中小企業では、「賞与や給与がアップしたのに若手が辞めてしまった」というケースが少なくないようです(写真:mits / PIXTA)

ボーナスを増額したのに、若手社員がなぜか辞めてしまった。そんな悩みを抱えている中小企業もあるようです。いったいなぜ若手社員は辞めてしまったのでしょうか。『改訂新版 小さな会社の人を育てる人事評価制度のつくり方』の著書がある日本人事経営研究室 代表取締役の山元浩二氏が解説します。

「久しぶりに納得できる額の賞与が出せた。社員も喜んでいるだろう」

渋谷社長(仮名)は、ひと仕事終えたような安堵感に包まれていました。渋谷社長が率いるA社のメイン業務は、オフィス機器や家具の販売。新型コロナウイルスの感染が拡大し、思うような活動ができず、前年は利益も前々年比約20%減となっていました。

しかし2022年になって経済活動が正常化に向けて進んだことで、業績もコロナ前に近い水準まで回復。2022年冬の賞与原資は前年比120%に増え、50人いる社員たちにも、前年より10〜30%アップした額を支給することができました。

ところが賞与支給の翌週。若手社員のリーダー的な立場の清水さん(仮名)が険しい顔でやって来て、こう言ったのです。

「3人の社員が辞めたいと言ってきました。ほかにも退職を考えている社員がいるようです」

聞けば3人とも20〜30代の若手で、営業、事務の社員で部署も入社年数もバラバラとのこと。何が不満なのかもわかりません。さらに社長を驚かせたのは、次の言葉でした。

「共通しているのは、賞与の金額を見て決断したと言っていることなんです」

「賞与が増えても辞める?じゃあ、どうすればよかったんだ……」

社長は力なくつぶやきました。

ボーナス支給後は退職者が出やすいが…

その後、A社の3人は社長の慰留の甲斐なく退社してしまいました。景気に関係なく賞与支給後は、退職者が出やすい時期です。転職経験者なら、退職日時を決めるうえで支給時期を意識した経験があるでしょう。

しかし、今回のケースはもともと、退職を考えていたケースであり、社員たちは「支給額を見てから判断」しています。

実は中小企業では、このように「賞与や給与がアップしたのに若手が辞めてしまった」というケースが少なくないのです。

こうした場合、理由は次の2つであることが多いです。A社に辞表を出した3人も同じでした。

(1)評価者であるリーダーの評価に納得できない
(2)同期や同じ部署の社員と金額に違いがあったことに対する不満

この2つは理由が違うようで、根本は同じことにお気づきでしょうか。結局のところ、「評価内容に納得できない」ということなのです。では、渋谷社長はどうすればよかったのでしょうか。

社内でこのような不満が出る場合、人事評価制度の運用方法に問題があることがほとんどです。

まず、評価者が育っていない状態で運用してしまうケースが挙げられます。中小企業では評価を行うリーダー自身もほぼプレイングマネジャーです。個人の売上目標、チームの売上達成など、多くの目標や役割を抱えており、評価が二の次になってしまうことがあります。

評価者に「評価制度は給与やボーナスを決めるためのプロセスではなく、人材育成という重要な役割がある」と理解してもらうところから始める必要があります。

そのうえで部下が納得できるだけでなく、やる気を引き出せるような評価ができるように教育を行わなければいけません。

これを「トライアル評価」として、私のクライアントには評価者に対して少なくとも3回は実施しています。平均は6〜7回です。

私はこのように評価者が育つまでは、給与やボーナスは「鉛筆をなめなめ社長が決める」のほうが、むしろ社員の納得感をえられると考えています。

退職したのは「リモート組」が多かった

このように人事評価制度があるものの、運用がうまくされていないために退職者が出ることは以前からありました。

そして、コロナ禍になって増えたのが、出社していた社員とリモートワークの社員とで評価に差がつき、リモートワークの社員が退職を決断するというケースです。まさにA社の3人もこのパターンでした。

みんなが同じオフィス内で仕事をしていたコロナ前と評価基準が変わらないままでは、リモートワーク組を適正に評価できなくて当然です。社員が「会社の方針でリモートワークだったのに」と不満を感じるのは当然でしょう。

もし、A社の評価基準が定期的に改定されていれば、このような事態は防げたかもしれません。実際、私が支援を行っているクライアントは、半年ごとに評価内容を見直しています。評価制度は作って終わりではないのです。

そして、上司が社員に評価のフィードバックを行い、共有することも非常に重要となります。そのために私は「育成面談」を実施することを勧めています。

面談では、評価基準や内容をしっかり理解してもらい、自身の現状、今後の目標、目標達成のために取り組むべきことやプロセスをともに確認します。

さらに面談で決めた目標や取り組みについて、定期的に進捗状況を確認していくことができれば、社員が出社勤務でもリモートワークでも評価に差がつくことはなくなるはずです。

ハイブリッド型勤務で、不満を持つ社員

ここまで読んで「年に3回程度の昇給、賞与のために、そんなに時間を割いていられない」と思った経営者もいるかもしれません。

それは人事評価制度が、社員を評価し、給与やボーナス額を決めるためのものだと考えているからでしょう。

前述した「トライアル評価」の仕組みでリーダーが育ち、さらに「育成面談」で社員が育っていく。それによって会社を成長させるのが、人事評価制度の真の目的です。

そういう意識で取り組めば、社員とのコミュニケーションを図り、継続していくことの重要性も理解できるはずです。

昨今、中小企業では優秀な若手が転職してしまうケースが増えています。背景には中小企業と大手企業の給与の格差や、人手不足により採用活動が活発になっていることがあります。特にコロナ禍も4年目になり、経済活動が回復傾向にある今、そのリスクは以前より大きくなっているといえるでしょう。

完全にコロナ前に戻るのはまだ先だと考えられますが、すでに出社とリモートワークをうまく組み合わせたハイブリッド型勤務が定着している会社も多いのが現状です。

しかし、いまだにリモートワークは一時的な対応と考えて、従来の人事評価制度のまま評価を行っていると、リモートワークの比重が大きい社員が不満を持つケースが増える一方です。

金額を上げただけではダメ


この冬、2割を超える企業が、賞与支給額を前年より増加しました。

私のクライアントの中小企業も約8割が、前年より支給額を3〜28%増加させています。

物価上昇に賃金の伸びが追いついていないと言われる中、人材確保のために賃上げを急ぐ会社も多いでしょう。

しかし、金額を上げただけでは、評価への不満は解消されません。まずは人事評価制度の運用を見直すことから始めてみてください。

(山元 浩二 : 日本人事経営研究室 代表取締役)