私たちは悲しくなると、なぜ買い物に走るのでしょうか?「行動経済学」でその理由が見えてきます(写真:kou / PIXTA)

昔と比べて、商品があふれ、人々が満足してしまっている現代では、ちょっとやそっとのことでは、ものは売れません。そんな時代には、経験則だけではなく、「科学的に正しい理論」をビジネスに取り入れることが重要です。

何か商品を売るのであれば、パッケージに「枠」を設けてあげるほうが売れるという研究結果が出ています。なぜなら、「人は元来、コントロールしたい生き物であり、『枠』がその欲求を駆り立てるから」です――。

「行動経済学」博士である相良奈美香氏はそう言います。同氏の新刊『行動経済学が最強の学問である』から一部抜粋、編集してお届けします。

人は元来、コントロールしたい生き物

アマゾン、グーグル、アップル、ネットフリックス……。実は今、世界の企業がこぞって取り入れている学問があります。それが「行動経済学」です。なぜなら、ビジネスの中心は「人の行動を変えること」であり、行動経済学とはまさに「人の行動を変える理論の集まり」の学問だからです。

ここでは、そんな行動経済学の理論をご紹介しましょう。

人間は「つねに自分で意思決定し、行動している。人生をコントロールしている」と考えており、またそうしたいという強い欲求があります。ここでのコントロールできるとは、「自分で決められる」、または「自分がやりたい方向に向くように影響を与えることができる」ということです。

この理論を「心理的コントロール」と言います。自分の「心理的コントロール」を高めることは、仕事の満足度、幸福度を高める効果があり、また部下の心理的コントロール力の感覚を高めることにより、部下の頑張りやコミットメントを高め、さらに離職の防止にもなります。

しかし実社会では、なかなかすべて自分の思いどおりにはいかないもの。つまり、つねにコントロール感を感じられるとは限らないのです。

直感的にも、「他人や状況に自分の人生をコントロールされる」というのは嫌だというのはわかると思います。調査でも、「コントロール感」の減少がネガティブな感情を生み出し、そのネガティブな感情が人間の非合理な意思決定や行動に影響を与えていることがわかっています。

また、「自分以外のもの(人・状況)にコントロールされている」という感覚はうつ病、ストレス、不安関連障害等と身体的にも悪影響が出ます。そんな大事なコントロール感をもう少し詳しく見てみましょう。

買い物によって、コントロール感を取り戻す?

この「心理的コントロール」は、消費者の消費行動にもあらわれます。

悲しかったりストレスがたまったりすると、買い物をしたくなる――。これも心理的コントロール感を取り戻したいという気持ちの表れなのです。

人が悲しみを感じるのは、自分以外の人や状況にコントロールされている場合が多くあり、「私は何をやってもダメだ」という無力感に襲われ、「手っ取り早く主導権を取り戻したい」という欲求が強まります

買い物は、自分の意志で選んだものを、自分の力(お金)で自分のものにできる。つまり簡単に「自分でコントロールしている」と感じられる行動です。

問題は、そうやって買い物をしていたらいくらお金があっても足りないこと。しかし、ミシガン大学のスコット・リックらの実験によって、「お金を使わなくても気分が良くなる買い物がある」とわかりました。

被験者にネットショッピングのサイトを見せ、気に入った商品を選んでカートに入れてもらいます。決済はしないので、昔のウィンドーショッピングのようなものです。

その結果、悲しみを感じていた人は気分が和らいでいるとわかりました。お金を使わずにカートに入れるだけで、「買い物効果」が見られたのです。ちなみに、怒っている人にも同じ実験をしましたが、架空の買い物では怒りは消えていませんでした。

その理由は、怒りは主に「誰に対して怒っている」とか、「この状況に対して怒っている」と、特定の「人」や「状況」が標的となっているからです。ですから、心理的コントロールを上げる買い物では気持ちが紛れないのだと研究者は分析しています。

確かに「あのクライアントは本当にひどい」と怒りを抱えているときに買い物をしても、なかなか怒りは消えないものです。

企業側としては、悲しい人の買い物体験をもっと有効なものにするよう、商品の色を豊富にし、好きな色を選んでもらえるようしたり、またはイニシャルを入れたりなどのカスタマイズを可能にしたりすることも検討するとよいでしょう。顧客の心理的コントロール感をさらに高められ、顧客には喜んでもらえ、Win-Winの関係になれるでしょう。

他にも「採血」に関する実験があります。皆さんも、採血をする際、頭では必要な検査とわかっていても、「痛かったらどうしよう」と不安に駆られたことはありませんでしょうか。

どちらの腕にするか決められるだけで、安心できる

南カリフォルニア大学のリチャード・ミルズらの調査では、採血の際、「左右どちらの腕にしますか?」と看護師に聞かれるだけで、このネガティブ・アフェクトが著しく軽減することがわかっています。

今はどの病院でも「どちらの腕にしますか?」と質問されると思いますが、少なくともアメリカでは昔は看護師が決めていました。プロの看護師が、どっちの腕の血管のほうが採血しやすいか判断して決めるので、とても合理的でしょう。

しかし、患者からすれば、ネガティブな感情の出る採血。必要な検査として、自己意志ではなく「やらされている感」が強く、心理的コントロールが弱いのです。

そういう際、自分でどっちの腕から採血するかコントロールできるだけで、不安度が減少し、満足度も上がることが研究でもわかっています。

左右、どちらの腕から採血するかは本当に小さなことですが、それをコントロールできるだけでも、ネガティブな感情が減少し、人は安心することができるのです。

枠がある薬のパッケージのほうが、「境界効果」で人気

ここに2つの薬のパッケージがあります。

私は現在、「行動経済学コンサルタント」として、「いかにビジネスに行動経済学を取り入れるか」、企業にコンサルをしています。


クライアントから、「商品パッケージについてアドバイスがほしい」と聞かれることもありますが、今時点で私が勧めるとしたら、左側の薬のほうです。

コンサルタントとしてのわが社の役割はクリエーティブでセンスの良いデザインを選ぶことではなく、科学的なエビデンスに基づいて「人が求めるデザイン」を選ぶこと。したがって「左がいいでしょう」とクライアントに勧めるからには、ちゃんとした根拠があります。

世界的なパンデミックが収束しつつあるとはいえ、ロシア・ウクライナ戦争は終わらず、シリアとトルコで天災が起き、景気後退も深刻です。世界情勢が不安になっているとき、人は「状況にコントロールされている」という無力感から、不安になります。

そこで参考になるのがデューク大学で一緒だったキーシャ・カットライトが卒業論文の一部として発表した「境界効果(Boundary Effect)」という理論です。

彼女の実験では、「自分以外のもの(人・状況)にコントロールされている」と強く感じている人は、ボーダーや囲み枠など境界線があるパッケージを好むことがわかりました。

左のパッケージは商品名が四角い境界線で囲まれています。その視覚効果によって無意識にコントロール感があると感じられるので、不安な人を惹きつけるのです。

パッケージデザインや広告ビジュアルは仕事の一環として注目していますが、富裕層向けのものは開放的で、境界線がしっかりあるデザインはあまり見かけません。

「景気が良くて経済が上向きだと境界線のないパッケージが売れる」という実験はないので断言はできませんが、仮説としては成り立つでしょう。

(相良 奈美香 : 行動経済学コンサルタント/行動経済学博士)