羽田空港の旅客機接触 誘導路で発生もなぜ「滑走路閉鎖」? 実運用から考えうる判断の経緯
羽田空港の誘導路で出発機2機の接触事故が発生。このとき、誘導路で起こった事故にも関わらず、滑走路が閉鎖されました。なぜこのような判断に至ったのか、実際の運用やルールから見ていきます。
管制官が接触に気づくのは難しい?
羽田空港の誘導路で2023年6月10日午前、出発機2機(エバー航空機・タイ国際航空機)の接触事故が発生しました。現在、国土交通省、航空会社による調査が進められているところであり、現時点では事故原因を推察すべきではありませんが、そうしたなかでも疑問に思われるポイントがいくつかあります。そのひとつが「誘導路で起こった事故なのに、なぜ滑走路を閉鎖したのか」です。
羽田空港のエバー航空機(乗りものニュース編集部撮影)。
今回の事例は、ターミナルと滑走路を接続する誘導路上で発生しましたが、結果的に2時間以上にわたり、羽田空港の滑走路4本のうち1本が閉鎖されています。この点について、航空交通のルールにおける疑問点を明確化することで浮かびあがる意外な盲点について、見解を述べたいと思います。
そもそも滑走路閉鎖は、その不具合の内容によりケースは様々ですが、基本的にはパイロットからの通報、管制官による管制塔からの目視、地上走行する車両からの通報、機体整備点検の担当者からの通報など、収集された情報を基に空港管理者が最終的に決定します。
もし航空機2機の接触が滑走路上で起きていたのであれば、部品が散乱しており離着陸時にエンジンに吸い込まれる危険が生じることは確実視されるため、滑走路点検と路面清掃の実施が必要との判断から滑走路閉鎖は当然といえます。ではなぜ今回、誘導路上で滑走路が閉鎖されたか、ここで航空管制官の立場で滑走路閉鎖の経緯を追いかけてみます。
どのようにして、航空管制官は航空機間の接触を最初に認知するのか――これはごくシンプルにいってしまうと、自分で気が付くか他者から気付かされるかの二択しかありませんが、今回のケースで最も可能性が高いのはパイロットからの通報といえるでしょう。
「管制官が自ら気づく」、実は“至難のワザ”?
地上にいる航空機の管制を行う地上管制席は、管制室内から航空機を視認して交通状況を把握します。羽田空港の管制塔は高さ100m以上あり、管制室は360度見渡せるようガラス張りの構造ですが、航空機の細部を肉眼で確認するには限度があるため、大小様々な双眼鏡が常備されています。次から次へとせまりくる航空機を円滑に処理するためには、自分が交信を担当する航空機はもちろんのこと、直接管轄していない航空機を含めて常に地上と空の監視を行う必要があります。
さらに、パイロットとの交信と管制塔内でのやり取りを把握しながら、同時進行で便名、発着地、使用滑走路、飛行ルートなどの確認や指示内容の記録のため、管制塔内に設置された情報端末の操作も行う必要があります。そのため、見た目にも分かりやすい事象であれば自ら異変に気がつくことができますが、肉眼で今回のケースのような航空機翼端のわずかな違和感も見逃さないというのは容易ではありません。
かといって、広大な敷地を多数の航空機が動き回る大空港で、1機1機を双眼鏡を使い追従する余裕もありません。そこに集中していたら他がおろそかになり、違うアクシデントを誘発する可能性もあります。そうなると、実際に航空機を操縦するパイロット自らが周囲の状況を把握して安全を確保するのが妥当でしょう。
プロであればパイロットからの通報がなくても管制官が気付いて当然、との意見を否定することは出来ませんが、事実、運航の最高責任者はパイロットであり、管制官からの指示を「Unable(不可能だ)」と返答する権利を有しています。滑走路の離着陸や上空の飛行における誘導と、地上面の走行管理では責任の度合いが異なることは確かです。
「部品散乱の可能性」意外に考えられるポイントは?
本題に戻りますが、管制官がパイロットから「接触が発生したためここで停止するか、駐機場に戻って点検を行いたい」とか「エンジンをシャットダウンして今すぐ外部点検の車両や牽引車両を要請したい」などの通報があったと仮定します。それを聞いた管制官は、適切なアクションを考えるためにも、可能な限り情報を集めなければなりません。ただし、最も業務負荷が高いパイロットとの交信は、状況を読み必要最小限に留めることに考慮しなければなりません。
今回、滑走路閉鎖する理由の一つは、滑走路周辺における高さ制限(制限表面)によるものが考えられます。航空法では、航空機の飛行の障害物とならないよう、空港周辺に建設可能な施設などに課す高さの上限が定められています。航空機もまた一定の高さを持つ物体であり、滑走路の手前で離陸のために待機する場合には垂直尾翼の一部が制限にかかる場合がありますが、これには特例があり、管制官からの指示に従い遅滞なく動けるものは対象外とみなされます。
羽田空港のタイ国際航空機。接触事故を起こしたものとは別モデル(乗りものニュース編集部撮影)。
今回、接触した2機は消防車両も周辺に集まっていました。おそらくは、損傷の影響拡大を防ぐ意向から、その場でエンジンを停止する判断に至ったと考えられます。つまり2機が「遅滞なく動ける物体」ではなくなったということです。このことから、付近の滑走路の離着陸にかかる障害物の扱いとなり滑走路閉鎖を判断したと考えられます。
事故を起こした場所は、位置的に滑走路に近いことから、損傷した部分の破片が滑走路に落ちていることも考えられますし、消防車両が現場に急行するため滑走路の横断があれば滑走路を閉鎖する可能性はあります。いずれにせよ、滑走路閉鎖は管制官が任意で判断するものではなく、根拠があって合理的にやむを得ない状況でのみ行われるということになります。