■プーチンと関係を維持するハンガリー首相の狙い

ウクライナに侵攻したロシアに対して経済・金融制裁を強化する欧州連合(EU)だが、その中でも独自の動きを見せる国として、ハンガリーがある。

ハンガリーのオルバーン・ビクトル首相はロシアのウラジーミル・プーチン大統領と良好な関係で知られており、EUによる経済・金融制裁に対しても、慎重な態度を堅持している。

写真=AFP/時事通信フォト
2022年10月7日、チェコのプラハで開催された欧州連合(EU)の非公式首脳会議に出席するハンガリーのオルバーン・ビクトル首相 - 写真=AFP/時事通信フォト

そのハンガリーは、EUが推進する化石燃料の「脱ロシア化」の取り組みに対しても、慎重な態度を貫いている。ロシア産化石燃料に対する依存度が高いことが、その最大の理由だ。EU統計局によれば、2020年時点においてハンガリーの輸入する石油の44.6%がロシア産であり、天然ガスに至っては実に95.0%にも達していた。

内陸国であるハンガリーの場合、海上輸入という手段は取り得ない。当然、バルト海や地中海からハンガリーに至る石油やガスのパイプラインなども存在しない。EUが肝いりで推進しようとする化石燃料の「脱ロシア化」だが、ハンガリーにとっては不可能だ。そこでハンガリーは、EUに対して同国への特例措置を盛り込むように要求した。

結局、ハンガリーの要求に応えるかたちで、今年6月3日にEUの閣僚理事会(加盟各国の閣僚から構成される立法・政策調整機関)がロシア産の石油の禁輸措置を中心とする対ロ制裁第6弾のパッケージを採択した際、ハンガリーおよび同様の問題を抱えるチェコとスロバキアに対して、ロシア産の石油の輸入に関する特例措置が設けられた。

この第6弾のパッケージでは、海上輸送によるロシアからの輸入は原油の場合で6カ月以内に、石油製品の場合で8カ月の猶予期間の後、禁止されることになった。しかしロシアからハンガリーに至るパイプライン「ドルジバ」によるロシアからの原油の輸入は、閣僚理事会が新たに禁止を決定しない限り、継続されることになった。

■小国の現実主義外交

かつてハンガリーは、19世紀に隣国オーストリアと同君連合(いわゆるオーストリア=ハンガリー二重帝国)を形成するなど、中央ヨーロッパ諸国の「盟主」的な存在であった。その同君連合は第1次大戦後に崩壊、ハンガリーは中央ヨーロッパの小国の一つに転落する。第2次大戦後には旧ソ連の影響下で、共産化を余儀なくされた。

1956年の反共産主義運動(いわゆるハンガリー動乱)の際にハンガリーは旧ソ連の武力介入を招いたが、それ以降、ハンガリーの外交は現実的な性格を強めることになる。旧ソ連を頂点とする東側陣営との友好関係を保っていたからこそ、先に述べたドルジバに象徴される、旧ソ連からの安定的なエネルギー供給を受けることができた。

同時にハンガリーは、西側陣営との協力関係も重視した。1968年の市場経済の部分的な導入や西側からの資金調達の成功は、そうした姿勢のたまものだった。他の中央ヨーロッパ諸国と同様に1989年に体制転換を果たしたハンガリーは、日米欧の支援の下で構造改革に努めた。2004年にはEUに加盟し、ヨーロッパ回帰を達成することになる。

中央ヨーロッパに位置する以上、ハンガリーはヨーロッパとロシアに翻弄されざるを得ない運命を抱えている。しかし第2次大戦後から現在に至るまで、ハンガリーは、両者の間で巧みにバランスを取ってきた。旧ソ連の影響下にあるときは西側諸国との関係も重視し、EUに加盟した後はロシアとの関係も重視してきたのである。

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■EUはハンガリーの意見を無視できない

こうしたバランス外交戦略は、小国ゆえの現実主義に基づいているといえよう。内政が権威主義的な性格を強めており、またハンガリー国内にも反対派が多いことから、ハンガリーの外交戦略を否定的に評価する論者も少なくない。しかしそうした外交戦略こそが、人口971万人の小国ハンガリーのEU内での発言力の大きさにつながっている。

EUは、ハンガリーに対し、後述するEU復興基金からの資金配分を停止するなどの圧力をかけている。EUは、基本的に重要事項の決定に際して全会一致を原則とするため、ハンガリーの意見を無視しえない。それにハンガリーに圧力をかけすぎると、ハンガリーがロシア寄りとなり、EUの対ロ外交のほころびが大きくなる。

■通貨下落と外貨不足に苛まれるハンガリー

ここで経済に話を転じると、ハンガリーの経済は目下、厳しい状況にある。特に通貨フォリントの下落は激しく、為替相場の年初来下落率は対ドルで20%、対ユーロで10%を超えた(図表1)。特に対ドル相場の下落は、輸入の際の契約通貨の50.4%(2020年時点、EU統計局)を米ドルが占めるハンガリーのインフレを押し上げている。

ハンガリーの最新10月時点の消費者物価の前年比上昇率は21.1%と、ユーロ圏の倍近い高水準だ。ハンガリーで20%台のインフレが起きるのは、体制転換後に経済が混乱していた1996年以来のことであり、記録的な出来事である。経済成長を重視するオルバーン首相とはいえ、この高インフレを放置することはできない。

ハンガリー国立銀行(中央銀行)は通貨フォリントの防衛のため、今年1月時点で2.9%であった政策金利を、10月末までに13.0%へと急ピッチで引き上げている(図表2)。10月14日からは、新たなフォリント防衛措置として、1日物預金入札(市中銀行が中銀にオーバーナイトで預金をすること)という制度を設けて、その際に適用される金利を政策金利よりも高い18%に設定した。

一方、ハンガリーでは、外貨準備も急速に減少している。2022年初には必要最低限の目安とされる輸入の3カ月分を超えていたが、足元では3カ月分に満たない水準まで落ち込んでいる。こうした状況では介入による通貨防衛も困難であるため、ハンガリー国立銀行は利上げを続けるしかなくなっている。

■国益のためにEUを利用する

EUはコロナショック後の景気回復に弾みをつけるため、EU復興基金を設置した。しかしEUは、ハンガリーに対して資金の配分を拒否している。ハンガリーがEUの重視する「法の支配」を軽視しているという理由からである。EUはハンガリーが言論の自由を制限したり、同性愛者や女性の権利を制限したりしていると問題視している。

一方、外貨不足に直面するハンガリーにとって、復興基金からの資金配分は喉から手が出るほど欲しいものだ。

そのためハンガリーは、ドルジバの件を勝ち取って以降、復興基金からの資金配分を得るべく、EUに対して融和的な姿勢に転じている。そうはいっても、ハンガリーという国の立ち位置や、オルバン首相のこれまでの政治手法を考えた場合、ハンガリーがこれを機に真の意味で親EU的にスタンスを転じることなど考えにくい。

他の中央ヨーロッパの国々と同様に、ハンガリーもまたEU加盟を国是としてきた。それこそが国益にかなうという政治判断からだが、EU加盟後のハンガリーは、そのEUからどれだけベネフィットを引き出せるか、というスタンスを強めている。そのための戦術としてロシアとの関係も引き続き重視するというのが、オルバーン首相の手法である。

国益のためにEUをどう利用するか。ハンガリーのみならず、EUに参加する全ての国がこの視点を持っている。EUの結束を重視する立場の国として、例えばフランスがあるが、それはEUが結束したほうが国益にかなうためである。とはいえ、そのフランスにもEUから譲歩を引き出すことを重視するべきだと主張する論者も少なくない。

■小国の生き残り戦略として理にかなっている

EUの結束を乱していると評価されることもあるハンガリーだが、その底流には大国に挟まれた小国特有の現実主義が流れているといえるのではないか。言い換えれば、27もの主権国家を束ね、東西南北に広がるEUが完全に一体化することなどまず不可能であることを、ハンガリーという国が身をもって示しているといえよう。

小国の生き残り戦略として、ハンガリーの現実主義外交は理にかなっているのではないだろうか。日本はその立場上、欧米と協調した外交を基本とするのが当然である。そのうえで、日本は自らの国益を見据えた外交戦略を展開する必要があるのだろう。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)