多くの遺伝性疾患を持つミックス犬の姉妹(写真:飼い主提供)

ペット保険を提供するアニコム損害保険の「人気犬種ランキング2023」によると、1位は14年連続でトイ・プードル、そして2位には初めてミックス犬がランクインしたそうです。

ミックス犬とは、異なる純血犬種同士を親に持つハーフ犬のことをいいます。「マルプー(マルチーズ×トイ・プードル)」「チワックス(チワワ×ミニチュア・ダックスフント)」「ダップー(ミニチュア・ダックスフント×トイ・プードル)」など、それぞれの愛称で親しまれ、2009年ごろから徐々に人気が出てきました。

珍しい掛け合わせになると、純血種より高額で販売されていることもあります。欧米においてそれはハイブリッド犬種と呼ばれて、1960年代後半に誕生していますが、そこには「正式な犬種として認可を受ける」という目的があり、それに向けたゆるぎない努力が見られます。

しかし、日本においては目的を持たない乱繁殖が行われ、流行の陰には金儲けに走る「悪徳ブリーダー」が潜んでいるのです。

両親の遺伝性疾患を引き継ぐ

兵庫県西宮市に住むYさんは、現在12歳になるキャバプー(キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル×トイ・プードル)の姉妹を飼っています。たかちゃん、のぶちゃんと名付けられたこの姉妹は、認知症になってしまった飼い主から保護された子たちで、生後8カ月くらいでYさん宅にやってきました。

元の飼い主は軽度の認知症を患っていましたが、「1人暮らしで寂しいから」と、姉妹をペットショップから迎えました。

しばらくして認知症が進行し、飼育が困難になりました。近所の人が異変を感じて家を訪ねたところ、姉妹はドッグフードの袋をみずから破って食べているような飼育放棄の状態。早期に保護されたことは、不幸中の幸いでした。

しかし、姉妹はいくつかの健康上の問題を抱えていることが、成長とともに明らかになっていくのでした。

たかちゃんは保護したときから足首の関節が脱臼しやすく、普通に座ることができません。獣医師に診てもらいましたが、「これは生まれつきで手術は難しい」という診断でした。

また、2歳でトイ・プードルに好発するパテラ(膝蓋骨脱臼)も発症。生まれたときから膝の関節を覆う筋肉や骨の形などに異常があり、それが原因で脱臼を起こしていると診断されました。脱臼すると違和感や痛みを伴うため、たかちゃんは足を引きずりながら歩いていました。

9歳になった頃、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルに好発する僧帽弁閉鎖不全症を、ほぼ同じ時期に姉妹で発症しました。これは心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁がもろくなり、血液循環が悪くなることで心臓が弱ってしまう病気です。

初期症状はほとんどなく、進行するとハアハアと苦しそうな呼吸をし、こもった咳がたびたび出るようになります。

姉妹の場合は急速に病状が進行、診察を受けたときにはすでに外科的治療が難しく、1日2回の投薬と週1回の注射を続けて、何とか今の状態を維持しています。

特にのぶちゃんの病状が悪く、獣医師からは「いつ心臓が止まってもおかしくない状態なので、覚悟はしておいてください」と言われています。たかちゃんも病状が不安定で、一進一退の状況です。

失明する遺伝性疾患にも罹患

姉妹が11歳になった頃、追い打ちをかけるようにPRA(進行性網膜萎縮症)を発症しました。PRAは網膜が徐々に薄くなることで光を感知できなくなり、最終的に失明する疾患です。

また、遺伝性白内障も患っていて、目が変色しています。獣医師によると、これはもっと早い時期に発症していたということでした。姉妹は視力の低下により地面のにおいを嗅ぎながら歩いたり、物にぶつかったりする行動が見られます。

「複数の疾患を抱えて苦しそうな、たかちゃんとのぶちゃんを見ていると、涙が出てきます。この子たちがなんでこんな目に遭わなければならないのか……。代われるものなら代わってあげたい。言葉がしゃべれないぶん、つらいだろうなと思って」とYさん。とても不安な気持ちで毎日を過ごしているそうです。


失明のリスクを背負うミックス姉妹犬(写真:飼い主提供)

違う純血犬種同士を交配するミックス犬は、異なる遺伝子情報が入るので遺伝子の多様性が増すメリットはありますが、遺伝性の疾患の因子が消えるわけではありません。両親犬のいずれかでも何らかの遺伝性疾患を持っていれば、その遺伝子を子犬たちが引き継いでしまう可能性があります。

そのため、ブリーダーがしっかりと両親犬の遺伝性疾患の知識を持ち、DNA、レントゲン、エコーなどの必要な検査を行い、問題のない犬同士を交配することで、子犬の遺伝性疾患の発症をできる限り防ぐことが大切なのです。

遺伝性疾患を見て見ぬふり

「ミックス犬は血統が交わることがないので健康だ」と、根拠のない主張をしたり、「ミックス犬は遺伝子検査ができないので、販売時に判明することはない」と高を括って、遺伝性疾患を見て見ぬふりする悪徳ブリーダーがいます。逃げ道の多いミックス犬を繁殖し、利益を追求しているわけです。

たかちゃんが発症したパテラは、遺伝的な影響が強く関与することがわかっています。

アニコム損害保険と理化学研究所の共同研究チームが、獣医学雑誌『The Journal of Veterinary Medical Science』で発表した研究結果によると、日本における人気の9犬種(トイ・プードル、チワワ、ミニチュア・ダックスフント、柴、ポメラニアン、ヨークシャー・テリア、マルチーズ、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドール・レトリーバー)計2048頭の子犬(0歳齢)のパテラの有病率は、トイ・プードルがトップの14.4%。約7頭に1頭が発病していました。


出典:アニコム損害保険 2019年5月22日ニュースリリースより

また、発症した子犬のきょうだい犬が発症するリスクは、発症したきょうだい犬がいない場合に比べて16.2%も高いという結果でした。

遺伝的な影響が強いことが明らかなため、交配する前に両親犬やその血統ラインの中に発症した犬がいないかどうか、発症はしていなくても両親犬の膝蓋骨に問題はないかを確認してから交配することが重要なのです。

そして、姉妹が共に発症した僧帽弁閉鎖不全症は、はっきりとした原因は不明とされていますが、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの場合は遺伝的に発症しやすく、4歳という若年齢で60%もの発症があるとされています。

現時点では発症自体を予防する方法はありませんが、交配する前に両親犬、また血統ラインの中に発症した犬がいないかどうか確認してから、慎重に繁殖をする必要があります。

PRAはトイ・プードルやミニチュア・ダックスフントに好発します。複数の遺伝子変異部位が見つかっていることから、遺伝性疾患だと考えられています。トイ・プードルには遺伝子検査が確立されていますが、検査結果がキャリア(異常遺伝子を持っているものの無症状)でも目に異常をきたしていないことから、遺伝性疾患に無頓着なブリーダーは「うちの繁殖犬は問題ない」と検査をせず、交配してしまいます。

例えば、キャリア同士を交配すると、4分の1の確率でアフェクテッド(将来的に失明する)の子犬が産まれます。今回のケースでは姉妹で発症していることから、確率的にアフェクテッドの親犬から引き継いだ可能性が高いと考えられます。発症を防ぐためにはPRA検査結果をもとに、問題のない組み合わせで交配する必要があるのです。

キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの場合は、PRAに対する遺伝子検査がまだ確立されていないので、交配前に両親犬が発症していないか、また血統ラインの中に発症した犬がいないかどうか確認してから、慎重に繁殖をしなければなりません。

遺伝性白内障もキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルに好発している疾患です。若年齢で発症することもあります。目の水晶体がだんだんと白くなり、視力が低下していきます。発症を防ぐためには、同様に慎重に繁殖をしなければなりません。

健全なブリーダーは「人気があるから」という利益目的のために、ミックス犬を作出することはありません。

厳しい犬種基準を設ける欧米

前述したように、欧米においては1960年代から異種の純血種同士を交配したハイブリッド犬種の作出が始まりましたが、そこには厳しいスタンダード(犬種基準)を設け、遺伝性疾患など犬の健康状態を獣医師と共に注視し、将来的に高いクオリティをもった犬種として認定されることを目指して努力を続けています。

繁殖する両親犬の血筋に遺伝性疾患を発症した犬がいるかどうかを調べる、バックグラウンドチェックも確立されています。ハイブリッド犬種のドッグクラブがブリーダーの教育や管理を担い、悪質な繁殖を行うブリーダーを取り締まる動きもあります。産まれた子犬の譲渡先も明確です。

しかし、日本においては血統書もいらなければ、純血種よりも高額で譲渡されることもあるため、無計画な利益目的の繁殖がほとんど。遺伝性疾患に関心がなく、両親犬の健康面をチェックすることは稀で、純血種のように公認されたスタンダードがないため、ミックス犬の繁殖は何の制約もない無法地帯です。

ペットショップや犬猫ブリーダー直販サイトで誰もが簡単に入手することができ、人気が上昇するほど、金儲けに走る悪徳ブリーダーの格好のターゲットになっているのです。

実際、母犬がシベリアン・ハスキーで、父犬がポメラニアン。母犬がラブラドール・レトリーバーで、父犬がチワワ。また、母犬がバーニーズ・マウンテン・ドッグで、父犬がミニチュア・ダックスフントという節度がない組み合わせも見られます。いずれも自然交配ではありえない体格差の繁殖です。

珍しい組み合わせだと高額で譲渡できるかもしれないと考えてのことでしょうが、その陰には問題のある子犬が産まれていることも見聞きします。

ブリーダーであるなら犬の健康を重視し、健全で節度のある繁殖をしなければならないと思います。そして、何のためにミックス犬の繁殖をしているのか、いま一度考えることが必要なのではないでしょうか。

購入する側にも注意が必要

ミックス犬は基本的に純血種よりも安価で販売されています。しかし、安さを理由に購入することや個性的な容姿が可愛いからと衝動買いするのは要注意です。たかちゃん、のぶちゃんのように多くの遺伝性疾患を抱えているかもしれません。


正しい情報を入手し、慎重に検討を(写真:飼い主提供)

前述したように、今の日本にはミックス犬を繁殖するブリーダーには健全なブリーダーがほとんどいないため、 みずから購入前にかかりやすい遺伝性疾患を調べて、万が一発病しても生涯しっかりとサポートしていくという覚悟が必要です。

すでにミックス犬を飼っている人も、同様です。

そのうえで日々愛犬を注意深く見守ることで、発症したとしても早期発見・早期治療が可能となります。残念ながら、純血種においてもまだまだ健全なブリーダーは少なく、同じことが言える状況ですが……。

あるペットショップでは「世界で唯一無二のミックス犬」と謳って購入を勧めていました。しかし、純血犬種も、雑種犬も、それは同じ。すべての犬が唯一無二の存在です。そんな謳い文句に惑わされることなく、そのミックス犬を迎えるメリット、デメリットなど正しい情報を事前に入手し、慎重に検討する必要があるのではないでしょうか。

(阪根 美果 : ペットジャーナリスト)