アメリカは今後景気後退に陥り、結局は日本株もその影響を大きく受けるのだろうか(写真:ブルームバーグ)

アメリカの株式市場で、根強く残っていた楽観論が吹き飛んでしまった。8月26日に行われたジャクソンホールでのジェローム・パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長の講演後、同国のリセッション(景気後退)入りへの警戒が一段と強まった。

市場が一部で期待していた「今後の利上げの減速、来年の利下げ予想」は完全に否定された格好だ。しかも、FRBは9月からQT(量的引き締め)を強化。資産の圧縮幅は月950億ドルと、従来の2倍になる予定だ。金融当局はリセッションも辞さない覚悟で物価高騰を抑えにかかる姿勢が明確だ。

アメリカは今後「低成長+失業率悪化」が長期化?

同国の株式市場にとっては「お先真っ暗闇」で、「年末相場どころか、来年の相場をどう乗り切ったらいいのか」と、投資家の不安はピークに達しているという。そんな中で、これから来るアメリカ株の相場を、兜町では「グロースリセッション相場」と予測する向きがある。

グロースリセッションとは、「完全なリセッションには至らないものの、低成長と失業率の悪化が長期間続く状況」を指す。筆者の知る限りでは、今回の局面では、ニッセイ基礎研究所の窪谷浩氏が5月に「米国はリセッションを回避できるだろうが、成長率は鈍化し、2023年末には経済成長率が潜在成長率を下回る『グロースリセッション』といわれる状況になりかねない」という見方を示したのが最初だったように思われる。

窪谷氏の見方はすぐに兜町でも話題になり、最近では三井住友DSアセットマネジメントのレポートなども、窪谷浩氏とほぼ同様の見方を示している。

アメリカの実質GDP成長率は前期比年率で、2022年1〜3月期に−1.6%、4〜6月期は−0.6%と2四半期期連続のマイナス成長だった。

それでも、三井住友DSアセットマネジメントの予想(8月19日時点)では、2022年7〜9月期の同+1.5%から2023年10〜12月期の同+1.6%まで、途中+0.7%に低下することはあっても、一度もマイナス圏に陥ることなく、かつ、一度も潜在成長率1.8%を上回ることのない「グロースリセッション」状態が続く、とする。

ただ、「グロースリセッション」が到来したとしても、相場材料としての意味合いは、今後の景気への「投資家の期待値」によって大きく違ってくるはずだ。ソフトランディングで早期の回復を期待する投資家にとっては、グロースリセッションはネガティブな材料だろう。だが、本格的リセッションを不安視していた投資家にとっては、ポジティブな材料ととらえることができる。

そもそも、同国で景気の拡大・後退の転換点を判定するのは、民間団体の全米経済研究所(NBER)だ。同研究所は、リセッションについて「経済全体に波及し、数カ月以上続く経済活動の著しい低下」と定義している。

実際にリセッションを判定する場合は、GDP(国内総生産)、実質個人所得、非農業部門雇用者数、実質個人消費支出(PCE)などの指標を参照し、そこに深さ・広がり・期間の3つの基準を考慮する。

期間については、山と山の間隔が5カ月以上、一循環の長さは15カ月となっているが、深さや広がりは、GDP・実質個人所得・非農業部門雇用者数・実質個人消費支出(PCE)などは投資家が株価の材料にしている耳慣れた指標ではあるが、景気の拡大・後退の判定は、今後のNBERの発表を待つしかない。それゆえ、現在のアメリカ市場は不安定にならざるをえない。

日本に資金が流れる可能性は十分ある

しかし、アメリカのグロースリセッションは日本株の下げ要因ではないはずだ。景気を犠牲にしなければ物価高騰が収まらないかもしれないアメリカに対して、日本では成長率を安定的に2%にするまで金融緩和路線を修正することができない。世界の資金がどちらへ流れるのかは明白に思える。

日本のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)も後押しする。7月の鉱工業生産指数速報は前月比1.0%の上昇と、2カ月連続で増加した。また、8月消費動向調査の消費者態度指数は、前月比2.3ポイント上昇し、32.5となった。これも3カ月ぶりに改善した。

さらに4〜6月期法人企業統計では、全産業の経常利益は前年同期比17.6%の増加だった。設備投資額も同4.6%増となり、プラスは5四半期連続だった。売上高も同7.2%増となっており、2021年度の企業の内部留保は全産業で前年比6.6%増の516兆4750億円と、10年連続で過去最高だ。

心強いデータはまだまだある。大手百貨店5社が発表した8月の売上高速報値は、前年同月を20〜40%程度も上回る大幅な増加だった。筆者がつねに重視するマネタリーベース平均残高についても、8月は前年比0.4%増の659兆7138億円と、引き続き高水準の流動性は供給されている。

「日本株が優位な時代」の再来も

さらにアメリカの戦後の相場をひもとくと、「黄金の1960年代」と言われた上昇相場の仕上げは「ニフティフィフティー」(優良50銘柄)の高騰相場だった。その後の物価高騰に対するFRBの金融政策で、「株式の死」と言われた1970年代の低迷相場があった。

仮に、1960年代の上昇相場を今回の「適温相場」に置き換え、そのピークを飾ったニフティフィフティーを「GAFAM」に置き換えるとどうなるか。これからの物価高騰に対するFRBの金融政策によって出現する相場は、1970年代の「株式の死」に匹敵する低迷相場だと見るアメリカの投資家も少なくないだろう。

だが、1970年代のNY(ニューヨーク)ダウ30種平均はほぼ1000ドルを高値とする長期的なモミ合い相場だったが、この間、日経平均株価は2000円前後から7000円前後へと急騰を演じている。

もちろん、人口が初めて1億人に乗せ、「世界第2位の経済大国」への道をひた走った1970年代と、すべてが黄昏れてきた今の日本を単純に比較することは酷かもしれない。だが、アメリカの相場低迷をそのまま日本株の低迷に結びつけることもなかろう。筆者は次第に日本株の優位性が現れてくると信じている。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(平野 憲一 : ケイ・アセット代表、マーケットアナリスト)