「俺の飛行機 エンジンは“スズキ”」 日本車エンジンの転用が米で大人気になったワケ “参入ぜひ!”
日本では馴染みない自作飛行機。アメリカではそれらも自家用機として登録できますが、その分野で人気のエンジンとなっているのが日本車のものだとか。自動車用エンジンを基にした航空エンジンの現状を取材してきました。
年代物エンジンにとって代わるか、日本製エンジン
航空大国アメリカでは、自作機やキットを組み立てた飛行機など型式認定のない航空機を自家用機として使用することが認められています。これらは、法律上では「実験機」を意味する「エクスペリメンタル」というカテゴリーに分類されるものの、一定の条件を満たせば耐空証明が給付され、航空機として登録できます。
これら「エクスペリメンタル・カテゴリー」の機体は、型式認定のないエンジンでも用いることが可能なことから、愛好家のあいだでは昨今、日本製の自動車エンジンが人気だそう。その状況を、現地で見てきました
スズキ製エンジンをベースにしたアエロモーメンタム社の航空エンジンを搭載した水陸両用機(細谷泰正撮影)。
そもそも、小型航空機にはピストンエンジンが使われています。だからこそ自動車エンジンを流用できるのですが、航空機用のエンジンは、構造が単純で設計が古いのに価格は高いのがネックです。小型機は2500rpm前後の回転数でプロペラを回すと最も効率良く回転力を推進力に変換することが可能とされています。そのため航空エンジンはプロペラ直結で、複雑な構造を避けるため空冷です。
また、信じられないことですが、航空用はいまでもキャブレーター付きエンジンが多く使われています。現在生産中のエンジンでさえ、50年以上前から連綿と製造されてきたエンジンをベースにECU(エンジン・コントロール・ユニット)を付けただけだったりします。逆にいうと、このような古い設計のアメリカ製航空エンジンが、半世紀にわたり世界の小型機市場を独占してきたのです。
加えて、航空エンジンに必要な型式証明の取得には時間とコストが嵩むため、新型エンジンの開発と新規参入を企てる企業を妨げてきた経緯もあります。だからこそ、古参メーカーが作る古い製品が市場を占め続けたともいえるでしょう。その結果、絶えず技術革新を繰り返してエンジン性能を向上させてきた自動車やオートバイのエンジンと、技術的に大きな差がついてしまいました。
そんな航空エンジン市場に1980年代後半、果敢に挑戦した企業があります。その会社はスノーモービルや四輪バギーなどのエンジンを生産してきたエンジンメーカー、オーストリアのロータックス社です。
高性能・高信頼性・低価格な日本車エンジン
ロータックス社は、1989年に80馬力エンジンで初めて航空エンジンに参入しました。当初は型式認証がなくても使用できるホームビルト機や超軽量機向けに供給されていましたが、1995年にFAA(米国連邦航空局)の認証を取得し、小型機全般に供給されるようになっています。
ロータックス社のエンジンの特徴は、高回転数で減速ギヤを介してプロペラを駆動すること、シリンダーが空冷でシリンダーヘッドが液冷であること、そして、航空ガソリン以外に自動車用ガソリンも使用できたことなどです。
また、従来のエンジンと比べて小型軽量で低燃費を実現しています。その後、ロータックス社は100馬力エンジンも販売を開始。これらで、みるみる市場を席巻するようになり、2人乗りの小型機においてはアメリカ製エンジンをほぼ駆逐してしまうほど普及しました。
典型的な従来型の航空エンジン、ライカミング「IO360」。1955年から生産されている180馬力のO360を燃料噴射式に改めたもので、1960年代から現在に至るまで生産されている。最大出力は210馬力。4人乗りの小型機に多用されてきた(細谷泰正撮影)。
こうしたロータックス社の努力によって、小型機向けのエンジン性能は向上したものの、価格は高いままでした。100馬力エンジンで価格は一基およそ500万円です。今年(2023年)に登場した160馬力の最新型はおよそ700万円もします。
この価格に納得いかないアメリカの小型機愛好家が目を付けたのが日本製自動車エンジンでした。高性能かつ高い信頼性を持ちながら、価格はリーズナブル。部品は世界中で流通しています。航空エンジンとしての認証こそありませんが、冒頭に記したような特例から、ホームビルト機には使用することが可能です。
こうしてアメリカでは、日本車のエンジンを改造して飛行機に搭載することが20年以上前から行われてきました。これに伴い、最初は減速ギヤユニットなどの改造キットを供給する会社が現れ、今では新品の日本車エンジンを使用して、そこに減速ギヤなどを取り付け航空エンジンとして販売する会社が何社か存在するほどに至っています。
伸びしろ大きい航空エンジンに今こそ参入を!
どの会社も航空機用に特化したECUと、自動車よりも大きめの発電機を使用しています。高価な航空ガソリンに代わり自動車燃料が使えるので維持費も安いのが特長です。価格は同出力の航空エンジンのほぼ半額。それでも100馬力の機種でおよそ200万円、150馬力の機種でおよそ300万円です。
このように、アメリカではかなり知られた存在になりつつある日本車エンジンの飛行機への転用。しかし我が国の自動車メーカーは、自社製品が飛行機に転用されている様子を20年以上にわたり静観したままです。筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)は、そろそろ各メーカーとも事業化を真剣に考えるべきではないかと考えます。
アメリカの飛行機愛好家が積み上げてきた20年以上にわたる使用実績は詳細に分析して製品化に役立てるべきでしょう。
ロータックス社の代表的な100馬力エンジンである「Rotax914」。現在生産中の2人乗り小型機のほぼ全てに採用されている高性能エンジン(細谷泰正撮影)。
ロータックス社の足跡は教科書のごとく参考になります。実は、世界の小型機ユーザーは日本企業の参入を待っています。その理由は、日本製自動車エンジンの性能とロータックス・エンジンよりも高出力な150馬力から300馬力の分野をカバーできるからです。その出力は自家用機として手ごろな4人から6人乗りに適しています。
ロータックス社が歩んだように、最初は認証なしで販売を開始して運用データを積み上げたのち、次のステップとして認証を取得する方法が現実的でしょう。認証取得後はメーカー製の完成機にも採用されることは間違いありません。
一方、日本政府は新たな産業政策として未開拓の小型機市場に着目し、まずは日本企業がエンジンメーカーとして参入しようとチャレンジするのを財政面で支援すべきです。別にYS-11やMSJ(MRJ)などのように完成機を造る必要はありません。
パーツ供給という形でも参入することができたなら、日本製航空エンジンが世界の空を羽ばたく光景を目にすることも夢ではないと、筆者は確信しています。