夫が派遣社員と浮気…「経済力がないと離婚できない」悲しき現実に気づいた、専業主婦の決断
人生のステージが変わるたび、女の友情はカタチを変える。
そしてドラマの舞台も…。夜の港区から、昼の港区に変わるのだ。
20代は深夜の西麻布で、30代は昼の麻布で。女たちは時に嫉妬し、時に優越感に浸る。
これは大人になった女たちが港区で繰り広げる、デイゲーム。
◆これまでのあらすじ
平蔵がリリカとの関係を認め、優子に謝罪する。しかし、サトミはリリカへの制裁が必要だと考えていて…。
今回の騒動で気づいたこと
「この前は行けなくてごめんね。優子は大丈夫だった？」
「それが…」
平日の正午。
息子を連れて恵比寿のカフェに出向いた私は、菜々緒にあの日のことを話した。
平蔵がリリカとの関係を認めたこと。
結婚前夜にふたりは一緒だったこと。
その後もふたりは会うのをやめなかったこと…。
そして、優子が平蔵にビンタを食らわせたことも、報告した。
菜々緒は顔をしかめながら、口を挟むことなく聞いていた。
「妊娠中に浮気って…。一番やっちゃダメなやつじゃん」
「うん。ていうか、産後も続いてるっていうのもあり得ないよね。私は妊娠中より、生まれたあとのほうが大変だったかも」
私は、自分のつらかった産後を思い出した。
【登場人物】7年ぶりに再会した32歳女たち
体の痛みとひどい浮腫み。妊娠前とは程遠い体形。
それだけでもつらいのに、一気に減る女性ホルモンのせいで気持ちは不安定になる。
昼間も夜中も関係なく、3時間おきに授乳をするから常に眠いし、熟睡もできない。
人間は睡眠が足りていないと、気持ちがネガティブになるのだと痛感した。
しかも初めての育児。これで合っているのだろうか？と、四六時中、不安もつきまとう。
そんな大変なときに、愛する妻と我が子を放っておいて、他の女に快楽を求め、さらに時間もお金も労力も使われる…。
私なら一生、許せない。
「はあ。堀井さんも何を考えているんだか。リリカとの関係を終わりにするつもりなら、ズルズルと会わなきゃいいのに」
菜々緒は、頭を抱えた。
「ねえ菜々緒。優子が私と同じように専業主婦だったとしたら…、平蔵さんは浮気したと思う？」
私は菜々緒に聞いてみたが、彼女はイマイチ、ピンときてないようだ。
優子は今は育休中だが、共働きだ。それに比べて私は専業主婦。
うちは夫の稼ぎだけで港区に住み続けていて、それがもしかしたら、夫の一種の征服感を満たしているかもしれないと思ったのだ。
気づかないうちに「俺は、専業主婦の妻を養ってやっている」という気分にさせているのかも、と。
私の夫に限らず、男は頼りにされると嬉しい生き物だと聞いたことがあるが、平蔵の場合はそれが一層強い気がした。
彼はたぶん、女性に頼られたり相談されたりすることで、満たされる人種だ。
私と違って優子は働いているし、考え方もしっかりしていて、妙に落ち着いているところがある。
平蔵と優子の収入が同じくらいだとしたら、平蔵は優子から「頼られている」と感じる場面も少ないだろう。
私が説明すると、菜々緒も納得した。
「あ〜。だから、派遣社員のリリカが可愛く見えたのか」
そうだ。もし、リリカが取引先の人だったり、同僚だったりしたならば手を出していないかもしれない。
今さらそんなことを深掘りしても、仕方ないのだが。
「ねぇ、菜々緒。12時過ぎだし、まだお昼休みの時間だよね？買い物行かない？」
私は、コーヒーを半分飲んだところで、菜々緒に言った。
今日はそのために、出てきたのだ。
「えっ！いいけど。いきなりどうしたの？」
私は戸惑う菜々緒を連れて、アプリでタクシーを呼ぶ。
アルファードの後ろにベビーカーを乗せ、息子を抱っこして乗り込んでから、私は言う。
「優子はきっと、慰謝料をリリカに請求しないよね」
「うん…まぁ、優子が離婚を望んでないなら、なおさらね」
刺激が好きな私と違い、面倒なことを避けたがる性格の優子だ。
子どもがまだ1歳だし、離婚することも考えていないはずだろう。
きっとひとりでは、リリカと会うこともしないはず。
「でも、それだと気が済まないなぁ。リリカに何のおとがめもなしなんて」
菜々緒がため息とともに、本音を吐く。
「そうでしょ。だから今から、めちゃくちゃ可愛い服と靴を買いに行こう」
「ん？なんで？？」
菜々緒がポカンとしている間に、タクシーは表参道に着いた。
私は、ベビーカーに息子を乗せてから言う。
「優子にめちゃくちゃオシャレさせて、リリカを呼び出そうよ。優子のことだから、ひとりだときっと心細いはず。リリカと対峙する機会を作って、私たちが優子の後ろ盾になるの」
「わぉ。それ、本気？サトミのお節介も、ここまでくると清々しいわ」
菜々緒は笑っていたが、その表情は私に賛成していた。
他にも制裁方法をいくつか考えたが、これが今の私たちにとってベストだと思ったのだ。
私は、優子とリリカの品格と知性の差を、わかりやすく表現したかった。
リリカが勤める派遣会社にこの事態をバラしたところで、他の会社に移られたら意味がない。
それに、平蔵の職場での評価に、影響が出ても困る。なぜなら、妻である優子にとって不利益だからだ。
しかし、既婚者と知りながら関係を持つことは、決して許されることではない。
それならば――。リリカと優子が対峙する場を用意してあげることは、私たちにもできるはず。
リリカに、うんと美しく可憐な優子を見せつけるのだ。
「あなたと違って、こちらは余裕があるのよ」と。
もちろんどうするかは、優子が決めることなのだけれど。
私たちはいくつかのショップを回り、優子にぴったり似合いそうな一着を購入した。
淡いピンクのワンピース。エレガントで慎ましい。まさに正妻という雰囲気の服だ。
「冬のボーナスまだ残ってるんだよねっ。私も使っちゃお〜っと！」
「菜々緒はいいなぁ〜」
「いやいや、旦那さんからお小遣いもらってる方が、うらやましいんですけどぉ」
そんな会話を繰り広げながら、私たちは、それぞれが一番美しく見える服も購入した。
「一般論だけどさ…離婚したくてもできないって、経済的な理由が大きいよね。特に子どもがいると色々お金かかるし」
買い物を終えた帰りの車内で、菜々緒がつぶやいた。
「そうだと思う」
これから何を話そうとしているのか、正確には読めなかったが、私は素直に同意した。
夫と別れたいのに、別れられない―――。
そういう女性たちは、我慢して今の生活を続けるか、離婚するかを天秤にかけている。
そして結局、離婚することを諦めているのだろう。
きっと、私も夫が他の女と間違いを起こしても、結果的には許してしまうと思う。
「私、今月で今の会社辞めるんだよね」
菜々緒が唐突に告白した。
でも、そのすぐあとで、「仕事のことで悩んでいる」と言っていたのを私は思い出した。
社長と意見が対立してばかりで、若手の育成も思うようにいかないと言っていた気がする。
「だからこの前、来られなかったのか。『仕事の引き継ぎ』って言ってたもんね」
「そうなの。それでね、新しくWEBデザインの会社を立ち上げるんだけど…」
私は息をのんだ。
菜々緒が瞬きもせず、まっすぐに見つめてくるからだ。
「サトミに役員として、うちの会社に来てほしくて」
― ！！！
想像の斜め上のオファーに、私は言葉を失った。
「サトミの決断力の速さには惚れているし、インスタの投稿もセンスある。あとはYouTubeの編集が上手」
YouTube…菜々緒に言われるまで、その存在を忘れていた。
コスメを紹介したり、息子の離乳食をアップしたりしたものの方向性が定まらず、やめようと思っていたからだ。
「動画の編集、サトミは独学でやってるよね。あれお金取れるレベルだよ」
「うそ…ほんとに？」
そう言われ、私は思わず泣きそうになった。
「私と仕事して、今よりもっと稼げたらよくない？“もしもの時”の選択肢も増えるしさ」
「ちょっと。私、離婚しないよ」
私は笑いながら言ったが、菜々緒が誘ってくれたことが、本当はすごく嬉しかった。
社会とのつながりがほしいと思ってはいるものの、また会社員として就職するのも想像できなかった。
友達と働くのも、それはそれで大変なこともあるだろう。
でも、今そんな心配をするより、自分の気持ちを尊重しようと思った。
「ぜひ。よろしくお願いします」
私が頭を下げると、息子も真似をした。それを見て菜々緒と笑い合う。
「さすがサトミ、判断早すぎ。こちらこそよろしくお願いします」
そのとき、私のスマホが震えた。リリカからだ。
買い物中に、彼女を食事に誘うメッセージを送っていたのだ。
和やかな雰囲気が、一気に緊張感に包まれる。私は、菜々緒と一緒にリリカからの返信を見た。
▶前回：「ねえ構って」結婚して5年経つ今も、妻を頻繁に誘う夫。でもその背景には“あり得ない理由”が
▶1話目はこちら：夜遊び仲間の“悪友”に7年ぶりに再会。環境が変わっても女の友情は成立する？
▶Next：1月21日 土曜更新予定
オシャレをして、リリカと対峙する3人。果たして、どんな結末が待ち受けているのか？
