怪しい人や団体からの勧誘や詐欺。「ほかの家族の知らぬ間に洗脳されて高額なお金をつぎ込んでいた…」などとニュースやネットなどで見て「どうしてこんな怪しい人に引っかかってしまうのか?」と不思議に思ったことはありませんか?「いい人のふりをしながらマインドコントロールしてくる手口はじつに巧妙です」というのは、実際に怪しい団体の勧誘を受けた人の家族。当時の状況についてインタビューしました。

父親が高額な印鑑を買っていた。家族は30年後にその金額を知り…

埼玉県の主婦・加藤奈緒さん(仮名・39歳)のお話です。

これは私が小学生だったころのエピソードです。私の父は、20代の頃に双極性障害を発症したらしく、私が子どものころから、会社を長期で休むことが多々ありました。
問題が起きた30年前のその日、父は躁状態(鬱の反対で、気分がよくハイテンションになりお金を使いたくなるなどの問題行動をしてしまう)で自宅で療養をしている最中。気分転換に出かけた喫茶店のサービスで占いをしてもらったらしいのです。

●生きづらさの原因は名前!?印鑑を売りつけられた父

ごく普通の喫茶店。平日昼間ということもあり、客は少なく、「手があいているから」と言ってオーナーが無料で姓名判断の占いをすることに。

オーナー「あなたはすごく努力している人。なのに、周りの人間関係のしがらみで生きづらい人生を送ってきたのではないですか? その理由がわかりました。お名前の字画がすごく悪い。これはなんとかしないと」

私の家は、苗字は二文字なのですが、男性は、代々名前が漢字一文字で、近所の神社で授けてもらっていました。父の名前も「晋(すすむ)」と一文字(こちらも仮名です)。ところが…。

オーナー「上に乗っかっている“加藤”の苗字が2文字で、あなたの名前“晋”が1文字だから、現状だと頭でっかちな状態。今まで生きるのがとても重たく苦しかったでしょう。これでは仕事も生活もうまくいくわけない。すぐに改名するのは難しいから、早めに印鑑だけでも新しくして、運気を軌道修正したほうがいいですよ。印鑑は、いろんな場面で家族みんなで使えますから」

父が先祖代々、男性の名前が一文字であったことを伝えると、占い師は「家の方位もみてしっかりご祈祷したほうがいい」「このままだと家族も病気になる」「宗教の勉強していた経験もあるからわかったのだけど、あなたの場合は明らかに神社側のミスだと思う」と矢継ぎ早に指摘。

たまたまそのとき同居していた高齢の祖母(父の母)が盲腸で入院していたこともあり、それもこれも姓名判断に問題があるのと考えてしまったらしいのです。

「印鑑を新調すれば応急処置的に解決できる」と言われた父は、躁状態であったことも関係し、高額な印鑑を3本セットで購入してしまったのでした。
これらのことを私たち家族が知ったのは、何年も後の話です。その日、父は「改名をしたい」と言いながら家に帰ってきました。

●即座に家族が抗議。強い勧誘は免れた

ところが、同居していた祖父(父の親)が「改名したい」という父に大激怒。
祖父「お前の名前は、由緒正しい神社に頼んでつけてもらったのに、なんて罰当たりなことを言ってんだ。大昔からうちを守ってくださっている神社の神様より、喫茶店にいる占い師を信用するとは、心底呆れた。もう顔も見たくない。二度とうちの敷居をまたぐな!」

あまりの剣幕に一家みんなが驚くほど。父自身、自分の病識もあり、だまされやすいことを自覚していたので、改名の話はそれですぐにあきらめたようでした。

喫茶店のオーナーに対しても、この勢いそのまま祖父が強く抗議をしたため、それ以降はそのお店へ行くこともなくなり、つき合いがパッタリ途絶えました。

●要介護になった父。実印を見るたびに不快な思い出がよみがえる

あれから30数年の時が経ち、老いた父は認知症のような症状も出てくるように。大人になった私は、父に代わって様々な手続きをする機会が増えました。そんななか、父の実印と一緒に保管されていた「鑑定書」と書かれた書類に驚愕。

「加藤晋印」と、印鑑に掘る文字を漢字4文字にすることで、開運になるという内容で、ハッキリいって占い自体も雑すぎると呆れました。

父に「あの印鑑、いくらしたの?」と聞くと、「たいした金額じゃないよ」とごまかしてきたのですが、しつこく問い詰めるとやっと「本当は1本40万くらいの価値があるものなんだけど3本セットだと割引になるって、100万くらい払ったんだったかなぁ」と。驚きました。
そうでなくとも気が滅入ることが多い介護。父の実印を見るたびに、当時の嫌な思い出がよみがえって不快な気分になります。

もう30年も前の話で、印鑑を売りつけてきた喫茶店は今はもうなく、オーナーの所在もわかりません。当時しっかり追及しなかった私の母や祖父母などの大人たち、そして父自身の責任でもあるのでお金の部分はあきらめていますが、今になって思えばしつこい勧誘を受けなかっただけでも助かりました。

父自身、よくも悪くも隠しごとができない性格なので、だまされやすいけれど家族がすぐに介入できたことがよかったのかも。

だいぶあとになってからテレビや雑誌などで、これがオーソドックスすぎる「印鑑商法」の手口であったことに気がついて、改めて危なかったなと感じています。

●いい人のふりをしながら近づいてくる

精神疾患がある人は、自分の居場所や人間関係を自分で壊してしまうこともあるので、周りが気がついたときには事態が深刻化してしまうケースもあるようです。

いくら家族といえども、四六時中つきっきりで生活することはできません。しかし弱い人をターゲットにし、いい人のふりをして近づいてくる団体や人物がいるということを家族や本人がしっかり認識しておくということが重要ですね。