映画『せかいのおきく』からインスパイアされたアニメ「うんたろう たびものがたり」(U-NEXTにて配信中)より ©2023 FANTASIA

日本映画界の実力者たちと、自然科学研究者が連携して、100年後の未来に伝えたいメッセージをエンターテインメントの形で伝えていく「YOIHI PROJECT」第一弾作品となる『せかいのおきく』(阪本順治監督、黒木華主演)が4月28日より全国公開されている。

江戸時代のサーキュラーエコノミー(循環型経済)を題材に、3人の若者の恋と青春を描いた作品となっているが、同作の世界から新たに「うんたろう たびものがたり」と題した絵本、アニメ化も展開されている。

うんちを通じて循環社会を親子で学ぶことを目的とした絵本を担当したのは人気絵本作家の森あさ子、そしてアニメ版には、「SPY×FAMILY」の種崎敦美、「ONE PIECE」の山口勝平ら豪華声優陣が参加。さらに『せかいのおきく』主演の黒木華がアニメ版のナレーションも担当している。

 “うんち”を通じた青春模様を映画で描き出し、さらには絵本、アニメで子どもたちに向けたメッセージを投げかける。そんな異色のプロジェクトを手がけたのは、『亡国のイージス』『テルマエ・ロマエ』など数々の映画で美術監督を担当してきた原田満生。今回は、YOIHI PROJECT代表を務める原田プロデューサーに本プロジェクトにこめられた思いを聞いた。

青春映画として昇華させる

――普段、"うんち"というものは見たくないものだと思われがちですが、それをくみ取らなければ、それが溜まってしまい、人々の日常生活は成り立たない。一方でその不要だと思われるものをお金を出してでも引き取りたい人がいる。そういうサーキュラーエコノミー(循環型経済)の概念をさりげなく織り込みつつも、青春映画として昇華させたところに、この作品の面白さを感じました。

実は最初、阪本順治監督に、このYOIHI PROJECTの話をしたときには断られたんですよ。

「自分にはそういう綺麗ごとはわからない。ただ1個だけやれることがあるとしたら"うんち"の話かな。底辺からいろんな世界を見ることでなら表現できることもある」とおっしゃっていたので。

それを喜劇調にも使っているし、人間ドラマにも使っている。いろんな要素があるところが面白くて。結構うまくできているんじゃないかなと。他人事のように言っていますけど(笑)。

――現代とは違う、サーキュラーエコノミーの価値観の違いも興味深かったです。現代ではくみ取り式のトイレの汚物を処分してもらうためには利用者がお金を払わないといけないですが、この時代は逆に、回収側がお金を払って汚物を回収させていただくんですよね。

実は企画書の最後に、ポルトガルの宣教師の言葉も入れたんです。海外では汲み取ってもらうけど、日本ではお金を払って引き取らせてもらうというような、そういう記述が残っていたので。

それがサーキュラーのシステムなんですけど、それは現代の人にとっては不思議でもあり、面白い感覚じゃないかなと思いますね。

たくさん頭を下げた

――今回は美術監督としての仕事と、企画・プロデュースを担当されたわけですが、仕事の内容としてはかなり違っていたのではないでしょうか?

プロデューサーは昔に何回かやったことがあるんですけど、今回はまったくといっていいくらい違いますね。これは例えになっているのかわからないんですが、僕は人に頭を下げるのが嫌いで。

だから今までも、そうならないように一生懸命頑張ってきたんですが、プロデューサーって基本的に頭を下げてばかりなんで。こんなに頭を下げなくちゃいけないのかと思いましたね(笑)。


映画からアニメ、絵本へと広がった今回のプロジェクトを手がける原田満生プロデューサー(写真:筆者撮影)

――プロデューサーとしてのお仕事とはどのようなものだったのでしょうか?

プロデューサーというと3種類あると思うんですよ。最初に企画立案を担当するプロデューサー、それと撮影現場の進行をメインに考えるプロデューサー、そして映画ができあがったあとの宣伝や配給を担当するプロデューサーと。

だからいろんなプロデューサーの仕事があると思うんですけど、最初は最後を見据えて企画を考えなくちゃいけないし、もちろん撮影期間中は予算のことも考えないといけない。

すごく大変な仕事なんで、本当に嫌になって、撮影中、ご飯を食べながら(佐藤)浩市さんにちょっと愚痴ったんです。そしたら「今は大変だけど、やり終わったらまたやりたくなるから」と言われたんですけど。本当に大変な仕事ですよね、プロデューサーって。

美術のときは具体的に作るものがあるから。そのことを考えればいいんだけど、プロデューサーはもう少し視野が広い。それとひとりひとりのクリエイターを、精神的な面で、やる気も含めて、マックス状態に持っていかなくちゃいけない。それは本当に大変だなと思いました。

――そこが先ほどの、プロデューサーは頭を下げるにつながってくるわけですか?

そりゃ下げますよね。お金はないんだけど、でもすごい人たちと一緒にやりたいと思ったら、そりゃ頭を下げるしかない(笑)。1個1個のこと、すべてに頭を下げてましたからね。「ふざけんな」とか「これやれよ」とかいうプロデューサーはいないですもんね。本当に大変な仕事です。

――佐藤浩市さんが言っていた通り、「またやりたいな」という思いは湧いてきているんですか?

まだこれが終わってないからあれなんですけど、いち映画というよりプロジェクトとして考えたら、やっぱり次も作って、伝えていかなくちゃいけないことなんで。いい悪いは置いておいても、また何か伝えるためにやるんだろうなと思います。

ただどちらにしても次のことを考えるのは皆さんに映画を観てもらって、評価をしてもらってからですし、浩市さんにも先のことは言うつもりはありません(笑)。

海外での理解は早かった

――本作はロッテルダム国際映画祭でも上映されたそうですが、海外の方の反応は?

海外の人は、そういう問題に対して、小さい頃から親や学校でも教えられてるので、ある程度知識はあったみたいで。皆さん観た瞬間に、サーキュラーエコノミーの話だよねと理解してくれた。

その中に希望とか愛とかが描かれていて、素晴らしい構成の仕方だと。それを普通のお客さんが言ってたので。やっぱり全然違うんだなと。そこまでちゃんと見て感じてくれたので、反応は良かったと思っています。

――YOIHI PROJECTを始めるにあたり、仕事観の変化があったそうですね。

さっきの頭を下げるじゃないですけど、かつては映画業界での自分の立場、地位を築きたいという思いがあったと思います。若いってそういうことだと思うんで。だから必死だったし、それがイコール自分のために働くことだった。自分のために美術デザインをずっとやってきたんですけど、それがある程度のところまで来た時に大病をわずらったんです。

そしてちょうどその頃、コロナで世の中が止まってしまい、映画を作れなくなった。そういう価値観の転換期だったんですよ。世間の常識が崩れたということと、自分の大病というタイミングもあって、これからはちょっと考えを変えようかなと。

ある程度は今まで積み上げてきたものがあるので、そうしたネットワークを使って何かできるんじゃないかなと思いました。

ダメ元で黒木華にオファー

――もともと本作は、(劇中に登場する)第7章の部分がパイロット版的に先にあり、後に他の章を撮り足して長編化されたと聞きました。

そうです。ただ僕の勝手な思いでやっているものなんで。要は自腹、自主映画です。その時はどうやって公開するのか、出口を何も考えてなくて、配信で自由にやれたらと思ったわけです。ただ普通は、そんな出口が決まっていないような短編に出てくれる役者さんというのはいないですよね。事務所的にも絶対に駄目だと言うでしょうし。

でもどうせ作るならと思ったときに、自分の中で黒木華さんしかいないと思って。だったらダメ元でオファーしてみようということになったわけです。


映画『せかいのおきく』第7章の雪のシーンは、パイロット版的な短編として先行して制作された ©2023 FANTASIA

――そこらへんはスムーズにいったのですか?

まずは事務所の社長と、YOIHI PROJECTについて、それからなぜこれを今作るのか、という話をして。そうしたら、これはこれから絶対大事なことだよねという話になって。それで出てもらえることになったわけです。

――それを長編に、という思いは最初から?

いえ。長編を作るだけのお金はもうなかったから無理だろうなと思っていました。だから最初は小さなテレビモニターで編集をしていたんですけど、一度、五反田のIMAGICA試写室の大きなスクリーンで観てみたいと思って。15分の作品だからということで、自分でお金を出して、初めてスクリーンで観たんですよ。

雪が降っているシーンだったんですけど、終わってから阪本監督に「これ、すごく良くないですか?」と話しかけたら、「泣きそうになってるわ」みたいな返事があって。それで監督に、これは長編で撮って、スクリーンでかけたほうがいい。お金はなんとかするんで、とりあえず撮りましょうと言って。そこから大変な、頭を下げる日々が始まってしまったということです(笑)。


4月5日に行われた本作の完成披露試写会にて(写真:筆者撮影)

――本作は東京テアトル、U-NEXT、リトルモアの共同配給となっています。こちらの製作委員会ということになったのでしょうか?

実は今回、製作委員会システムを作ってなくて、逆に配給宣伝委員会っていうものを作ったんです。いわゆる製作委員会というのはビジネスのためのシステムなんで、そこに企業が入ると、YOIHI PROJECTの映画ではなくなってしまう。

やはり責任はYOIHI PROJECTが背負いたいんで。でも配給・宣伝のパートで製作委員会のようなシステムを作るので、そこで力を貸してもらいたいと。おそらくそういうことは前例にないと思うんですけど。

世代を超えて伝えたい

――本作のスピンオフとなるアニメーション「うんたろう たびものがたり」(U-NEXTにて配信中)は、旅をする"うんち"を通して循環社会を学べる物語となっています。しかも「SPY×FAMILY」の種崎敦美さん、「ONE PIECE」の山口勝平さんといった豪華声優陣が参加しているわけですが、これはどういった経緯で生まれたのですか?


U-NEXTで配信中のアニメ版には、種粼敦美、山口勝平、大森日雅、落合福嗣、小林ゆう、など豪華声優陣が参加 ©2023 FANTASIA

絵本「うんたろう たびものがたり」はもう1年以上前から企画していたんですけど、『せかいのおきく』を観ない世代にも伝えたいということで。どうしても絵本は作りたかった。絵本には世代を超えて伝えられる、面白い可能性もありますから。

そして絵本の発売に合わせてアニメも作ることになりました。そして映画もあるわけですが、その3つのジャンルにすべて共通しているのが"うんち"ということにしたいなと思ったんです。

――アニメの「うんたろう」のナレーションが黒木華さんというのも、映画とアニメとの世界観のつながりがあったようにも思います。

そうですね、そこはぜひ、それも難しいとは思いつつお願いしました。絵本にも映画に出演する3人(黒木華、寛一郎、池松壮亮)からコメントをいただきましたし、つながっていますね。

(壬生 智裕 : 映画ライター)