「ドクターマーチン」と言えば、伝統的なフットウェアブランドとして世代を超えて根強い人気を誇っています。そんなドクターマーチンですが、歴史的に見ると“究極のプロテストフットウェア”と言われていることをご存じですか?

実はドクターマーチンは約40年以上にもわたり、LGBTQIA+の権利運動の一翼を担ってきたブランドなのです。デモ運動に参加した人々や活動家ら、アンダーグラウンドのミュージシャンらに愛用され、さまざまなシーンをともにした歴史があります。

ブランドとLGBTQ+プライドが歩んだ歴史について、ドクターマーチン・エアウエア ジャパンでPRを務める橋本京子さんに伺いました。

INDEX


【1960〜80年代】反骨精神に根付くルーツがプライドの精神とマッチ
【1990年代】ブーツは“相棒”に。サブカルチャーの象徴に成長
【2000年代】LGBTQ+の権利拡大運動も転換期を迎え、クィア層からの支持が定着!
【2010年代】バックラッシュを受けながらも、抗議を続ける人の足元にはドクターマーチンが
【2020年代】タイムレスに愛されるブランドに。「これからはドクターマーチンが“恩返し”」

【1960〜80年代】反骨精神に根付くルーツがプライドの精神とマッチ

ブランドを代表するファーストモデル「1460(通称:8ホールブーツ)」が誕生したのは、1960年のこと。

同ブーツはイギリスの代表的なロックバンド「ザ・フ―」のギタリストであるピート・タウンゼントが1967年にステージ上でパフォーマンス中に着用したことで一躍話題になりました。階級社会であるイギリスにおいて、労働者の「プライド」の象徴として、支持を集めていきます。

ドクターマーチンが残している写真のアーカイブである「クィアアーカイブ」によると、ドクターマーチンのブーツやシューズが初めてLGBTQIA+コミュニティの足元に登場したのは、今から約40年前、1980年代初頭だそう。

1980年代はイギリス全土にわたって、「同性愛者の権利を求めるデモ」として抗議活動が行われていた頃です。なぜデモ参加者らを中心とした、クィアコミュニティに愛用されるようになったのか。橋本さんはこう答えます。

「歴史の元をたどると、プロテストのシーンで履かれるようになったのは、ブランドの精神 『リベリアス・セルフエクスプレッション(Rebellious Self-Expression)=反抗的な自己表現』と共鳴したパンクアーティストらによって自己表現のアイテムとして支持されたのがきっかけだと思います。ほかにもその精神に共感した多くの人に、アイデンティティーを表現するために取り入れていただきました」

レヴェル・ダイクス (ロンドン・マンチェスターのレズビアンの不法占拠者/アーティスト/活動家)が、ドクターマーチンに革ジャン、坊主頭、バイカーギアを合わせていたことから、ドクターマーチンとクィア・パンク・コミュニティが結びついていきます。

【1990年代】ブーツは“相棒”に。サブカルチャーの象徴に成長

80年代から継続して90年代は、クィア層とパンクカルチャーの強い結びつきが見られます。当時、クィアコミュニティによる強い政治活動とパンクロックが混ざって、「クィアコア」といった社会的・文化的運動が行われていました。

パンク音楽にのせてクィア精神を堂々と表現する姿勢を見せた運動で、それらのショーやステージではドクターマーチンが愛用されていたそう。

「マジョリティに対して反抗する『プライド』の精神は、さまざまなコミュニティに共通してみられます。ブランドの生まれとともに自然と自己表現のアイテムとして育ってきたドクターマーチンは90年代に、アメリカのグランジやファッションシーン、サブカルチャーにも広がっていきました」

並行して、エイズ危機のなかで同性愛者やクィア層に対する世間の風当たりは強まる一方でした。そういった要因も受けて、当時の抗議運動は「回復力」や「反抗心」を背負って行われたそう。そのマインドをドクターマーチンで表現していたと言います。

【2000年代】LGBTQ+の権利拡大運動も転換期を迎え、クィア層からの支持が定着!

LGBTQIA+の権利拡大運動における2000年代は、クィアな人々の存在が可視化されるようになり、認知が広まった大事な時期。プライドパレードや抗議活動が世界中に広がり、欧米以外の主要都市でも動員数が数百万人に増加していきます。また結婚・養子縁組の権利についても、グローバルに広く議論がされるように。

ポップカルチャーでは、新世代のクィアバンドの中でもブランドが支持を獲得。二人とも同性愛者だとオープンにしている双子ユニットのティーガン&サラや、クィアパンクを得意とするバンド「リンプ・リスト」らを筆頭に、ハードウエアとして愛用されています。

【2010年代】バックラッシュを受けながらも、抗議を続ける人の足元にはドクターマーチンが

トルコやロシアなどではLGBTQIA+の認知度の向上に対し、政府の反発(バックラッシュ)も強まりました。それに対しプッシー・ライオット(ロシア・モスクワを拠点とするフェミニスト兼パフォーマンス・アートグループ)などが、独自の方法で抗議を行います。その足元にはやはりドクターマーチンが。

一方イギリス、アメリカ、オーストラリア、ドイツなどの欧米諸国では「結婚の平等」を求める戦いが続きます。参加者たちはプライドの「商業化の進行」や「警察の出動」に疑問を持ち、より草の根的なプライドイベントを開催するように。ドクターマーチンもしばしば写真に登場しました。

そうしてブランドの精神がマイノリティの気持ちを代弁するフットウエアとして支持されてきたドクターマーチン。2018年に初めて、プライドコレクションを発表します。

「ブーツ・シューズを履くことで『リベリアス・セルフエクスプレッション=反抗的な自己表現』をすることを、プライドのコレクションとして打ち出したいという思いがありました。日本での反応もとても理解があり、アイテムを通じてLGBTQIA+サポートをすることの意義を感じています」

【2020年代】タイムレスに愛されるブランドに。「これからはドクターマーチンが“恩返し”」

世界的に「Black Lives Matter」の抗議運動が広がりを見せ、クィア運動の中ではトランスジェンダーの安全や権利保護が広く語られるようになった近年。ドクターマーチンはバックグラウンド問わず、幅広く支持を集めています。

2023年現在、 LGBTQIA+コミュニティのみならず、音楽シーンでは若手のミュージシャンの才能の発掘など、さまざまなコミュニティをサポートするドクターマーチン。橋本さんは歴史を振り返り、こう語ります。

「ドクターマーチンには、色々なコミュニティの人たちに受け入れられ、ブランドとして育ってきた歴史があります。今度はドクターマーチンが、これまで支えてくれたコミュニティのサポートをしていく。ブランドとして、その段階にようやくたどり着いたのだと思います」

ドクターマーチンのプライドコレクションを紹介!

2018年以降、毎年プライドコレクションを手掛けてきたドクターマーチンですが、今年はコラボラインと、定番モデルをアップデートした2パターンを用意。

全部で3回にわたるコラボレーションのうち、 第一弾には日本人のアーティスト、カナイフユキ氏を選んでいます。デザインは白と黒をベースにしたイラストに、赤のラベルでアクセントを加えているのが印象的です。

「シンプルだけれど存在感があって、ドクターマーチンらしさもある。色使いやデザインの調和のとり方に、どこか日本らしさも感じられる点も魅力です。カナイさんは、彼なりの方法で“みんなが共存している世界”を絵で表現しています」

一方インラインのコレクションのシューズは「ドクターマーチンのブランドルーツを反映したデザイン」になっているとのこと。

「一見普通のブラックのブーツに見えるかもしれませんが、実はレインボーカラーの上に黒いトップコートが掛かっているデザインなんです。履いていくうちに傷のつき方や皺の寄り方がその人しか出せないデザインに仕上がっていく。一足一足が異なる、唯一無二のシューズになります」

このシューズはドクターマーチンのプライドに対する考え方である、「LGBTQIA+の人たちそれぞれが違っていて、それぞれに個性がある」ということを表現しているそう。またキッズサイズも展開。

「これから未来を担っていく子どもたちにプライドの歴史を伝え、少しずつ意識が変わっていくことでより良い社会になっていけば」という希望が込めているのだと言います。

2023年東京レインボーパレードにも出展

そんなドクターマーチンは2023年、初めて東京レインボープライドに出展します。当日のブースでは、プライドコレクションの紹介に加えて、来場者がポストイットにメッセージを書き、募金が出来るアクティベーションなどを用意。

当日はカナイフユキさんの在ろうスペースも設けて、プライドの祝福ムードを盛り上げます。

自分で作る歴史とそれを彩るブーツ

歴史を知らずとも、ファッションとして好んでドクターマーチンを履いているという人も多いはず。それに対して橋本さんは、「入り口は何でもいいと思うんです」と言います。

「ファッションアイテムとして買っていただいた方も、シューズと一緒に思い出を作り、自分のシューズに対して何かしらの思いを抱いてくだされば、それは素晴らしいことだと思います」
「ドクターマーチンのブーツの履き方に、“正解”はありません。傷だらけで履いても、ケアしながらきれいに履いていただいてもいいんです。例えば『ライブのモッシュピットで踏まれてできた傷』は、思い出や一緒に過ごした経験の“証”にもなりますし、手入れをしながら育てた時間も積み重なります。いろんな思いや積み重ねを楽しめるのが魅力だと思います」

初めはブランドの理念に共感した人たちが、パンクシーンやプロテストのシーンで身に着けることにより始まった、ドクターマーチンとLGBTQIA+の歴史。

海外での調査では、ドクターマーチンスタッフの約30%(公表しているスタッフに限る)がLGBTQIA+だという結果が出ているとのこと。日本国内でも社内トレーニングのひとつとして、LGBTQIA+についての基礎知識や、接客する上での言葉遣いなどが学べるビデオなどが用意されているのだとか。

現在はブランド自らが人々をサポートする側に回っており、プロテストの場とドクターマーチンは、尚のこと切っても切れない関係性になってきていると言えそうです。

手元にある自分のシューズや、街中であの黄色いステッチを見かけたとき、ブランドの歴史に思いを馳せてみて。