巨大戦艦もピタッと急停止!「船のブレーキ」名案だったのに不採用なぜ? 米大統領令で試験も
飛行機には「エアブレーキ」という空気抵抗を利用した減速装置があります。これと同じ理論で、水の抵抗を使って船の速度を落とす「シップ・ブレーキ」が過去ありました。これを米海軍が試験したとか。結果はどうだったのでしょうか。
急減速だけでなく急旋回にも使える便利アイテム
船を急に減速させる、もしくは停止させる場合、スクリューを逆転させたり錨を投入したりする方法が一般的です。ところが、それらとは違う形で船速を制御するやり方として、水中で翼(板)を広げて急停止させる方法が、今から100年以上も前に実際の戦艦を使ってテストされました。それはいったいどんなものだったのでしょうか。
試験でラコステのシップ・ブレーキを取り付けたアメリカ戦艦「インディアナ」(画像:アメリカ海軍)。
以前から、高速で航行している艦船を急に減速や停止させる方法は、いろいろと考えられていました。そういったなか、1898年にカナダの裁判所書記官ルイス・ジョセフ・ラコステは、自ら「シップ・ブレーキ」と命名した装置の開発に着手します。
この装置の原理を簡単に説明すると、船体両側面の水線下に90度開閉式の巨大な板を装着するというものです。これは、未使用時は船体に沿って畳まれていますが、減速・停止する際には、左右両舷の板を同時に開くことで大きな水の抵抗を生じさせ、それで船のスピードを短時間で落とすようになっています。
また、左右どちらかの板だけ開くという使い方もできるとのこと。そうした場合は、開いたほうにだけ水の抵抗が生じ、左右の水力差できわめて小さい旋回半径で急転舵を行うことができるというものです。
1901年、ラコステはシップ・ブレーキの特許を取得し、イギリス海軍とカナダ政府に、その試験運用を打診します。そこで後者が試験してみたところ、良好な結果を得ることができたものの、採用にまでは至らなかったといいます。
その後1908年12月、時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトが、アメリカ海軍でラコステのシップ・ブレーキを試験すると発表しました。当時、この件について質問した新聞記者に対して海軍軍人のひとりが「かような装置の必要性は感じていないが、政治的な要請なので試験せざるを得ない」と答えたと伝えられています。
というのも、ラコステはアメリカ・ニューヨーク州の共和党クラブ会長ジョン・スチュワートと知り合いで、そのスチュワートを介して、ルーズベルト大統領に話が回ったとされているからです。
コストと確実な作動性を天秤にかけると……
1909年11月、フィラデルフィア海軍工廠で、戦艦「インディアナ」にシップ・ブレーキを取り付ける作業が開始されました。翌1910年4月には、海上での実地試験も始まりますが、そのさなか、発明者であるラコステが肺炎に罹ってこの世を去ってしまいます。
ただ、試験は続けられ、その結果、彼が発明したシップ・ブレーキは、減速装置としても旋回の補助装置としても、一定の有効性が確認されました。これを受け海軍内には、さらに試験を重ねて改良を加えようと考える一派も存在しました。しかし、試作品であれば試験日に一発勝負で性能が示せればそれで問題ないでしょうが、実用品となると所要のメンテナンスを常に行わなければならず、かつ期待した性能がいつでも発揮できることが求められます。
この点で、ラコステのシップ・ブレーキにはいくつかの問題がありました。たとえば一定期間、海水に浸かったままだと、可動部にフジツボやイガイといった海洋生物が付着し、作動に問題が生じる可能性がありました。
それを避けるためには、定期的にメンテナンスする必要があるので、そのコストと労力をあらかじめ含み込んでおく必要があります。また、実戦では故障や被弾・被雷によって作動不能となることを考慮しなければならないほか、同様の理由で、逆に突然意図せずに片舷だけが開いてしまうなど、想定外の事態を招くリスクもあります。
アメリカ戦艦「インディアナ」(画像:アメリカ海軍)。
結局、こういった問題への適切な解決策が見出せなかったため、1910年11月にラコステのシップ・ブレーキは戦艦「インディアナ」から撤去されました。
その後も、アメリカ海軍は航空機のエアブレーキに類似した「空気の抵抗」ならぬ「水の抵抗」を利用する、この手のシップ・ブレーキを何度か試験しています。しかし結局、いずれも実用化されることはありませんでした。