上原彩子の覚悟と決意(撮影:ALBA)

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1985年の服部道子以来、37年ぶりに「全米女子アマ」を制した馬場咲希は優勝会見で言った。「自分のゴルフができた」。最近の、特に若い選手が使うことばで勝因を語った。
「Danaオープン」で上原彩子が1年2カ月ぶりに米ツアーに復帰した。各国のトップクラスが集まるツアーで、馬場とは対照的に飛距離が出るほうではない彼女が10年間戦えている理由は、ショートゲームを中心として1打1打積み上げていく丁寧なゴルフがあるからだろう。それが“上原のゴルフ”だ。
結果として予選落ちとなったが、復帰戦でもそれは存分に発揮された。初日のドライビングディスタンスは228ヤード。これは今季のスタッツに当てはめれば一番下の数字。距離の長いパー5では3打目にユーティリティを持つこともあった。それでも初日のスコアは2アンダー。カットラインどころか首位と4打差につけた。
2日目は生命線の一つであるパッティングが決まらず、カットラインを下回ることとなった。だが、一番上原らしさが光ったのが最終ホールとなった18番、予選落ちが確定した直後だった。
決めなければ終わりという2メートルのバーディパットは強気に打ったが、カップに収まることなくオーバーした。上原は午後スタートの最終組。この時点で決勝行きはなくなったと言ってもいい。だが、上原はオーバーしたボールをマークして向きを直した後、カップまでにあったピッチマークを丁寧に直してからパーパットを打ったのである。
予選落ちは決まった。しかも、前のホールでボギーを叩いてスコアを落とし、つい数秒前には、入れなければいけなかったパットを外した。それでも最後まで冷静に、いつも通りの自分のゴルフを貫いた。
一打の重みを知っているからだろうと思った。ここで適当に打ってしまえば何かの拍子にパッティングが乱れてしまうかもしれない。逆に言えば、ここで来週につながる何かが見つかるかもしれない。そんなこと以上に自分のゴルフはこれなのだ。それを崩壊させるわけにはいかない。予選落ちが確定した直後に見せた所作に、10年間世界の最高峰で戦ってきた強さを感じた。
もっと言えば体調不良となり日本に帰国後、推薦で何試合かに出場したものの、日本ツアーの出場権を得るためのQTは受験しなかった。それはひとえに何としても米ツアーに復帰するんだ、という気持ちからだろう。上原はこのあと、今大会を含めて6試合に出場予定。ようやく戻ってきたベテランの変わらぬ強さと覚悟に大いに期待したい。(文・秋田義和)

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