川口 雅裕 / NPO法人・老いの工学研究所 理事長

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職員が入居者に「誕生日おめでとうございます」と声を掛けるのを禁じている高齢者住宅や高齢者施設があるそうです。理由は、「個人情報保護法違反に当たる可能性があるから」とのこと。

確かに法律は、業務の目的の範囲を超えて個人情報を使用することを禁じていますが、高齢者の暮らす場で働くスタッフの業務の目的は、心身共に健やかな高齢期を送ってもらうことであり、誕生日の声掛けはもちろん、個別のさまざまな情報をもとに人と人をつないだり、ふさわしい場にお誘いしたり、機会の提供や紹介をしていったりするような働きかけは欠かせないと筆者は考えます。

交流や関係を失っていくことを指す「社会的フレイル」が、身体的あるいは精神的(認知機能を含む)なフレイルを引き起こすことは、高齢者ケアの分野では常識です。もし、それを知っていてそんなことをしているのであれば、それは怠慢であり、1人暮らしのお年寄りに、誕生日という節目に誰にも気付かれず、声も掛けられない孤独を味わせたいのかとさえ思ってしまいます。

「誕生日おめでとうございます」を禁じるようなところでは、例えば「同じ趣味の人がいたら紹介して」「こんな相談に乗ってくれる専門家が入居者の中にいたら教えてほしい」「仲間のお見舞いに行きたいので、入院した病院を教えて」といった要望があっても、全て「個人情報です」と言って断ってしまうのでしょう。そうして交流が生まれず、関係が薄くなり、貧弱なコミュニティーとなって、それがじわじわと心身の衰えへとつながっていきます。

また、寂しい場で暮らすストレスが、職員への難しい要望やクレームへと変わり、職員はそれらの対応に追われ続けることになっていくでしょう。

地震や豪雨などの災害があった場合に、高齢者が効果的な行動を取れるかどうかは、日頃のつながりやコミュニティーの質に大きく左右されます。誰がどこに住んでいるか、どんな状態の人かを互いが知っていれば助け合いが可能ですが、そうでなければ放置されたり、助けが遅れたりといった事態になりかねません。事故や体調の急変の際も同様で、気付いてもらえる、すぐに知らせて助けが得られる環境かどうかが重要になります。

こんなケースがありました。

ある高齢者住宅のレストランで、予約をしているのに来ない人がいた。「予約をしているのに来なかった」ということがない人なので、一緒に食事を取る予定だった入居者たちが「これはおかしい。持病があるし…」という話になり、職員に連絡してその人の部屋まで一緒に見に行った。マスターキーでドアを開けると室内で倒れており、すぐに救急搬送。一命を取り留め、処置も早かったので後遺症も残らなかった――。

この件は、人命の救護で知事表彰を受けていますが、コミュニティーの力がとても分かりやすい事例です。分断された個人の集まりでは、こういう結果にはなりません。どんな人かが分かっている者同士が、日常的にお付き合いしていることで救われる命があり、オープンな関係が築かれているコミュニティーが「安全」や「安心」をつくっているということです。

最近は、見守りセンサーや緊急コールといったものもありますが、当然、これらには限界があります。見守りセンサーは基本的に、「24時間電源のオン/オフが押されない」「温度や照度に異常がある」「一定時間を超えて動きが感知されない」といった場合に作動するものですから、先ほど紹介した一刻を争うようなケースだと亡くなってしまうかもしれません。緊急コールも、当人がボタンを押すことができなければ意味がありません。(実際、先述のケースでは家の中に2カ所、緊急コールボタンが設置されていました)

このように、災害時や急病などの緊急対応といった安全面でも、コミュニティーの力は非常に重要です。個人情報保護に過敏に反応し、個人情報を隠して人間関係を分断していくような対応は、高齢者の安全上、問題が大きいと言わざるを得ません。

個人情報保護法の第一条には、こうあります。

「個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出ならびに活力ある経済社会および豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする」

注意すべきは、「個人情報はそれが適正かつ効果的に活用されれば、活力ある社会、豊かな生活の実現に資する有用なものである」と書かれていることです。個人情報を提供して得られるメリットもあり、個人情報を隠すことによるデメリットもあると理解ができます。

高齢者についていえば、個人情報を適切に活用してくれる事業者であることが前提とはなりますが、自分の情報を提供すればするほど、さまざまな機会が提供されて楽しみができ、安全性も高まるというメリットがあり、一方、隠せば隠すほど孤独や危険のリスクが高まります。

個人情報の悪用や漏えいといった事件の報道がたびたびなされており、情報提供や取り扱いに過敏になるのは分かりますが、高齢者自身は「個人情報を提供するメリット」を、高齢者を対象とした事業者は「隠すデメリット」を、改めて考えてみていただきたいと思います。