読み書きや手の器用さなど、人間の能力が他の動物と一線を画している面は多数ありますが、その中でも「本を読む能力」は特に異質なもので、その根底にある神経メカニズムはほとんど判明していません。読み書きのシステムが開発されてから数千年以内に、どのようにして脳が読書に特化した領域を進化させたのか、マサチューセッツ工科大学(MIT)の神経学者が研究結果を示しています。

The inferior temporal cortex is a potential cortical precursor of orthographic processing in untrained monkeys | Nature Communications

https://www.nature.com/articles/s41467-020-17714-3



Key brain region was 'recycled' as humans

developed the ability to read

https://medicalxpress.com/news/2020-08-key-brain-region-recycled-humans.html



識字能力のある大人は、様々なフォントやサイズ、手書きの崩れた文字であっても、効率的に読み取ることができる「正書法処理」という視覚認識能力があります。これが読書能力を生み出すものですが、この能力をつかさどるとされる脳の領域について、一部の科学者は「リサイクル仮説」というものを提唱しています。これは、物体認識に特化した視覚系の一部などが、読み取りの重要な要素である正書法処理、すなわち文字や単語を認識する能力のために転用されたと考えるものです。MITの脳および認知科学部門の研究チームが2020年8月に発表した研究では、このリサイクル仮説について支持する証拠が示されました。

学術雑誌のNature Communicationsに掲載された論文の上級著者であるジェームズ・ディカルロ氏は、「この研究は、視覚処理の神経メカニズムについて急速に発展している理解と、重要な霊長類の行動、つまり人間の読書能力との間にある潜在的なつながりを切り開きました」と述べています。



研究では、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)研究という方法により、記述された単語を脳が処理するときに機能する視覚単語形式領域(VWFA)と呼ばれる領域を特定しました。VWFAはごちゃまぜになった文字群から単語を抜き出したり、文字のつながりから単語を認識したりといった能力を発揮しますが、VWFAは物体の識別に関与する視覚野の一部である下側頭皮質(IT皮質)と呼ばれる領域に位置していたそうです。

研究に参加したコレージュ・ド・フランスの実験的認知心理学教授であるスタニスラス・デハーネ氏によると、「人が読み方を学ぶと、IT皮質の一部が記述された単語を認識するために特殊な発達を見せる」ことが、以前から発見されていたとのこと。しかし、個々のニューロンのレベルでどの領域がどれくらい再利用されているかをテストするには、技術的な限界があったそうです。そこで研究者たちは、霊長類の脳には元来テキストを処理する素因があってそれを利用しているだけだとしたら、人間以外の霊長類が文字を見た時の神経活動にも、その素因が反応するパターンを見つけることができるかもしれないと仮説を立てました。

次に研究者たちは、以下の画像のようにオナガザルの一種であるマカクザルの前で文字が書かれた画面を点滅させて表示し、サルの神経活動のパターンを単純なコンピュータモデルに入力しました。論文の筆頭著者であるリシ・ラジャリンガム氏によると、サルは実際に文字列から単語を予測するタスクを実行しているわけではありませんが、モデルが神経データを使用してタスクを行う「代役」として機能するとのこと。結果として、動物の神経活動から取得したモデルは、単語と非単語を区別したり、単語の文字列に特定の文字が存在するかどうか判断するなど、読書に関連する正書法処理のタスクを約70%の精度で完了しました。



結論として、IT皮質は読書に必要なスキルのために転用するのに特に適していることが論文では示されたことで、「読書のメカニズムのいくつかは物体認識メカニズムを再利用することで構築されている」という仮説を支持できると研究者は述べています。

この研究によると、読み書きによって脳に新しい機能が追加されたわけではなく、脳に元から備わっている機能の一部が代替していると考えられるそうです。このことから、意味のない単語と意味のある単語を区別したり、単語から特定の文字を取り出したりといった読書能力に関連したタスクは、読み方を知らないヒト以外の霊長類でさえ可能であることが示唆されました。実際に2012年に学術誌のScienceに掲載された研究では、ヒヒが単語と非単語を区別することを学ぶことができるとフランスの認知心理学者が示しています。

研究者たちはさらに、単語の区別などのタスクが行えるよう動物を訓練したうえで、神経活動がどのように変化するのかを測定する研究を進めています。