「お前の彼女、奪ってもいい？」友達からのありえないお願いに、男がOKを出した理由とは
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
2018年のクリスマスイブに希依が突然ふられた理由は、想太の心の病気にあった。しかし想太は、音信不通になった直接の原因は、病気ではなく顕彰にあると言うのだった。
いつの間にか日が暮れ、道沿いに明かりが灯っている。希依の頭の中には、大量の疑問符が浮かんでいた。
「どういうこと？」
想太が突然音信不通になった直接の原因は、顕彰にあるというのだ。希依は首をひねる。
「顕彰が、どう関係しているの？」
電灯の下で足を止めたまま、想太は泣きそうな顔で笑った。
「希依に『無理だ』って言ってしまったあのイブの日から、僕は本当に落ち込んでたんだ。翌日になっても、希依になにも連絡できなくて、もっと落ち込んでた。そのときね、顕彰からLINEが入ったの」
「…なんて？」
顕彰からのLINEが珍しく長文だったので、想太はなんとか力を振り絞ってLINEを開いた。そこには、予想外の言葉が並んでいたのだという──。
『顕彰：希依から聞いたよ。お前、あんなに好きだったのに、なんで希依をふったの？
あいつ泣いてたよ。なんで希依をそんな適当に扱うの？クリスマスイブを忘れるって、なに？』
想太は震える声で、その内容を口にした。まるでいま目の前にあるLINEを読んでいるかのように、はっきりと。
諳んじるほどに、そのLINEを繰り返し思い出してきたのだろう。それがありありとわかるから、また希依は泣きそうになる。
「…そうだ、私、咲と顕彰にグループ電話で泣いて訴えた。想太がひどいって…。ごめん」
「ううん、そりゃ訴えたくもなるさ。それでね希依、顕彰のメッセージには、続きがあったんだ」
「顕彰は、こう送ってきたんだ」
想太は、またはっきりと、LINEの内容を口にした。
『顕彰：お前より俺のほうが、希依のこと好きだよ。実は大学時代からずっと好きだった。けど、黙ってた。
あんなふうに希依を傷つけるなら、もう黙ってられない。希依を頑張って奪っていい？責めないでよ』
「つまり顕彰は、ずっと前から希依のことが好きだった」
まったく考えたことがなかったので、希依は言葉につまる。
「だから顕彰は本当に怒ってた。無理ないよね。僕は、病気のことはみんなに隠してたし。
顕彰からしたら当時の僕は、急に希依に冷めてしまった最低な男…ってかんじだったと思うよ」
顕彰から責められた想太は、「文字どおり一晩中頭を抱えて」どう返信すればいいのか悩んだという。
「当時の僕は元気がなかったから、希依を笑わせたいとか、希依をどこかに連れていってあげたいとか、もう思えなくなってた。
だから、もし顕彰が本当に希依を好きで、希依もいつか顕彰を好きになるなら、それはそれでいいのかなって考えた」
「そんな…」
「ごめん。でも、本当にあのときは、そう思った。顕彰のことは、人として好きだし、信頼してたし」
想太はうつむく。
「それに、会社に行けずに、必死で息だけしているような僕と、有名な代理店でバリバリ働いている顕彰だよ。
安定って意味でも、どっちが希依を幸せにできるのかって考えたら、絶対に顕彰だと思った」
一晩考えてそのような結論に至った想太は、顕彰に返事をした。
『想太：わかった。責めないよ』
そして、送った瞬間に、LINEのアカウント自体を消した。
「連絡先を消したのは、顕彰と希依が恋人になるのを見聞きしたくなかったからなんだ。
自分であんなふうに言ったのに、絶対に、嫌だった。だからシャットアウトした」
想太は、マフラーに顔をうずめた。
「希依を大事にできなくなってたくせに、希依のことをまだ本当に好きだった。もし顕彰と希依が付き合ったら、本当に自分がどうにかなってしまうと思って、怖くて」
想太は、LINEをまるごと消し、電話帳もまるごと消し、そのまま栃木県の実家に電話をかけた。ずっと隠していた心の症状を、母親に伝えたのだという。
「そしたら両親が慌てて迎えにきてくれて。そこからは、栃木県の実家で暮らしてた」
「…なんにも知らなかったんだな、私」
希依は、想太が希依へのあらゆる責任から逃れるために、音信不通になったとばかり思っていた。
しかし想太は、希依を好きだったからこそ、音信不通状態になったのだ。
「今さらだけど、僕は、あの冬も、その次の冬も、希依を好きだったよ」
想太の言葉が希依を温める。4年間ずっと凍えていた心の一部に、熱が戻った。
「話してくれて、ありがとう」
「ううん。…ねえ、一個聞いてもいい？結局、顕彰は希依に告白した？」
「私は告白されてないよ」
「そっか。さっきのカフェで、今は顕彰と咲が付き合ってるって言ってたから驚いてたんだ」
「顕彰と咲は、まさにあの冬に付き合い出したのよ」
「え？あの冬に？」
「そう。想太が音信不通になった直後かな。咲から、顕彰に告白したんだよ。だから、顕彰の気持ちは、たった今知った」
想太は「そっか」と不思議そうな表情を浮かべる。
「咲から急に『顕彰と付き合った』って報告されたのよ。びっくりしたのを覚えてる」
「知らなかったなあ。ずっと、顕彰は希依と付き合ったもんだと思ってた。まさか咲と付き合ってるなんて、想像もしなかった」
「仮に顕彰から告白されてても、断ったけどね。想太のことが好きだったもん」
想太は、小さく口角を上げた。
どこかほっとした様子のその表情を見て、なぜか希依は、これから想太と、またあの頃みたいに戻るのではないかという気分になる。
想太とこのままどこかで2人で食事して、一緒にどこかへ帰るような気がしてしまう。
あわてて右の手で結婚指輪を触り、話を変えた。
「想太、いつ東京に戻ってきたの？」
「東京に戻ってきたのは、去年の春。さすがにそろそろ、人生を前に進めようと思ったんだ。簿記資格を取って、経理として社会復帰した」
「そっか。…今の彼女は、栃木の子？」
「ううん。東京に来てから出会った。まだ付き合って3ヶ月」
希依は「おめでとう」と微笑んでみせる。長らく外で会話していたので、鼻が痛い。
「希依、こんな外で長時間引き止めちゃって、ごめんね。伝えたかったことは、これだけ。わかってくれた？」
「うん。すっごく」
「よかった。帰ろうか。タクシー止める？」
想太と離れがたかったから、希依は「電車で帰る」と言った。そう言えば、見送ってくれるのを知っていた。
「じゃあ、駅まで送るね」
歩きだして見上げると、澄んだ空に、いくつかの星が浮かんでいる。
「ねえ、希依？」
「ん？」
「もしかしたら例のDMは、顕彰が送ったんじゃないかな」
希依は首をかしげる。
「顕彰に、さっきこっそり謝られたんだ。『希依を奪っていいかなんて、余計なLINEしてごめん。俺のせいで、音信不通になったんでしょ？』って。
『あんなに4人で仲良かったのに、壊すようなことして悪かった』って」
「へえ」
「顕彰は、僕の病気のことは知らないし、今でも僕のことを『急に希依に冷めたひどいやつ』って思ってると思う。けど、でも彼なりに、4人でいた時間を恋しく思ってたんだなって。
もうこんなに時間が経ったし、昔の4人に戻るためのきっかけを作りたかったんじゃないのかな」
想太は笑った。
「どこで僕の連絡先を知ったのかわからないし、LINEを知ったなら、まず顕彰から連絡してきてよって思うけど」
想太は「あ、これは僕の推察ね」と付け加える。阿佐ヶ谷駅は、もう目の前だ。
「せっかく再会できたんだし、僕のLINE、顕彰と咲にも共有しておいて。また、集まろう」
「うん、そうする」
「遅くなっちゃったね。気をつけて帰ってね」
「うん。想太もね」
想太は笑顔を浮かべ、手をあげた。希依は一歩だけ歩き、それから足を止めてゆっくり振り返る。
「想太？」
「ん？」
「今の会社は、大丈夫そう？肌に合ってる？」
「うん。すごく僕に合ってる」
希依は安心して「よかった」と言った。そして、昔そうしていたように、途中で3回振り返りながら、ホームへと向かった。
◆
翌週。希依は、顕彰と2人で食事をとっていた。
想太の推察を聞き、DMについて話がしたくなって、呼び出したのだ。
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顕彰に、DMについて問い詰めてみると…
