防衛省が2022年6月末に発表したリリースで、今後建造する予定の哨戒艦の概要が初めて公開されました。「哨戒艦」はこれまで自衛隊にはなかった艦種ですが、何を目的にした船なのか、スペックなどとともにひも解きます。

新艦種「哨戒艦」は1隻約90億円なり

 2018年末に策定された現在の「防衛計画の大綱(防衛大綱)」で初めて明記された海上自衛隊の新しい艦種「哨戒艦」。多様な任務に対応する艦艇として、導入が進む新型護衛艦(FFM)のもがみ型とともに、海上自衛隊の変化の象徴として早くから注目を集めていました。

 その後、しばらくのあいだ音沙汰はなかったものの、防衛省は2022年6月30日、哨戒艦の新造に向け、ジャパンマリンユナイテッド(JMU)を主契約者に選定したと発表。その概要と合わせてイメージCGを発表したことで、インターネット上などでは改めて話題の存在になりました。

 とはいえ、いまだ不明な部分も多い海上自衛隊の哨戒艦。いったい、どのような船なのか、防衛省の公表資料をひも解きながら見てみます。


海上自衛隊の護衛艦。手前左があきづき型、奥がはつゆき型。後者は全て退役済み(深水千翔撮影)。

 防衛省によると、哨戒艦の建造費用は1隻当たり約90億円を想定しているそうで、建造契約は2023年度以降に締結する予定です。下請負者には三菱重工業が選定されており、JMUと三菱重工グループのヤードで建造が行われます。防衛装備庁によれば三菱重工は2番艦と6番艦の建造を担うとされています。

 哨戒艦は、中国など周辺国の海洋活動の急速な拡大、活発化が続く中、日本周辺海域の警戒監視を通常時から長期間にわたって行う艦艇として導入が決まりました。主任務である洋上での警戒監視の特性を踏まえて、長期滞洋性を確保するとともに、少人数での運用を可能とするため、もがみ型護衛艦などと同様、自動化・省人化を図っています。

 現防衛大綱では12隻を整備する計画が示されており、2019年度から2023年度の装備品の見積もりを定めた「中期防衛力整備計画(中期防)」では、このうち4隻を建造するとしています。併せて哨戒艦部隊の新編も明記され、もがみ型護衛艦と連携した常続監視態勢の強化も図っていくとしています。

 一方で防衛装備庁は、取得数について「新たな国家安全保障戦略等の策定を通じて検討していく」としており、建造される隻数の変動もありそうです。

装備や船体規模は海保巡視船と同レベル

 JMUが提案した哨戒艦のデザインは、ステルス性を考慮したと思われる角ばった船型となっています。基準排水量は1920トンで、全長は95m、最大幅は12m。機関はディーゼル電気とディーゼルの複合推進(CODLAD形式)を採用し、最大速力は20ノット(約37km/h)以上と明記されています。

 武装は艦首側に30mm機関砲1門を装備。艦尾側にはヘリコプターの着艦も可能な多目的甲板を備えているほか、USV(水上無人機)やUUV(無人水中航走体)のような機材の運用を想定したと見られる艦尾揚収装置や多目的格納庫、多目的クレーンも確認できます。


防衛省が公開した哨戒艦のイメージ(画像:防衛省)。

 また艦首底部にはバウスラスターを装備していることから、タグボートの力を借りずに出入港が可能だと思われ、これにより十分な設備がない港へも入ることができるでしょう。もちろん波の荒い外洋で行動することを前提としているため、横揺れを抑えるための減揺タンクも備えています。

 このため、広い甲板を活用して多用途支援艦のように、一種の「便利屋」としても重用されそうです。

 乗員数は30人程度を想定しているとか。この人数は、あきづき型護衛艦(基準排水量5050トン)の約200人はもちろん、最新のもがみ型護衛艦(基準排水量3900トン)の約90人と比べても極めて少なく、補助艦であるひびき型音響測定艦(基準排水量2850トン)や、ひうち型多用途支援艦(基準排水量980トン)の約40人と同程度です。

 これは哨戒艦が洋上の警戒監視をメインに運用する艦種であることから、人員を減らしても十分な能力を発揮できると判断されたためであり、自動で岸壁に離着岸することを可能にする「自動離着桟機能」や、火災時の消火活動を遠隔で実施することが可能な「統合監視制御装置」といった省人化に対応した機能を盛り込む予定です。

 船体の規模としてはヘリ甲板を備えた海上保安庁のひだ型巡視船(1800総トン)が全長95m、最大幅12.6mとサイズ的には近く、そう考えると竣工後の大きさをイメージしやすいのではないでしょうか。

外国艦船でいうとどの程度?

 海上自衛隊が計画する哨戒艦と同様の役割を持つ外国艦船としては、フランス海軍のフロレアル級フリゲート(基準排水量2600トン)や、イギリス海軍のリバー型哨戒艦バッチ2(満載排水量2000トン)が挙げられます。

 前者は、太平洋やインド洋に点在するフランス海外県や同海外領土の警備に用いられており、後者は国境警備や海外領土の防衛、漁業資源の保護といった多様な任務に投入されています。


JMU横浜事業所の外観(深水千翔撮影)。

 防衛省は哨戒艦の建造にあたって、もがみ型護衛艦と同じように、企業から技術的に優れた提案を募る、企画提案方式を用いていました。防衛装備庁はその理由について「艦艇勤務隊員の人員の確保が課題になっていることも踏まえ、自動運航技術・省人化技術など、国内造船所に培われた高い技術力を用いて設計・建造する必要があるとともに、艦艇の設計・建造基盤を維持しつつ、将来の技術及び価格的競争性を確保することが必要なため」と回答しています。

 そのやり方で、高度な艦艇設計・建造、搭載装備品などに係る関連企業の管理能力、設計から維持整備までの一元管理能力、この3つの観点から総合的に評価した結果、いずれもJMUが高い得点を得たとしています。

 このため、JMUが哨戒艦の設計や建造の主契約者(随意契約)となり、次点となった三菱重工は、提案を採用された者の下請負者として、設計に参画するとともに一定隻数の建造を担うことになりました。

 建造ヤードはJMU横浜事業所の磯子工場、三菱重工長崎造船所、そして三菱重工マリタイムシステムズ玉野本社工場(旧三井E&S造船玉野艦船工場)の3か所が考えられます。

哨戒艦建造で造船所の維持にも光明が…

 1990(平成2)年には計6社あった海自の水上艦建造ヤードも、今やJMUと三菱重工グループの2社のみ。JMUは艦艇の新造を横浜事業所に集約しており、磯子工場では空母化が決まった海自最大の艦艇、いずも型護衛艦(基準排水量1万9500トン)や、いわゆるイージス艦と呼ばれるまや型護衛艦(基準排水量8200トン)などを、鶴見工場では船体材料にFRP(繊維強化プラスチック)複合材料を採用した、あわじ型掃海艦(基準排水量690トン)などの建造を担ってきました。

 一方で日本の造船業自体が、中国・韓国との競争や資機材価格の高騰などで苦境に立たされており、JMUも艦艇ヤードである横浜事業所の操業を維持し続けるには、艤装の密度が高く工数も多い艦艇の手持ち工事を複数隻、確保することが求められていました。

 JMUが哨戒艦の開発・建造を手掛けることで、同社としても横浜事業所の維持に光明を見出すことができるようになったともいえるでしょう。また、これで自動化・省人化がさらに進んだ次世代の自衛隊艦艇の実現にも筋道を立てられるようになるため、将来艦船の設計・建造にもつながっていくのではないでしょうか。