新大阪駅前では数十台のタクシーが列をなしていた(筆者撮影)

「観光客の数は今がちょうどいい。これ以上増えすぎても対応できないし、少なくとも困る。バランス的には今がベストに近いんじゃないかな」

新宿西口で乗ったタクシーのドライバーは、インバウンド客の増加を受けて心中を明かした。

タクシー業界は、深刻なドライバー不足の影響をうけ、利用したくてもつかまらない慢性的な供給不足が生じていることは以前の記事、「東京で深刻『タクシー、全然捕まらない』問題の原因」にも書いたとおりだ。一方、昨年10月の水際対策緩和により、街には外国人観光客の姿が戻りつつある。業界にはどのような影響があるのか、その実態に迫った。

中国人客はほとんどいないが…

1月中旬、新大阪駅2階のタクシー乗り場には実に40台以上のタクシーが列をなしていた。駅のつけ待ちが減少している今、東京から訪れた筆者は小さくない驚きを持ってその光景を眺めていた。それでもタクシーを利用する乗客は多く、車両の列はスムーズに流れていく。タクシーに乗り込むと、この場所で営業をすることが多いという前川さん(仮名・50代)は語り始めた。

「去年の12月くらいからかな、ずいぶん外国の方の利用が増えましたね。肌感覚的には、ターミナルだと3〜4割程度が外国人の方。彼らは梅田やなんば、天王寺や新今宮辺りのホテルまで直通というパターンが多い。それでも、中国や香港、台湾の人を乗せることはほんとに減りました。今は韓国、タイ、ベトナム、インドネシアといった順番でしょうか」

前川さんによれば、コロナ前は空港やホテル、なんば、新大阪などからの利用者も中国系の乗客が圧倒的に多かった。だが、それはもはや過去のことだという。

「ドン・キホーテや家電量販店から、抱えきれないくらいの荷物を持つ中国の人をホテルまで送り届けていたのがコロナ前。いわゆる“爆買い”ですが、それはめっきりなくなった。その代わり、タイやベトナムの方が『日本での買い物は安い安い!』と言って、買い物袋を両手に抱えタクシーを利用していくのが現在です。

こんな言い方をすれば失礼かもしれませんが、私たちの年代からすれば、東南アジア圏の人が「日本の物価は安い」と感じるのは考えられない事象です。日本経済は本当に大丈夫か、と同僚たちとも最近はそんな話になりますね。時代といえばそれまでなんでしょうが……」

大阪市内で複数のタクシー会社、観光バス事業を手がける「日本城タクシー」の坂本篤紀代表(58)は、観光客の戻りを複雑な胸中で見ている。

「完全にコロナ前まで戻った、とはいえませんが8割程度までは回復しています。大きな違いは、中国人観光客が消えて、タイやベトナム人が主流になったことでしょう。特に多いのがベトナム人観光客です。ウチのハイヤーも、2カ月先までずっとベトナム系の観光の方がチャーターしている状況です。

そもそも乗務員不足で、予約を回すのに一苦労。もしここに中国系の観光客が重なれば、大阪のタクシーはパンクしてしまう。日本人客が乗りたい時に乗れない、というような未来も現実的になっていますね」

タクシー会社の視点でいうなら外国人増による乗車率の向上や予約が大半という状況は、経営的にはありがたいはずだ。だが、そんな状況が“歓迎”か、というと必ずしもそうではないという。坂本代表が続ける。

「遅かれ早かれ中国人観光客は戻ってきます。そうなった場合、大阪のタクシー業界としてはもはや対応は難しいでしょう。つまり、観光客がこれ以上増えても、ニーズは取り込めないということです。今は1台あたりの売り上げは伸びていますが、それは需要に対して供給が追いついていないという事情から。実は売り上げは落ちているんです。

業界では、今の状況に安堵している経営者もいますが、稼働台数が減っているという事実から目を背けてはいけません。全国的にタクシーの人手不足を解消する、という動きはありますが、ドライバーになる人を増やす、ということは正直難しい。もはや、何とか人数を保ちつつビジネスモデルを工夫し、今の規模感でいかに利益を出すか、という段階に来ていると思いますね」

値上げでも乗り控えは起きず

東京都内に目を向けても状況は大きく変わらない。東京では去年11月に実に15年ぶりに運賃改定が行われている。初乗り料金は420円から500円となり、14%の値上げ幅となった。にもかかわらず、都内の複数タクシー会社によれば乗り控えは起きておらず、1台あたりの収益は伸び続けている。


新宿西口にて。都内ではUber経由の依頼が増えている(筆者撮影)

その一因には、観光客増加の影響もある。75名の外国籍ドライバーが在籍するなど、観光事業にいち早く注力してきたのが日の丸交通だ。観光タクシー部門では、既にGW頃までの予約が埋まってきているほど好調だという。もちろんこれは、去年までには見られなかった状況でもある。同社の広報担当者は、現在の外国人客のタクシー利用状況をこう明かす。

「外国人利用者の方も、アプリでの配車が占める割合が増えています。コロナ前と同等まではいきませんが、近い水準まで戻ってきている。特にUberでの配車依頼が増えており、利用者の数も非常に多い。

Uberアプリ流入のうち、実に7割が外国人の方です。多い乗務員さんだと、約半数がアプリ利用客ということもあり、外国人の乗車割合がかなり多くなります。場所も主要駅やターミナルとなるエリアだけではなく、どこからでも依頼が入ってくるイメージです。

ただUberはアプリ操作が少しむずかしいこともあり、導入を嫌う高齢の乗務員の方も多かったんです。それでもニーズの高さは明らかで、会社でUberの操作研修を行うなどして、乗務員の方にも利用を推奨するなどの対策をしています」

都内と並び、外国人観光客に人気が高いエリアである横浜。この地でも、昨年までと比べると明らかな変化が見られた。横浜市内を中心に独自の観光プランなどを打ち出す三和交通の広報担当者によれば、やはり観光客増加による影響は顕在化しているという。

「都心部と比べれば少ないかもしれませんが、通常利用での外国人の利用は以前より増えていることは間違いないです。さらに観光タクシーの利用は、既にコロナ前と同じところまで来ています。昨年11月頃よりホテル利用者からのお申し込みが増えており、アプリ配車の数も2019年と比べると倍以上になっていますね」

そんな背景もあってか、1台あたりの売り上げは大幅に伸びた。ただし、地域や業界全体でみると総売り上げは減っているジレンマもある。担当者が続ける。

「稼働台数あたりの1日の売り上げは、実に15%以上も上がっています。都心部に近づくほど、この数字はさらに上がる。それでも稼働台数が減っているため、タクシー業界全体の総売り上げは年々減少していますね」

横浜ではタイ・ベトナム観光客が増加

ベイエリア辺りを散策すると、観光客のタクシー利用の増加は実感できる。大阪や東京といった都市との大きな違いは、コロナ前でも中国人に傾倒しすぎていたわけではないということだ。ドライバーたちに話を聞いても、以前は欧米系や韓国、東南アジアとかなり幅広い国の利用者が目立ったという。しかし、昨年末からは東南アジアからの訪日客の乗車率が目に見えて高くなった。桜木町で拾ったタクシードイラバーの山本さん(仮名・60代)は、こんな分析をした。

「タイとベトナム観光客の経済力に、この辺りのドライバーはみんな助けられているんじゃないかな(笑)。日本人ビジネス客の方なんかを乗せても、ホテル代が高くなりすぎて困っていると嘆かれますが、東南アジアからの宿泊者増の影響を強く感じますよ。実際に高級ホテルから新横浜や羽田空港、という送迎が増えておりかなり助かっています。彼らは中国人観光客の方より乗車マナーもいいので、私たちからすると上客ですよ」

インバウンド客の戻りは、街に少しずつ還元されつつある。その一方タクシー業界では、内的な要因からまだまだ恩恵を享受しきれていない実情も見え隠れした。全国各地では、手探りで適切なバランスを模索していく状況がしばらく続きそうだ。

(栗田 シメイ : ノンフィクションライター)