侍ジャパンは世界的スーパースターの大谷翔平選手を軸に「強い日本」を世界に見せつけています(写真:CTK-Photo/アフロ)

3月16日夜に放送されたWBC(第5回ワールド・ベースボール・クラシック)準々決勝「日本×イタリア」(テレビ朝日系)の視聴率が個人31.2%・世帯48.0%を記録しました。

初優勝を決めた2006年大会の決勝戦「日本×キューバ」を超えるWBCの歴代1位であり、今年放送された番組の中でも1位。それどころか、昨年度1位のサッカーワールドカップ・カタール大会「日本×コスタリカ」(テレビ朝日系)の個人30.6%・世帯42.9%も大幅に上回る結果でした。この試合が休日の日曜で、「日本×イタリア」が平日の木曜だったことも、その数字がWBCと侍ジャパンの凄まじい盛り上がりを物語っています。

ここでは専門のスポーツライターではなく、いちコラムニストの目線から、なぜここまで盛り上がっているのか。プレー以外のところから5つの理由を挙げ、「現象としてのWBCと侍ジャパン」を掘り下げていきます。

「優勝候補筆頭」を応援できる喜び

もともと日本では「わが町のチーム」を最優先させる欧米とは異なり、「国の代表チーム」の人気が高いという傾向がありました。高視聴率が期待できることから各局がサッカーとバレーボールを中心に日本代表戦を放送し、近年はラグビーやバスケットボールなどにも広がりを見せています。

また、各競技が集うオリンピックの中でも、「最も関心が高いのは球技の団体戦」というのが業界のセオリー。陸上競技や水泳のリレー、体操、柔道、卓球、フェンシング、スキージャンプなどでも、「個人戦より団体戦のほうが視聴率を獲得できる」という見方があるくらいです。これは「和」や「絆」を重んじる国民性や、「小柄な日本人チームが屈強な外国人チームを凌駕する様子を見たい」という感覚によるところが大きいのでしょう。

その意味で、ここまでの盛り上がりを生んだ1つ目の理由に挙げておきたいのは、「競技を問わずこんなに強い日本代表チームを見たことがない」こと。事実、大会前からメディアが「歴代最強チーム」というフレーズを連呼し、世間の人々もそれを強く意識していました。

日ごろそれほど野球を見ない人ですら、単に「大谷翔平選手やダルビッシュ有選手が凄い」ではなく、「チームとして強いのではないか」「北中米の国々が強くても勝てるかもしれない」というムードが確かにあったのです。

これまで夏季オリンピックの柔道や女子レスリングでは、「最初から優勝を本気で期待して見る」というケースが少なくない一方、球技の団体戦ではそれがありませんでした。何かにたとえるとしたら、サッカーワールドカップにおけるブラジル、アルゼンチン、フランス、ドイツ、スペインなどの国民感覚に近いのかもしれません。

大会前から各国のメディアが日本をドミニカ、アメリカと並ぶ優勝候補に挙げていました。さらに、1次ラウンドに続いて準々決勝も圧勝したことで、現在は各国メディアが優勝候補の筆頭に浮上。今回のWBCは多くの日本人が「優勝候補筆頭」という自負を持って、「最初から優勝するつもりで本気の応援ができる」というレアケースなのです。

外国人選手や記者の日本に対するリスペクトは、国民性や食文化などにも広がっていますが、それも侍ジャパンの強さがベースにあってこそ。今回のWBCで「日本には誇れるものがたくさんある」ことを再確認した人は少なくないでしょう。

選手たちのキャラクターが面白い

「こんなに○○な日本代表チームを見たことがない」は、もう1つあり、それが間違いなく現在の盛り上がりにつながっています。

2つ目の理由は、「こんなに個性あふれる愛すべきキャラクターがそろった日本代表を見たことがない」こと。もちろんベーブ・ルース以来の記録を次々に塗り替える“世紀”のワールドスーパースター・大谷翔平選手が凄いのは確かですが、決してワンマンチームではないことがさらなる応援をうながしています。

チーム最年長の36歳になってかつてのやんちゃなイメージが消え、自らの経験や技術を惜しげもなく伝えるダルビッシュ有選手。「日本人より日本人らしい」と言われる謙虚さがありながらも、闘志むき出しのヌートバー選手。小柄ながら並外れたパワーでダンベル型の応援グッズがある「マッチョマン」こと吉田正尚選手。豪快なスイングが売りの大砲なのに、おっとりとしたイジられキャラで、ヒーローインタビューでも「最高です!」しか言わない岡本和真選手。異次元の出塁率から「出塁率お化け」と言われ、ルートバー選手と大谷選手の間をつなぐ近藤健介選手。

それ以外でも、底抜けに明るい性格で盛り上げ、沖縄出身から「アグー」と呼ばれ、侍ジャパンの「宴会部長」を務める山川穂高選手など、控えにまわった選手にも愛すべきキャラクターが少なくありません。山川選手のような各チームの王様と言える選手たちが国のために普段とは異なる姿を見せ、感動を誘っています。

まだ20歳であどけなさが残る選手がいれば、負傷を押して出場する選手、高校球児のころのひたむきな姿がオーバーラップする選手、アメリカから来た鮮度抜群のニュースターなどもいる。野球の実力だけでなく、そのキャラクターに魅了される要素があるだけに、SNS投稿やメディア報道が増えるのは必然。

個性あふれる愛すべきキャラクターが力を合わせて戦う様子は、『キン肉マン』『ドラゴンボール』から『SLAM DUNK』『ONE PIECE』『鬼滅の刃』などに続く『週刊少年ジャンプ』に近い世界観を感じさせます。

選手自らのSNSでエンタメ度アップ

その個性あふれる愛すべき選手たちが「自らSNS発信を行っている」ことが3つ目の理由。実際、準々決勝の試合後、大谷選手がインスタグラムに、アメリカ・マイアミへ向かうチャーター機の前で撮った写真をアップすると、すぐに大きな反響を集めました。

4番を務めた吉田正尚選手もインスタグラムにイタリア戦のホームランシーンをアップ。さらにマイアミへ向かう機内の様子もアップし、ファンに「See you again(また会いましょう)」というメッセージを送るなどコミュニケーションを取り続けています。

これまでも、不振に悩んでいた村上宗隆選手が負傷で辞退した鈴木誠也選手から届いた愛あるイジリ動画をアップしたり、選手たちが開いた食事会の様子が何度もアップされたりなど、良好な関係を物語るエピソードが次々に投稿され、人々の共感や応援を誘っていました。

大谷選手のインスタグラムはフォロワーが倍増して現在は350万人を突破。「メジャーリーグでアメリカン・リーグMVPを獲るより、史上初の規定投球回と規定打席を達成するより、WBCで活躍するほうがフォロワーは増えやすい」ということかもしれません。

ちなみに岡本選手は13日にインスタグラムを開設したばかりですが、すでにフォロワーは20万人を突破。やはり選手たちのSNS投稿が関心を誘うほか、親近感を与えるなど、試合中以外の時間もファンにエンターテインメントを提供しているのではないでしょうか。

“私”を捨てられる「理想の上司」

次に4つ目の理由は、栗山英樹監督の支持率が試合を重ねるたびに高まっていること。これまでは大谷選手やダルビッシュ選手ら強烈な個の力を持つスター選手がフィーチャーされてばかりで、栗山監督に注目が集まることはほとんどありませんでした。

それどころか、栗山監督がファイターズを3年連続Bクラスに低迷させて退任し、その約1カ月後に侍ジャパン監督に就任したことを知っているNPBのファンたちからは、力量を不安視する声があがり続けていたくらいです。

しかし、WBCがスタートし、試合前後や勝利監督インタビューなどで語る機会が増えると、栗山監督を支持する声が次々にあがりはじめました。主に支持を集めているのは、常に選手を守り、ファンに感謝するという姿勢を貫いていること。活躍したら手放しで称え、不振にあえいでも調整の難しさや緊張感を伝えるなど、フォローの言葉を欠かさず、スタジアムに来られない人のことまで気づかうコメントも目立ちます。

また、準々決勝後の勝利監督インタビューでは、エンゼルスのチームメイトと写真を撮る大谷選手にカメラマンが集まり、観客が盛り上がると、「ちょっと待とうか」と自ら話を中断して終わるのを待つ気配りを見せました。


栗山英樹監督のリーダーシップも大きな要因です(写真:CTK-Photo/アフロ)

その後の会見でも、選手への「感謝しています」とファンへの「感謝しています」を連呼したほか、ダルビッシュ選手に対する思いを吐露。「『ダルビッシュ・ジャパン』と言ってもいいくらい彼がやってくれたことっていうのは、本当に自分のことはさておいてチームためだったり、野球のためだったり、将来のためだったりということは、いつかきちんとみなさんにお伝えしようと思うくらい感謝しています」と称賛の言葉を贈っていました。

大谷選手が「『初めて高校生のときに会ってから(代表の現在まで)印象としてはまったく変わっていないな』というか、プロ野球の監督っぽくないような雰囲気を持っている方だと思います。人間的にも含めていろいろ勉強させてもらいました」と語っていたように、これほど“私”を捨てて、選手ファーストで裏方にまわれる監督はなかなかいないのでしょう。

さらに「負けたら終わり」の決勝ラウンドに入ってからは、これまで通り穏やかながらも、強烈な勝ちへの執念も見せはじめるようになりました。選手たちを「翔平」「ダル」「たっちゃん」「ムネ」「正尚」「和真」「源ちゃん」などと親しみを込めてコミュニケーションを取っていることも含め、多くの日本人が「理想の上司」というイメージを抱きはじめたのではないでしょうか。

「コロナ禍」の終わりを告げるWBC

WBCと侍ジャパンがここまで盛り上がっている5つ目の理由は、2023年春という開催時期のタイミング。

13日に新型コロナウイルスの感染予防として続けられてきたマスク着用のルールが「個人の判断」となり、各所のアクリル板が撤去されるなど、この春は“コロナ禍”の暗いムードが一気に薄れています。

スポーツ界でもNPBやJリーグなどの声出し応援が再開したばかりであり、ようやくファンたちが思う存分応援できるようになりました。試合前後にファンが集まって盛り上がれることも含め、スポーツフリークたちはWBC以前から高揚感を得ていたのです。

もちろんスポーツフリーク以外の人々も、自由に声を出して楽しめないシーンが多かったでしょうから、国民一体となって盛り上がれるWBCは、「コロナ禍の終わり」を告げるスイッチのような存在なのかもしれません。

それは選手たちも同様であり、栗山監督は準々決勝の試合後に、「いかにみなさんの声援や思いが大きなものかっていうのは、あらためてわかりました」と語っていました。日本人にとってWBCというイベントのイメージは限りなく上がり、今後の大会も国民的イベントとみなされることは間違いなさそうです。

そして高揚感という意味でもう1つ挙げておきたいのは、3月という開催時期。

「春」はビッグイベントの空白期間

WBCは以前からNPBもメジャーリーグもシーズン直前という開催時期を「トップパフォーマンスが望みづらい」「ケガのリスクが高い」などの理由から問題視する声が目立っていました。ただ、それらの理由に納得こそできるものの、見る人々の“盛り上がり”という点に関しては、「逆にベストではないか」と感じるのです。

スポーツの2大ビッグイベントであるサッカーワールドカップの開催は6〜7月で、例外だった昨年のカタール大会も11〜12月。さらに夏季オリンピックは7〜8月、冬季オリンピックは2月に開催されます。つまり、3月はスポーツのビッグイベントにおける空白期間の1つ。日本で言えば、約3カ月続いた冬の寒さが消え、高揚感を得やすい春という季節も、WBCに対するポジティブなムードにつながっているように思えてならないのです。

WBCの日本ラウンド開催中にあたる14日に東京の桜が開花しました。まるで日本チームの躍進に合わせたかのようなめぐり合わせを感じさせられます。開花時期の短い桜と短期決戦のWBCは「集中的に盛り上がれる」という共通点がありますし、だからこそ「乗り遅れないように」と人々の熱が高まり続けているのではないでしょうか。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)