「私たち結婚します」友人のめでたい報告を素直に喜べない女。それには理由があって…
ここに、性格が正反対のふたりの女がいる。
ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたふたりは、ぶつかり合いながらも友情を深めていた。
そんな中、ある出来事がふたりを襲って…。
これは「恵比寿Sisters」、その後のお話…。
▶前回：「俺と結婚したいから“妊娠した”って嘘ついたんだろ」男のひどい言葉に、女は耐えきれずに…
番外編 新たな旅立ち
「ハイ、チーズ」
ネイビーのスーツ姿の諒子の横には、ランドセルを背負った諒子の娘・由真。
カメラを向けるのは、目を惹くデザインのGUCCIのワンピースを身にまとったマリである。
「ねぇ、マリママも一緒に映ろうよ」
「私はいいよ。ついてきただけだし。親子ふたりで撮りなさい」
「ええー、マリママもお母さんだよ！」
由真はマリを「入学式」と書かれた看板の前に無理矢理並ばせようと手を引く。
マリは観念したように、写真待ちの列に並んでいた他の保護者に撮影をお願いした。
写真撮影を頼まれた父兄は、諒子たちに不思議そうな視線を向ける。
だが、諒子とマリ、そして由真はお構いなし。
そんな好奇の視線に、慣れているからだ。
3人はほかのどの家族よりも、満面の笑顔をカメラに向け、ファインダーに納まった。
オンナ3人の気まま暮らし
「まさか、由真が私立に合格できるなんて」
「まあ、私が塾から何までサポートしましたから」
「マリママありがとう！でも、私もがんばったんだよ」
大人並みに口が達者になった由真も加わり、にぎやかで気ままな生活は現在も恵比寿で継続中。
今日も入学祝いと称して、恵比寿の中華の名店『筑紫樓』で円卓を囲み、名物のふかひれを堪能している。
錠と別れ、諒子がシングルマザーになって6年。
諒子とマリは、42歳になっていた。
アラフォーの女ふたりと、子どもとの3人暮らし。
そんなちょっと変わった組み合わせは、周囲から好奇の目で見られることも多々あった。
「そういえば、今日ね、学校の友達のお母さんが、お母さんとマリママのことを阿佐ヶ谷姉妹みたいだって言っていたよ」
「あ、阿佐ヶ谷姉妹？」
諒子が返答に迷っていると、マリは嬉しそうな声で叫んだ。
「えー、私、阿佐ヶ谷姉妹大好き！！あんなふたりになりたい！！」
「あと、ふたりは本当はどんな関係なの？って聞かれた」
「大親友としか答えられないよね、諒子」
「うん……」
生まれながらの卑屈さなのか、何事も悪い方にとってしまう諒子。
しかしマリは、たとえ無神経さが見え隠れする詮索や冗談も、いい方にとって明るく突っぱねる。
「諒子、どうしたの？」
「いや…‥、マリはモヤっとしないの？」
「別にいいんじゃない？常識の枠にはめないと、幸せか否か判断できない人っているのよ。ほかとは違っても、私たちが良ければ、それで十分。大きなお世話よ」
マリは怪訝な表情の諒子に、言い聞かせるように言った。
諒子は受験の親子面接の際、学校側に自分はシングルマザーで親友と同居し、彼女の助けを借りて生活していることを正直に伝えた。
すると校長先生は理解を示し、歓迎してくれた。
まさか、受け入れられるとは思ってもみなかった諒子は、すこし驚いた。
時代が変わってきていることを実感する。
― 人目を気にしてひとりで娘を育てていたら、私、潰れていただろうな。
諒子は一緒に子育てをしてくれたマリに、心から感謝している。
マリのおかげで順調に仕事の実績を積むことができ、いま諒子はフリーランスのプロデューサーになっていた。
またマリ自身も、由真の子育ての傍ら始めた事業が軌道にのり実業家となっていた。
アナウンサー時代の人脈を生かし、結婚式などの司会を派遣する仕事だ。
仕事と可愛い子どもと楽しい毎日。
すべて手に入れた自分。しかし、諒子には心の奥底で燻り続けている懸念があった。
― マリは今の状況で幸せなのかな。白沢くんとはまだ付き合っているみたいだけど。
マリにはマリの人生がある。
この生活もいつか終わりを迎える日が来るはず…と。
突然の別れ
「私たち、結婚します！」
隠れ家的なレストラン『ビストロ アベス』でマリの恋人・白沢も交えて4人で食事を楽しんでいると、マリが急に宣言した。
ふたりからの突然の誘いに何かあるのではと諒子は感じていたが、案の定であった。
「いやあ、やっと受け入れてくれましたよ。何百回プロポーズしたことか」
マリは来月には諒子と由真と暮らす恵比寿の家を出て、白沢の住む中目黒の家へ引っ越すと話した。
「白沢くん、ゆくゆくは地元の北海道に帰るんでしょ？」
「ゆくゆくは、です。僕も、チーフディレクターになったばかりなのでまだまだ帰るのは先です」
「私も会社があるもの。由真ともっと一緒に過ごしたいしね」
「わーい。本当に？マリママ、おめでとう」
幸せそうなふたりと、心から祝福する由真。
諒子も手放しで喜びたい。だが、どうしてもそれができなかった。
「…」
― 祝福しなきゃダメなのに……。
諒子にとって、それはXデーが来てしまったという感覚だった。
7年も一緒に住んでいたのだから当たり前だ。
いつの間にか、マリの存在が自分の中でこんなに大きくなっていることに、諒子は自分でもびっくりしていた。
◆
その晩。
由真が寝たあと、諒子とマリはいつものようにふたりで改めて飲みなおした。
しかし、やはり諒子の心の靄は晴れないままだった。
寂しさ、と言えば簡単だがそれ以上の喪失感。
素直におめでとうと言えない心が狭い自分に腹が立っていた。
― 私たち、親友だったはずじゃ……。
「ねえ、この前行ったフレンチ、新メニュー出たらしいよ。由真も連れて今度行こうよ」
「じゃあ、来週はどう？予約は必要かな」
あいかわらず続く他愛もない世間話。
その隙間から様子をうかがいながら、時は過ぎる。
そして、そろそろ寝ようというとき、おやすみの言葉のあとで、やっと絞り出すことができた。
「――マリ。幸せになってね」
これが、諒子の精一杯だった。そして、静かに言葉を続ける。
「心から、祈っているから」
だが、マリは首を振った。
「今でも十分幸せなんだけど？」
屈託ない笑みを浮かべるマリ。
「……え」
「なんか、幸せになって、って他人事みたいね」
その言葉、その表情で、寂しいとか、嫉妬とか、どうでもよくなってしまった。
マリははなから、諒子と離れるつもりなどないことに気づいたからだ。
「諒子、これからも一緒に幸せでいようよ」
私たちは、病めるときも健やかなるときも、ぶつかり合いながらも共に暮らす運命共同体。
― ああそうか、私たちは、もう身内なんだな。
血も戸籍のつながりもないが、マリとはもう家族のような存在になっていることを実感する。
「マリおめでとう」
やっと出たその言葉。
それを聞いた途端、マリは諒子の肩を抱いて、おでこをこすりつけた。
「諒子だって。由真ちゃんの入学おめでとう〜」
マリの満面の笑顔に、諒子の心がどんどんほぐれていく。
なんでクヨクヨしていたんだろうと、諒子は自分で自分を笑い、そしてマリと改めてカンパイした。
まだまだ続く恵比寿姉妹のたわいもないおしゃべり。
ふたりはいつまでも笑いあっていた。
Fin.
▶前回：「俺と結婚したいから“妊娠した”って嘘ついたんだろ」男のひどい言葉に、女は耐えきれずに…
▶1話目はこちら：35歳独身女がセレブ妻になった同級生と再会。彼女が放った高慢なひと言に…
