ベストセラー小説『三千円の使いかた』(中央公論新社刊)の作者であり、7月27日に『財布は踊る』(新潮社刊)を上梓する作家・原田ひ香さん。身近な家計やお金をテーマにした作品は多くの読者の共感を呼んでいます。

『財布は踊る』原田ひ香さん×ESSE・尾崎統括編集長のスペシャル対談

今回は、話題の小説家・原田ひ香さんと、日々の暮らしや節約など、常にリアルなテーマを追い続けている、生活情報誌『ESSE』編集部・尾崎統括編集長の夢の対談が実現! “節約”は私たちを幸せにしてくれるのかをテーマに、それぞれの想いを語ってくれました。

●ネタ元は生活情報誌?「節約」が小説になる斬新さ

尾崎:原田先生の『三千円の使いかた』、そして新作の『財布は踊る』も拝読しました。すごくリアルに一般家庭の家計管理や節約ぶりが描かれていて、しかもそれが主題に近いことに驚きました。節約生活や家計が小説のテーマになりうるんだ、ってかなり衝撃を受けたんですよね。でも、むしろその身近なテーマこそが多くの読者を惹きつけるんでしょうね。

原田:お金って、個人はもちろん家単位、国単位、世界規模でも大きなテーマですよね。なのになぜか「節約」って、ずっと「みみっちい」という扱われ方をしてきました。でも、今や時代は大きく変わったな、と思うんです。個人や家族単位の家計の動きって、じつは国の経済と連動してるんだと気づいたときは大興奮でした。これをいつか小説に書きたい! って。それが一連のお金をテーマにした作品の始まりなんです。きっかけは『ESSE』をはじめとする、生活情報誌だったんですよ。

尾崎:つくり手側からすると、本当にうれしいお言葉です。

原田:今から10年以上前、たまたま美容院で渡されて生活情報誌を初めて読んだんです。各家庭での節約アイデアがたくさん載っていて、月に2〜3万円は貯金していると。まだお子さんが小さくて、目標貯金額は100万円です、この子が大学に入るまでに…とかっていうコメントを見て「すごいな!」と思ったんですよ。

生活は決してラクじゃないはずなのに、ちゃんと栄養バランスを考えた食事をとって、貯金もして。家はさっぱりと片づいていて、旦那さんはちょっとイケメン(笑)。

●節約はネガティブなものではない

尾崎:そうなんです。節約といってもそんなに悲壮感はなく、ゲーム感覚というか、楽しんでいる印象です。

原田:これはおもしろい! と思って、それからずっと、生活情報誌を毎月観察し続けてるんです。そしたらあるとき、「いつかは100万円!」って言ってた人たちが「目標1000万円」って言い始めた。

あれ? と思ったらアベノミクスで少し景気が上向いたタイミングだったんですよね。それまで食費は月2万円だったのが3万円になって、少し余らせる。そのお金はたまにお友達とランチしたり、欲しいものを買うなど、自分のためのごほうびに充てたりして。家計を預かる人の意識は日本の経済とちゃんと連動してるんだ、と実感しました。

尾崎:まさしくそうなんですね! ところで、小説の中には安い食材でササッとつくれる節約レシピも登場しますが、ああいうネタも雑誌からですか?

原田:ええ、参考にさせていただいてます。今、食にまつわる作品を書いてるんですけど、とんかつってどれぐらいまで薄くできるだろうと思って、あれこれ試したりしてるんです。

尾崎:えっ、ミルフィーユとんかつですか(笑)!? 実際に原田先生がつくられるんですね!

原田:やらなくてもある程度は書けると思いますが、やってみるとその人物の気持ちになれるというか…。新しい発見があると話も膨らみますし。そういう実用的な意味でも、生活情報誌は私にとって欠かせない存在なんです。

新作は節約がきっかけのサスペンス…?

尾崎:『三千円の使いかた』はホームドラマチックでほのぼのとしていたのが、新作の『財布は踊る』はよりシビアというか、サスペンスな雰囲気もありますね。

原田:若い主婦がずっと欲しかったブランド物のお財布を手に入れるところから始まるので、最初は家族の物語なんです。が、その財布が持ち主の手を離れて転々とするうちに、いろんな人に関わっていく。前作は家族の家計の物語でしたが、今回はもうちょっと経済をテーマにしよう、というか、いろんな人を描きたかった。借金の返済に苦労している人も出て来るし、犯罪に手を染める人も!

尾崎:お金の使い方とか借金についての考え方とか、ちょっとしたことが人生の分かれ道になっていくんだな、というのがすごくリアルでした。

原田:だれもが一歩を踏み出す物語なんです。その一歩はきっと人生のターニングポイントなんだけど、踏み出したことが必ずしも幸せにつながるのかどうか、それはまた別な話。お金というのは力なんですよね。その力を手に入れたり、あるいはそれにしばられたりする中で、人の考え方がどう変わっていくのか…。

作品に若い男性がふたり登場するんですが、1人は犯罪者に、1人は地道に家庭を築く。その違いはほんの些細なことでしかないんですよね。自分の暮らしやお金のことを、ちょっと立ち止まってきちんと正すことができた人から、幸せをつかんでいく。そんな物語にしたかったんです。

尾崎:ここ数年、ものを「捨てる」がブームになって、少ないもので賢く暮らすのがオシャレ、スマート、っていう価値観に変わってきましたよね。そのあたりも、暮らしを正した結果なのかな、と思いますね。

●暮らしを正した結果、「投資」が身近なものに

尾崎:今回は不動産投資の話題も出てきますが、比較的夫の言いなりだった専業主婦の主人公が夫の借金をきっかけにお金について考え始めて、ついには小規模ながらも不動産投資までするようになる。これはすごい成長ですよね。

原田:決して便利な立地ではない場所の中古物件を安く買って、経費をかけずに自分で改築して貸し出す。不動産業界に詳しい人には目新しい話ではないでしょうが、知らない人はまだまだ多い。そんな「へえ!」と思えるようなことを盛り込むのも、小説のおもしろさだと思っています。

尾崎:今やNISAやiDecoなどもあって、投資というのがとても身近になってきていますよね。

原田:ツイッターなどで金融関連の書き込みをチェックしていますが、投資は男性だけのものではないし、節約も女性だけのものではなくなってきていますよね。男性でもポイ活にいそしんでいる人はたくさんいますし。

●コロナ禍でだれもが「生活の当事者」になった

尾崎:コロナ禍でだれもが自宅で過ごす時間が増えて、夫が四六時中家にいることで、むしろ「家事負担が増えた」という妻側の声もありますよね。その一方で、夫は生活の実態を目の当たりにするようになって、「家事の分担や節約の意識も芽生えた」という側面もあるかもしれません。一昔前の「仕事人間」みたいな方は減ってるかもしれませんよね。

原田:今、資産形成や投資に興味のある人の間ですごく流行っているのがFIRE(経済的に自立しながら早期リタイアすること)ですよね。若い時代に精いっぱい働き、節約や投資でお金を増やして老後に備え、元気なうちに引退して人生を楽しむ。みんなそんなにお勤めが辛いのかしら? と思うほど、FIREしたがっている人は多いですね。

尾崎:そんなにFIREしたい人が多いっていうことは、家族との時間をもっと大事にしたい人が増えたということでしょうか。仕事は引退できても家事は一生続くんだから、リタイア後、ちゃんと家事を分担してくれたらいいですけどね(笑)

原田:『財布は踊る』の主人公は自分の力でお金を得るようになったことで、生き方を考え直します。その決断が正解だったのかどうかはわかりませんが、少なくともお金が人生に与える影響は決して小さくないんだというのは確かですよね。

尾崎:今回は色んな登場人物が出てきますから、読む人がどのキャラクターに自分を当てはめてもいい。「自分ならどうするかな?」と考えるきっかけになる作品ですね。

原田:そう言っていただけるとうれしいです。