トヨタは2月13日、新経営体制を発表した。左から新郷和晃執行役員、宮崎洋一副社長、佐藤恒治社長、中嶋裕樹副社長、サイモン・ハンフリーズ執行役員(肩書はいずれも就任後、写真:トヨタグローバルニュースルーム)

2月13日午後に東京都内で行われたトヨタ自動車の新体制記者会見。14年ぶりの社長交代で4月1日にトップに就く佐藤恒治・次期社長を軸とした大胆かつ意欲的な執行役員体制にも驚いたが、それ以上に目を引いたのは、まさに豊田章男・現社長が託した“モビリティーカンパニーへのフルモデルチェンジ”を目指す、その姿勢と方策が明確に示されたことだった。

特筆しておきたいのが、トヨタの取り組む重点事業の3本柱の1つとして「次世代BEVを起点とした事業改革」が掲げられ、レクサスがその変革をリードする存在だと明言されたことだ。筆者としては、まさに「我が意を得たり」というか、思わず「待ってました!」と喝采を送ってしまったのである。

カーボンニュートラル社会の実現に向けて、トヨタはこれまで一貫してマルチパスウェイ、つまり全方位の取り組みを行ってきた。単なるBEVへの転換ではなく内燃エンジン、HEV&PHEV、BEVそしてFCEVなどの多用な選択肢を用意して、ユーザーに選んでもらうという“プラクティカルな電動化”の推進だ。

「次世代のBEV」をレクサスブランドで

それを前提にしつつも今回「BEVは重要な選択肢である」と改めて強調され、そして「機が熟した今、従来とは異なるアプローチでBEVの開発を加速」していくと宣言された。そのためにラインナップの拡充とともに、2026年を目標に電池やプラットフォーム、クルマのつくり方など、すべてをBEV最適で考えた「次世代のBEV」を、レクサスブランドで開発していくという。

これについて佐藤次期社長は「BEV(普及)の進展具合を見ると先進国が顕著で、レクサスの事業領域がカバーしている地域のBEVのニーズが非常に高いと理解している〜中略〜その観点からも、期待の多いレクサスからしっかりBEVの新規事業のあり方を模索していきたい」と言う。まさに、日本を含むレクサス車の主力マーケットの多くのユーザーは待ち望んでいたはずだ。

これまで、カーボンニュートラル化=BEV化という切り口で見て、トヨタは取り組みが甘いという見方があらゆるところから呈されてきた。一方、筆者に言わせれば、世界にいる多種多様なユーザーと向き合うトヨタのモビリティーに対する考え方を知れば、そうした批判は誤りだというほかない。

しかし、ヨーロッパやアメリカのとくにプレミアムカーメーカーの動きを見ていると、彼らはBEV化という大波をうまく使って、クルマ自体の価値観のアップデートに臨んでいるようにも見える。そもそもこの流れの発端であるテスラだってそうだろう。環境コンシャスという土台も重要なのだが、それと同時に圧倒的に静粛性が高く、走りが滑らかで、求められればすさまじい加速を披露するといった、新しい体験、新しい価値の製造装置としてBEVを捉え、ユーザーにうまく訴求してみせたのだ。

電動化にあっても情感に訴えられるか

重量が嵩み、動力性能もすさまじいBEVは、いくらBEVとて必ずしも環境に優しいとは言い切れない。しかしプレミアムカーとは、言ってみればつねにそういう存在だったはず。かつてユーザーは6気筒より8気筒、8気筒より12気筒を求めた。今ではメーカーも、そしてユーザーも、そうした嗜好品としてのクルマの究極にBEVを置くようにマインドが変化してきている。そう見ることができる。

実はレクサスは、かつてそうした流れの先頭にいた。2007年に発売されたレクサスLS600hは、V型8気筒5.0Lエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッド車だったが、車名が示すように狙ったのはライバルの6.0L級V型12気筒に匹敵する動力性能だった。まさにハイブリッドをCO2低減の道具としてだけでなく、嗜好品的なクルマの走る歓びに活用していたのだ。

“プラクティカルな電動化”は、理念として間違いなく正しい。しかしながらプレミアムカーのユーザー層のクルマを選ぶ理由はそれだけではない。電動化時代にあっても変わらず、情感に訴える何かが重要だ。ヨーロッパ、そしてアメリカのプレミアムカーメーカーは、そこをうまく突いている。

そうした環境変化に対するレクサスの対応が、やや遅かったのも事実だろう。ようやく、今春から初のBEV専用開発車となる「RZ」が投入され、キャッチアップしていく段階である。このRZ、試作車に乗った印象ではクルマの完成度は高く、またクルマ好きがソソられる要素も備えている。大いに期待が持てるが、世界の潮流からすれば、商品開発、ラインナップの拡充など、もっと勢いを増していく必要があるのも確かだろう。

我が意を得たりというのは、そういう意味である。世界のライバルの動向に対するブランドの現在地として、若干もどかしいような思いを抱えていただけに、レクサスが次世代BEVを起点とした事業改革をリードしていくという方針がハッキリ示されたことに非常にポジティブな印象を抱いたのだ。

新たにレクサス部門のトップに就く渡辺剛氏の横顔

新体制の発表と同時に、これまで佐藤新社長が就いていたレクサスインターナショナルのプレジデントの職には、現在は同ブランドでLE開発部 部長を務める渡辺剛氏が就くと明らかにされた。LE開発部とは「Lexus Electrified」のこと。先に記したRZ、そして2020年に発売された「UX300e」と、BEV2車種の開発責任者を務めた氏が、まさにこれからのこのブランドを率いていくのに最適な人物であることは間違いない。

付け加えるならば渡辺氏は現在、筆者と同じ50歳。語り口は柔らかく、おしゃれでもあり、その意味でもプレミアムブランドのトップとして申し分ない……というのが筆者の個人的な印象である。

プレミアムカーのユーザー層に響く「電池やプラットフォーム、クルマのつくり方など、すべてをBEV最適で考えた『次世代のBEV』」とはいったいどんなものになるだろうか。ハードウェア面でのBEVに最適なクルマのあり方のナレッジは、すでに集積が進んでいるという。

そのうえで、操る楽しさという要素は間違いなく重要度が増す。実際、レクサスは昨年、BEVにマニュアルトランスミッションを組み合わせた試作車の存在を明らかにしている。また今年の東京オートサロンに出展したAE86型カローラ レビンのBEVコンバージョン仕様。実はその開発はレクサスで、渡辺氏の下で行われていた。これは一例にすぎないが、とにかくこんな具合で既存メーカーにはない発想に期待したいところだ。

また、レクサスはすでに「レクサス エレクトリファイドスポーツ」なるコンセプトカーも披露している。0-100km/h加速2秒台前半、航続距離700km以上、全固体電池の搭載も視野にあるというこの高性能BEVは、スーパースポーツカー「LFA」開発で作りこんだ走りの味を継承する存在とされる。こうしたハイエンドのモデルで技術をアピールした後、普及モデルのラインナップを拡大していくのも1つの手だろう。

レクサスが何を目指すのかが明確に


東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

そして、ここで培われたものが、その先にトヨタブランドにまで展開されることになる。わかりやすく言うならば、アウディが先行開発したものが、将来的にフォルクスワーゲンにも展開されるような図式であり、トヨタ自動車という大きな傘の下に展開されるプレミアムカーブランドであるレクサスのあり方としてふさわしいかたちであることは間違いない。

一昨年、「レクサス エレクトリファイド」と銘打って、2035年の全車種BEV化を目指すと発表して以降は大きなメッセージの発信がなく、レクサスがどんなかたちでそこに至るストーリーを想定しているのかは、正直これまで今ひとつ見えてきていなかった感がある。それが新体制になって非常に明確になり、まさに適任の新プレジデントが据えられることとなった。そんなわけで個人的には今後のレクサス、今まで以上に期待が高まっている次第なのだ。

(島下 泰久 : モータージャーナリスト)