8月26日、ジャクソンホール会議でのパウエルFRB議長発言を受けて、ニューヨークダウは大幅に下落した(写真・Bloomberg)

アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は8月26日、経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」で講演し、インフレ抑制への強い決意を表明した。金融引き締めの強化が「家計や企業に痛みをもたらす」とも言及。この講演を受け、株式市場はニューヨークダウが同日、1008ドル安となるなど世界的に急落した。アメリカをはじめとした各国の今後の金融政策や景気はどうなるのか。元日本銀行審議委員で国際経済情勢に詳しい白井さゆり慶應義塾大学教授に聞いた。

FFレートは今年末には4%へ

――ジャクソンホール会議でのパウエルFRB議長の講演は株式市場にとって冷や水となりました。

アメリカの7月のCPI(消費者物価指数)が予想より低かったことで、市場内では「FRBはそれほど利上げしない」という楽観的ムードが広がり、株価が上昇していたが、今回の講演はそうした市場に対する牽制となった。

パウエル議長の発言からすると、次回9月のFOMC(連邦公開市場委員会)ではよほどのことがない限り、0.75%の利上げが行われることになりそうだ。その後も年内は11月に0.5%、12月に0.25%の利上げが実施され、FFレートは3.75〜4%となる可能性が高いと見ている。

今回、パウエル議長は1970年代の高インフレ時代を引き合いに出し、ボルカー議長が20%近い高金利政策によってインフレ退治に成功するまでの15年間、FRBは不十分な金融引き締めによってインフレ抑制に失敗したとして、その失敗を絶対に繰り返さないという強い決意を示した。

今のインフレを考えれば、FFレートで3.5%程度というのは実質的に大した利上げとは言えない。パウエル氏の発言からして年末までに4%程度までは行くだろう。

――利上げは来年も続くでしょうか。

アメリカのインフレ率は直近7月の前年同月比8.5%(CPI)から来年にかけ低下するだろうが、FRBが目標とする2%程度まで落ち着くには時間がかかり、来年中は難しいかもしれない。そのため、来年のFFレートは4%で据え置くか、物価次第で4.25%までもう一段上げるかではないか。

読みづらいのは、エネルギー価格の行方だ。アメリカのガソリン価格は一時の1ガロン=5ドル台から最近4ドルを割ってきているが、価格高騰でガソリン消費が減ったことが主因だ。価格が下がるとまた消費が増えて価格が上がる可能性がある。

また、ここ最近、アメリカでも天然ガスの価格が急騰している。ロシアが欧州向けのガスの供給を削減し、世界的な供給懸念が高まる中、日本や中国、韓国を含めた消費国の間でアメリカ産を含めたガスの取り合いとなっている。原油価格が下がっても、ガス価格が上がっているため、アメリカのCPIは今年末でも5%前後までの低下にとどまるかもしれない。

――ジャクソンホール会議の前までは来年前半にもFRBは利下げに転じるという見方がありました。

それはありえないだろう。現在、インフレに見合う高い政策金利を課しているのはラテンアメリカぐらいで、欧米やアジアなどでは政策金利はまだかなり緩和的で、インフレを抑制するような状態にはない。アメリカも2%程度のインフレに落ち着くのは2024年になる可能性があり、来年いっぱいは高い政策金利を維持する必要があるだろう。

――潜在成長率や中立金利(景気を刺激も抑制もしない中立的な政策金利、2.5%程度)を大幅に上回る水準への利上げによって景気後退に陥る懸念も高まっています。

今回、パウエル議長は「インフレ抑制によってトレンド(潜在)成長率を下回る時期がしばらく続くだろう」と述べている。アメリカの潜在成長率は年1.8%程度だが、今後それをかなり下回ってくるだろう。来年にかけ景気後退に陥る可能性も否定できない。


白井さゆり(しらい・さゆり)/1963年生まれ。1989年慶應義塾大学大学院修了。1993年コロンビア大学大学院博士課程修了(経済学博士)。国際通貨基金(IMF)エコノミストなどを経て、2006年に慶應義塾大学教授。2011年4月から2016年3月まで日本銀行政策委員会の審議委員。2016年9月から現職(写真:本人提供)

アメリカの実質GDP(国内総生産)成長率は今年第1四半期(1〜3月期)、第2四半期と連続で小幅なマイナス成長となったが、個人消費はプラスで堅調さを保っている。

だが、今後は金融引き締めで消費需要も押し下げていくことになるため、第4四半期には消費も含めてマイナス成長となる可能性がある。今年通年でもゼロ成長に近いかもしれない。雇用についてもパウエル議長は「労働市場は強すぎる」と述べており、インフレを抑制するには現在の強い求人件数が大幅に減って自然失業率の4%を超える水準までの悪化(7月の失業率は3.5%)は仕方ないだろう。

インフレを「一時的」と見誤ったFRB

――そもそもFRBが急激な利上げを余儀なくされた原因として、2年前のジャクソンホール会議で打ち出した「平均インフレ目標」があると考えられます。インフレ率が2%を超えても当分は金融緩和を続けるという高圧経済政策に縛られた結果、インフレに対し後手に回ったという見方です。

それはその通りだろう。FRBはインフレの持続性についても、2021年秋までは「一時的」として見誤った。その結果、QE(量的緩和政策)を長く続けすぎてしまい、政策金利の引き上げも遅れてしまった。

もちろん、インフレ加速は需要要因だけではなく、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱など(FRBが制御できない)供給要因もある。次々にコロナウイルスの変異株が出てくるなど想定を超える状況もあり、FRBが失敗したと責めるのは酷な要素も否定できない。

とはいえ、今や平均インフレ目標とはまったく違う高インフレの世界に突入している。FRBが打ち出してきたフォワードガイダンス(金融政策の指針表明)はことごとく修正され、予想以上のインフレとなっており、フォワードガイダンスの信頼性は著しく低下した。むしろパウエル議長のアップツーデートな発言のほうに市場の関心が集まっている。

――株価はまだ調整が必要となるでしょうか。

今年第1、第2四半期のアメリカ企業業績を見るとアナリストの予想を上回る増益基調が続いており、その意味ではアメリカ経済のモメンタム(勢い)はまだ強い。ただ、それだけに今後は金融引き締めで勢いを抑えなくてはならず、企業収益が減って株価が下がる可能性は高いのではないか。

世界的にもこれから利上げが進んでいくと見られ、新興諸国は通貨安と金利高騰でより厳しいし、世界経済の見通しも下方修正されていくだろう。世界経済は一段と不安定化すると見ている。

9月8日のECB理事会で0.75%の追加利上げも

――欧州もユーロ圏で8.9%、イギリスで10.1%(いずれも7月の消費者物価指数)というインフレに見舞われ、利上げを余儀なくされています。

約11年ぶりの利上げを決めた7月のECB(欧州中央銀行)理事会の議事要旨には、対ドルで「パリティ(等価)」を割り込んだユーロ安によるインフレ圧力を強く懸念していることが示された。今回のジャクソンホール会議にはECBのシュナーベル専務理事やフィンランド中央銀行のレーン総裁らも出席したが、やはり同様の懸念を表明していた。

次の9月(8日)のECB理事会では、7月の0.5%の利上げに続き、0.75%の利上げを行う可能性が出てきている。さらに年末にかけて1.5%に向けて追加利上げがありうる。

欧州のインフレはほとんどが(ロシア産エネルギーの供給不安など)供給側の要因であり、需要要因の強いアメリカとは違うので、急激な利上げは景気後退につながりやすいとの見方が強かったが、ここにきてユーロ安とインフレの抑制を優先する方向に軸足を移している。

インフレ率が2桁に乗せたイギリスでは現在1.75%の政策金利ではまだ低すぎるため、年末には3%以上、来年には4%以上の水準まで利上げを行う可能性が高い。

――欧州でも景気後退懸念が高まっています。

ロシア産エネルギーの供給不安が深刻なドイツでも年内にマイナス成長に陥る可能性が高い。イギリスも来年にかけマイナス成長になるだろう。

――日本でも消費者物価指数の前年比上昇率が2%を超え、欧米ほどではないにせよジワジワ上昇しており、日銀の対応も注目されます。

今後は世界的な天然ガス価格の上昇が一段と国内物価に影響してくるのではないか。

日銀はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)で0%程度に誘導している長期金利の許容変動幅を2018年7月に拡大したのに続き、2021年3月にも変動幅を上下0.25%まで広げた。アメリカが金利を上げている現在は、変動幅をさらに拡大しやすい局面といえる。

日銀の黒田(東彦)総裁は変動幅拡大の可能性を否定している。長期金利の上限を少し上げたぐらいでは円安阻止の効果が薄いのも事実だ。

日銀は政策の柔軟性を高められるか

ただ、円安対策としてではなく、日銀がこれまでやってきたように、政策の柔軟性を高めるという意味で変動幅を拡大することは可能だろう。今よりもっとインフレ率が低い時期でも変動幅を拡大してきた。なぜ今しないのか、ということだ。

おそらく投機筋の攻撃を恐れているのだろう。6月には日銀の政策修正を見込んだ海外ヘッジファンドなどの投機的な仕掛け(国債先物売り)を受け、日銀は大量の国債買いオペで対抗した(6月の国債買い入れ額は約16.2兆円と月間最高)。変動幅を拡大すれば次の上限引き上げを試す投機が続く可能性があり、日銀はもっと国債を買わざるをえなくなる。

とはいえ、変動幅の拡大は市場の取引促進につながる。柔軟性の観点から、時が許せば検討することは可能になるだろう。

――日銀のマイナス金利政策についてはどうでしょうか。

スイスでもインフレ率が珍しく3%台に乗せ、中央銀行は6月に0.5%の政策金利引き上げを行っているが、それでもまだマイナス0.25%だ。日銀だけが異常というわけではない。国内のインフレ率がまだ2%台で、需要も弱い現状では、無理して利上げしなくてもいい状況にはある。

将来的にマイナス金利政策はYCCの枠組みの中で微調整されていく可能性はあるが、日本経済の実力から言って、日銀の低金利政策自体は維持されていくだろう。金利がそんなに高くなる経済ではないということだ。

――日銀では来年4月に新総裁(未定)に引き継がれます。

新総裁が誰であろうと、政策の柔軟性を高める方向には行くのではないか。

今の日銀に求められるのは、まずは過去10年間の黒田日銀の総括をきちんとしたうえで、マイナス金利と長期金利の関係を考えることだ。そのうえで大きな利上げのような枠組みは考えづらいが、市場の状況を見ながら柔軟性を高めることが基本となる。

そして、もっと国民との対話をやっていくべきだ。日銀の金融政策について国民の7割ぐらいがわからないという調査もあり、政策の枠組みを簡素化し、国民にわかりやすい方法に転換する必要がある。

日銀総裁が国民との対話を行い、一般国民の目線でわかりやすい説明に努力すべきだ。国民生活に密接に関わる消費者物価についてはとくにそうだ。

さらに、気候危機が世界で起きている中、中央銀行として脱炭素を目指したサステナブルファイナンス市場の発展にもっと積極的に関与することが求められる。私は近著『カーボンニュートラルをめぐる世界の潮流 〜政策・マネー・市民社会〜』において世界の中央銀行のグリーン金融政策について扱ったが、多くの中央銀行が脱炭素に向け積極的に動いている。

アメリカの長期金利が低下すれば円安収束へ

――一時再び1ドル139円台に乗せた為替市場についてはどう見ますか。

為替市場はアメリカの金利との関係が深い。とくに10年物の米国債利回りとの相関が強い。アメリカの利上げが進むにつれ長期金利も上昇し、年末にかけもうしばらく円安が進む可能性があるだろう。

ただ、アメリカの長期金利が下げに転じれば円安も収まる。すでに6月に3.5%を付けた後は上がりにくくなっており、円安も140円台を超えてどんどん進むという話ではないのではないか。

おそらくアメリカは(景気減速を受けて)再来年には政策金利を中立金利(2.5%前後)に向け下げてくるため、その前に長期金利には低下圧力が強まる。一方でFRBが今年9月からQT(量的引き締め)を本格化させることが需給面から長期金利の上昇圧力となるが、国際的な米国債への買い需要でかき消される可能性もある。全体的に見て、来年以降はアメリカの長期金利が低下に転じ、程度は別として円高方向に修正される可能性が高いのではないか。

(中村 稔 : 東洋経済 解説部コラムニスト)