タイのバンコク郊外に、戦前の日本で建造された軍艦が保存されています。バンコクから電車、船、さらに“原付”を乗り継ぎ出会えた軍艦は、ほぼ”そのまま”の姿。世界に2隻しかない貴重な存在です。

タイに現存する日本製の軍艦「メクロン」へ会いに行く

 第二次世界大戦で敗北するまで、日本の造船業界は多数の軍艦を建造しましたが、その多くは戦没または敗戦に伴う武装解除の際に解体されてしまいました。このため2023年3月現在、建造当時の姿のまま保存されている軍艦は、日本では横須賀の記念艦「三笠」だけです。
 
 しかし、実はもう1隻がタイ王国に現存しています。軍艦の名は「メクロン」。首都バンコク郊外のプラジョンジョムクラオ要塞で保存されている同艦を訪ねました。


プラジョンジョムクラオ要塞に静態保存されている「メクロン」(竹内 修撮影)。

電車→渡船→バス…じゃなくて“原付”だった

 バンコク市内からプラジョンジョムクラオ要塞を訪れる際にはタクシーかレンタカーを使用するのが最も簡単なのですが、筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は今回、公共交通機関だけを使用して訪問してみることにしました。

 バンコクの大動脈である高架鉄道「BTS」(Bangkok Mass Transit System)に乗り、2018年12月に開業したパクナム駅で下車、同駅から徒歩数分のサムットプラカーン港へ向かいます。ここから渡し船に乗って10分程度、チャオプラヤ川対岸のサムットチェディ船着き場まで移動します。

 サムットチェディ船着き場の前は日本のローカル線の駅前によく似ています。そこから「ソンテウ」という名称のトラックの荷台を改造したバスに乗ればプラジョンジョムクラオ要塞に到着……のはずなのですが、何台も停まっていたソンテウには行先の表示がありません。周辺にいた運転手さんも英語を話さない方ばかりで途方に暮れていたところ、英語を話せる運転手さんが「要塞に行きたいの?だったらこれに乗るとよい」と教えてくれました。

 しかし運転手さんが示した先には、何の変哲もない原付バイクが停まっていたのでした……。

「はい乗って」 まさかその原付に…?

 この原付バイクは「バイタク」と呼ばれる立派な公共交通機関です。しかしタクシーメーターはなく、料金は出発前に運転手さんと交渉して決める必要があります。

 しかも、バイタクの運転手さんは自前のヘルメットを着用しますが、一見、客用のヘルメットがありません。ノーヘルで運転手さんの胴体につかまって、安全を確保しなければならないのです。

 筆者はオートバイに二人乗りをした経験がありません。高校に入学した1980年代当時、原付バイクは二人乗りこそ禁止されていましたが、その一方でヘルメットの着用義務はなく、同世代の中高生女子が、ポニーテールをなびかせながら彼氏と思しき男性の胴体に密着して原付バイクで走る姿が、当時の筆者の目にはまぶしく映っていました。

 走り出してからの最初の数分間はやや恐怖を感じたのですが、慣れるにしたがって恐怖感は薄れていく一方で、日本人の中年男がタイ人の中年男にしっかりしがみついて原付バイクで走る姿は、あまり絵になるものではないな……と感じてしまいました。


バイタクの上から撮影した「メクロン」(竹内 修撮影)。

 そんな事を考えているうちに、筆者の目に「メクロン」の姿が飛び込んできました。

「メクロン」は1937年6月10日、タイ王国海軍に就役しており、筆者が見学に訪れた2022年12月の時点で、艦齢は85年を超えていました。「メクロン」も「記念艦三笠」と同様、陸上に固定される形で保存されています。このため痛みは少なく、またタイ王国海軍がこまめに手入れしていることもあって、今すぐにでも出港できそうな状態を保っていました。

希代のご長寿艦だった「メクロン」

「メクロン」は1995年まで練習艦として使用されており、兵装や電子装置の一部は外国製品に交換されています。

 艦内のギャラリーには現役時代の「メクロン」の写真が展示されていましたが、説明文はタイ語のみで、説明にあたるタイ王国海軍のスタッフも英語が堪能ではなく、兵装や電子装置がいつ交換されたのか、またどこ国の製品なのかを知ることはできませんでした。

 その点において、「メクロン」はあまり大事にされているとは言い難かったのですが、その一方で艦首部では子供たちが、映画「タイタニック」でレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが演じていた「例のポーズ」に興じていました。

「メクロン」と同じ浦賀船渠で建造された日本海軍の軽巡洋艦「五十鈴」や海上自衛隊の護衛艦「むらさめ」、「メクロン」の姉妹艦である「ターチン」などは既にこの世を去っています。もう二度と海に出ることはないものの。解体されることなく地元の子供たちに親しまれている「メクロン」は、軍艦の余生としては悪くないのかもしれません。

 ちなみにプラジョンジョムクラオ要塞には、タイ王国海軍が経営するシーフードレストランがあります。筆者はこのレストランのお客を載せてきたタクシーを拾ってサムットチェディ船着き場まで帰り着くことができましたが、今度は「メクロン」の下調べをした上で訪問して取材し、タイ王国海軍直営のシーフードレストランの料理を満喫してみたいと思っています。