Mr.Children『GIFT for you』、映画が描いたコロナ禍の30周年ツアーと“奇跡の物語”
【写真】ファンとの絆の物語、映画『Mr.Children「GIFT for you」』予告編
2022年にデビュー30周年の節目を迎えたミスチル。同年には全国ドーム&スタジアムツアー『Mr.Children 30th Anniversary Tour 半世紀へのエントランス』が開催され、コロナ禍以降では国内最大規模となる約60万人を動員した。
マスクの着用必須、声を出せない状況下で行われたこのツアーは、ミスチルと彼らを愛する人達の“奇跡の物語”の集結を感じるものだった。本作の制作を決意したのは、ツアー終演後から3ヵ月経った2022年9月、最終公演にあたるヤンマースタジアム長居でのライブ映像を見返している時だったと、稲垣氏が話している。
映画では、ライブ映像の間に「ミスチルの音楽に励まされた」「ミスチルの音楽のおかげで前を向けた」そんなエピソードをファンが惜しみなく語っている。個人的なエピソードが多く盛り込まれたことには賛否両論が生じたが、私は“奇跡の物語”の一つとして腑に落ちる見方ができた。30年間変わらず音楽と向き合うメンバー、ミスチルを愛する人達、それぞれに“奇跡の物語”があるのだと、この映画を通して改めて感じられたのである。
「あなたの人生の中で、Mr.Childrenはどんな音を鳴らしていますか？」
映画の予告編でも流れるこの一言。思い返してみれば、熱狂的なファンとは言い難い私の人生の中でも、彼らはたくさんの音を鳴らしてくれていた。私がミスチルを知ったのは小学2年生の時。そこから人生のさまざまな出来事と共に、ミスチルの存在があった。
「ミスチルの音楽を聴いて辛い時期を乗り越えられた」「人生にミスチルが寄り添ってくれている」映画の中で繰り返されるファンのエピソードに、彼らの音楽を身近に感じてきた私は何の不自然もなく共感できた。ただ、音楽に救われた・音楽が寄り添ってくれた経験は、他アーティストのファンでもよくあることだろう。わざわざ映画の尺をとるべきことなのか、そう感じてしまう気持ちも否定することはできない。
しかし、ミスチルが活躍し続けてくれるおかげでミスチルの音楽と出逢え、この時代に彼らを愛する人達が一つの場所に集結することは、よくあることとは言えないのではないか。
ミスチルは30年もの間、自分たちの音楽を作り出し、提供し続け、第一線で活躍し続けている。近年、ストリーミング配信の普及で気軽に音楽に触れられるようになり、インスタライブやTikTokライブ、SNSを通じたファンとのやり取りなど、アーティストをより身近に感じられるようになった。デジタル化の進む現代では、むしろそれらなしでファンとの強い繋がりを作ることは難しくなってきていると言えるかもしれない。
しかし、ミスチルはSNSを通じてファンと交流することはない。だからこそ、コロナ禍でのツアー開催は待望の報せだった。
彼らのファンには、CDを買う、マスメディアを見るといった世代も多い。ミスチルは音楽に一切妥協せず、マスメディアに取り上げられるだけの活躍をし続けてきた。今ほど配信やSNSが普及しない頃に、しっかりと土台を築き上げてきたのだ。そしてストリーミング配信が普及した今、デジタル時代に生きるファンも決して置いていかない。音楽をベースとした間口が30年でしっかり開かれているからこそ、無理にファンとの絆を保とうとせずとも、音楽で繋がっていられたのだ。
コロナ禍という沈黙の数年を経て実現した30周年ツアーは、映画の題材として取り上げるにふさわしいものであった。彼らの軌跡、活動を支える人達、音楽を受け取るファン、コロナ禍という時勢。どれか一つ欠けても、この映画で見られる各々の表情は生まれなかっただろう。
30周年ツアーの成功は、“奇跡の物語”によって紡ぎ出された結果だ。第一線で活躍し続けてくれるメンバー、ミスチルを愛する人達、それぞれにミスチルとの物語がある。表面には出てくることのないそれぞれの物語の存在を、この映画が改めて教えてくれた。物語の一つであるファンの具体的なエピソードは、この題材を取り扱う上で欠かせないものだったのではないか。
ミスチルはこれからも音楽と向き合っていく。ファンは10年先も、20年先も、彼らの音楽と人生を共にしていく。その中で、新しくミスチルの音楽と出逢う人もいるだろう。10年先、20年先にはまたそれぞれの“奇跡の物語”が積み重なり、新たな章が紡がれるに違いない。
ミスチルと我々はまだ、「半世紀へのエントランス」をくぐり抜けたばかりだ。
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