欧州女子ツアーの2023年シーズン出場権を獲得した識西諭里と井上透プロ(写真提供:井上透プロ)

2022年末、ゴルフ界にうれしいニュースが欧州から届いた。12月17〜21日に行われた欧州女子ツアー(LET)の2023年シーズン出場権をかけた最終予選会(Qスクール)で、識西諭里(おにし・ゆり)が5日間通算3アンダー17位タイとなり、20位以内に入ればほぼ全戦に出場できる権利を合格ラインぎりぎりで手にした。

この識西、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)のプロテストに合格していない。

前回の拙稿(『低迷「男子ゴルフ」来年は人気回復に期待持てる訳』)でも少し触れたが、JLPGAが主管する日本の女子ツアーに出るには、JLPGAのプロテストに合格して協会正会員にならなければならない。識西は、日本のツアーには出られないため、試合出場の場を求めて海外に挑戦した、ということになる。

日本の女子ツアー人気は右肩上がりが続いている。2023年ツアーの賞金総額は44億9000万円、試合数は38試合を予定している。ツアー引退した宮里藍の登場から始まった女子ツアー人気はいま、黄金世代、プラチナ世代、それに続く10代といった新しい選手たちの登場で生み出されている。その裏でプロテストをはじめ、激しい競争によって識西のように、試合に出たくても出られない若い選手たちがたくさんいる。

日本選手の実績もある欧州女子ツアー

識西が合格した欧州女子ツアーは、日本ではテレビ放映がないのでアメリカ女子ツアーほどなじみがないが、日本の選手も実績がある。

樋口久子が1976年欧州女子オープンを制し、岡本綾子が1990年にドイツ女子オープンに優勝している。そして近年、渋野日向子の2019年全英女子オープンでのメジャー制覇、昨年は古江彩佳がスコティッシュ女子オープン優勝と続いている。

2023年シーズンの賞金総額は3500万ユーロ(約49億円)と発表され、日本とほぼ同じ規模。31試合が行われる予定だ。

識西は欧州女子ツアーの最終予選会の前に、12月初めのアメリカ女子ツアーの最終予選会(Qシリーズ)にも挑戦したが、最終日にスコアを崩して出場権獲得を逃した。

そのときに一緒に回った選手から欧州女子ツアーの最終予選会の話を聞き、自分で調べてエントリーが間に合うことを知り、すぐにエントリーしてアメリカから会場のスペインのレアル・ゴルフ・ラ・マンガ・クラブにパリ経由で向かったというから、決断力、度胸はありそうだ。

福岡県出身の25歳。10歳のころに両親と練習場に行ってゴルフを始めた。「当たらなくて大泣きしていたのは覚えている」という出会いだったが、徐々にゴルフが面白くなっていったそう。福岡第一高では福岡県女子アマなどに勝っているが、全国的には優勝経験はない。高校卒業後、プロを目指してプロテストに挑戦してきたが、7回受けてまだ合格していない。2022年は合格まで5打差だった。

コロナ禍直前に、ティーチングプロ、プロコーチとして定評がある井上透プロのインスタグラムなどを見て、自分から門をたたいて「弟子入り」した。今回の最終予選会では急きょ、井上プロに連絡してキャディーを依頼し、スペインに来てもらった。「師弟」で勝ち取った欧州女子ツアー出場権でもある。

帰国した識西に話を聞いた。

試合に出たいという気持ちが強い

――5日間の最終予選会、とくに最終日の最後は1打落とせば合格できない状況でした。

識西:前半はいい感じで余裕があったのですが。後半流れが悪くなって、何としてもカットライン(3アンダー)以内でプレーしたいと。私はすぐ怒ったりするんで、井上さんから「我慢、我慢」とずっと言われていました。

最終ホールは2オンできるパー5だったのですが、左に池があって、絶対に入れないと思って打ちました。グリーンは事前に「状態が悪い」と知らされていたとおりボコボコでしたけど、最後のパーパットはタップインで終われました。

――日本のプロテストは7回受けてまだ合格できていません合格前にアメリカ、欧州と、海外に挑戦したというのは異例です。

識西:(プロテスト受験数は)数えないことにしているので(笑)。友人や後輩が(プロテストに合格して)活躍していて差を感じるし、私はこれまで年1回のプロテストを受けるために練習するという生活でした。

高校時代から海外でいずれはプレーしたいと思っていて、(2022年)全米女子オープン予選に通って本戦に出たのですが、予選落ちでした。井上さんから言われたのは「試合経験が足りない」ということでした。自分もそう思ったので、アメリカの予選会を受けることにしました。


全米女子オープンに出場した識西(左)とキャディーを務めた井上プロ(写真提供:井上透プロ)

――アメリカでは残念な結果でしたが、すぐに欧州に切り替えた。

識西:調べたらエントリーができると知って、両親に相談したら「いいんじゃないか」と言われたので。すぐ井上さんに来てもらうようお願いしました。自分では、試合に出るのがプロゴルファーだと思うので、試合に出たいという気持ちが強いです。

――欧州女子ツアーは21カ国・地域を回るツアーです。2月2日に開幕しますが、初戦はケニア(マジカル・ケニア女子オープン)。ツアーは1人で回りますか。

識西:初戦は心配なので母が一緒に行くのですが、ツアーは基本、1人で回る予定です。荷物を持って移動するのは大丈夫なので。南アフリカとか行くので黄熱病の予防注射とか打たないといけない。

――言葉や食べ物の心配はありませんか。

識西:なんとか、知っている英語を使って行きます(笑)。食べられないものはないので、たぶん大丈夫かな。

――どういうプレーを目指しますか。

識西:1年を通して戦ったことがないので、気持ちの体力も必要だと思います。気持ちの波をあまり立てずにプレーできたらいいかなと思います。

日本のプロテストの難しさは以前の10倍、20倍

話をしている識西の表情を見ていると、長距離の移動や言葉の不安よりも、試合に出られる期待感のほうが強いようだ。

日本では先述した宮里藍の登場で、プロゴルファーを目指すジュニアゴルファーが増加した。その受け皿となるJLPGAではプロテストに合格していなくても、ツアー出場権を争うクォリファイング・トーナメント(QT、予選会)に一定の条件を満たせば出場でき、上位になれば日本ツアーに出場する道があった。

しかし、2019年にプロテストに合格していなければQTに出ることができないと改定。それまでQTを利用してきた外国人選手もプロテストを受けるようになり、プロテスト合格(20位タイ)へのレベルが上がっている。

識西のように、アメリカでは最終予選会まで進み、欧州では出場権を獲得する、という実力がありながら、日本のプロテストには合格できていないというレベルの選手たちが、若い世代にたくさんいるといっていい。

識西の海外挑戦を後押しした井上プロは、国際ジュニアゴルフ育成協会を立ち上げるなどジュニアの育成に力を入れるとともに、多くの女子プロゴルファーのコーチを務めている。

「今の日本の女子プロテストは、かなりの技術力があってツアーに出られるレベルでも厳しい。ここ数年のプロを目指すジュニアの増加に対して、20位タイという枠は、以前のプロテストの10倍、20倍の難しさではないでしょうか。

今はプロテストに受からなかったらアマチュアでやりながら日本ツアーに出るチャンスを目指すという流れですが、日本のプロテストに落ちたら海外に打って出るという選択肢があっていいと思います。ただ自分がどのレベルのツアーで戦うかを見つけるのが大事ですが、難しいことでもあります」(井上プロ)

今回、識西にアメリカの予選会を勧めたのは、「今の自分がどれぐらいやれるかの確認と、7年間の空白を埋めるためです。プレーヤーの旬は10年ぐらいだと思います。(プロテストに向けた)練習だけで旬を逃すのはもったいない」(井上プロ)というのが大きな理由だ。

レベルという点で識西の欧州女子ツアーについては「彼女のショット力があれば、かなりできると思います。トップ20、トップ10から優勝争いを感じながらプレーするときが遠からずある」と期待する。

識西は「(翌年の)シード権は取りたい。ワールドランク(ロレックス・ランキング)を上げていきたい」という。

成績次第では日本のツアーに出られる可能性も

JLPGAの規定(2022年時点)では、ワールドランク300位以内に入れば臨時プロ会員となり、出場推薦を受ければ日本女子ツアーに年間4試合まで登録が可能になる。欧州女子ツアーの成績次第では日本女子ツアーに出られる可能性も出てくる。そのうえで「日本のプロテストには全力で臨みたい」と、日欧両にらみの1年になりそうだ。

「これから彼女が歩むのはパイオニアとしての道。このチャレンジはすごいと思うし、活躍すれば、女子プロゴルフの新しい流れ、道筋になるのでは」と井上プロ。まだ日本のプロ資格を持っていない選手が、欧州に限らず、さまざまな海外ツアーで力を発揮し、日本に戻ってくる。そんな新しい流れができれば、右肩上がりの日本ツアーがさらに活性化し、話題性も増すだろう。(文中敬称略)

(赤坂 厚 : スポーツライター)