このような攻撃をスローダウンさせる接点での防御は、従来も日本対策の定番ではあった。だが、前回W杯で8強入りを遂げた日本に対して、今秋のフランス大会での対戦相手も、オールブラックスXVのように徹底してテンポを寸断しようとしてくるはずだ。対戦が決まっているイングランド、アルゼンチンが、この日のオールブラックスXVの防御を参考にしてくる可能性は十分にある。日本も新旧メンバーが混ざり合った布陣のため、コンビネーション、意思疎通の面で不十分さがあった試合だ。キーワードになる「完成度」を高めて、密集からより早いテンポでの球出しをすることで、生命線であるスピードを加速させるしかない。

 オールブラックスXVは、W杯本番でも強豪国が仕掛けてくる可能性がある戦術も見せていた。後半36分のラインアウトではSH(スクラムハーフ)をSOの位置に立たせることで、大外の選手(WTB)を余らそうと仕掛けてきた。直後の右オープン攻撃では、左WTBサリヴァンを右サイドに立たせて、スピードのある2人のWTBに同じサイドで攻めさせるプレーも披露。これらのポジションを微小にずらして攻撃ラインを充実させる工夫は、2か月後のフランスでも、多くのチームがチャレンジと工夫を利かせてくる。戦術、戦略に長けた日本代表も、防御対策と同時に、自分たちのスペシャルプレーの考案と磨き込みが求められる。

 第1戦で“世界最強の予備軍”が見せてくれた学びやヒントを、どこまで吸収、修正して、チームを進化させることができるか。熊本が舞台の第2ラウンド(7月15日)での、桜の戦士たちの仕上がりに注目したい。

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。