季節が変わった今、朝粥がうれしい。自分の体を労わる時間に
作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は体調を崩しやすい季節の変わり目にうれしい、お粥についてつづってくれました。
第79回「朝粥と梅干し」
暑さもやっとやわらいできて、秋の気配が感じられるようになった。そうこうしていると、今年も残り4ヶ月なのね。ついこの間、お正月を迎えたと思うけれど…。この頃、信じられないスピードで地球がまわっていく。自分のやりたいこと、するべきことが積み上がっているのに、今日も何もできなかったなあと思う日も多い。読みたい本も積み上げたままなかなか進まない。
●季節の変わり目、お粥がしみる
季節の変わり目で、毎度のこと体調を崩してしまった。新しいエッセイ集『一生のお願い』(筑摩書房刊)を刊行したばかりで、忙しくしていたのもあったからか、胃腸の調子が良くないなあ。でも食べないとやっぱり元気がでないので、そうだ、こんなときはお粥がいいね。
朝起きて、米をといで、土鍋にいつもより多めの水を入れてぐらぐらと米を炊く。そこに、北海道の昆布漁師の友人が作っている「星屑昆布」を少し入れてみる。だし昆布の長さには足りず廃棄される昆布の端っこの部分を粉砕し、即席の出汁として使えるよう彼らが商品化したものだ。昆布は細ければ細かいほど旨味が多く出るそうだ。
屑という言葉がついているので捨てるような昆布かと思ってしまうが、なんと一級品だけを使っているので雑味のないいい出汁がとれる。カルパッチョなどにふりかけてもアクセントになる。
保志さんという漁師さんがとった昆布の端っこなので、“星屑昆布”と名付けられた。私と同世代の保志さんは、毎日海に出ては海水に浸かりながら布団のように大きな昆布を引き上げる。北海道で彼らの昆布小屋の見学もさせてもらったし、連日昆布干しの様子をSNSで見ていることもあって、食材に対する思いも変わってくる。
土鍋は、火を止めてもなおもぐらぐらと沸騰を続ける。その地球のマグマを食卓へ運び、お粥をお椀によそう。真ん中には夏に漬けた梅干しを。梅の酸は胃にはあまりよくないけれど、腸が弱っているときは子どもの頃から梅干しや梅肉エキスを飲んで直した。なにせ、お粥には梅干しが一番似合うんだよなあ。
木のスプーンにすくい、ふうふうと熱を冷まして口に運ぶ。梅干しと昆布の優しいコンビネーションが体をじんわりと温め体が広がっていく。体が開いていくのを感じる。ほっとして泣けてくるなあ。急に寒くなったので、胃腸も萎縮していたのかもしれない。
●朝粥のすすめ
こうして、私は優しい朝につつまれて、穏やかに一日をスタートできた。お昼も、お粥、晩もお粥。しばらくはお粥生活を続けるのだった。お粥はたくさん作りすぎずに、毎日できたてを食べるのが美味しいよね。
時には鰹節をたっぷりとかけお醤油をたらして、時には、海苔を水で柔らかくもどしてお粥にのっけていただく。毎日食べても全然飽きないなあ。
3日もすれば胃腸はすっかり回復をしてお肉や野菜も受け入れてくれるようになった。それにしても、朝粥はいいぞ。美味しいというベクトルでは測れない滋味がある。風邪をひいたときに母に作ってもらった思い出もプラスされているからだろう。
夏休みも終わり、学生のみなさんも心身ともに疲れやすい時期だと思う。食欲がなくて何も食べたくないときは、朝粥を炊いてみてほしい。元気に頑張ることだけが正解ではない。
「体」から一本線を引いたら「休」という漢字になるように、無理をしすぎないで、心身の声を聞き、受け止めてあげること、逃げてみることも一つの勇気だろうと思う。まずは、優しい食事でお腹と心を満たして、ゆっくりと今日という日に向かいましょう。