イラスト・山田紳

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※2022年6月22日時点

自民党の首相経験者たちが陰に陽に首相の岸田文雄を支えている─。物価高騰対策を実行するための2022年度補正予算が波乱なく成立し、岸田は参院選への手応えを感じているようだ。岸田が掲げる経済政策「新しい資本主義」の実行計画を閣議決定し、経済財政運営の基本指針「骨太の方針」には「防衛力の抜本的な強化」を盛り込んだ。順風満帆にみえるのも、首相経験者の下支えがあるからだ。参院選で自民党が勝利すれば岸田の力はグッと高まる。それをにらんでの3人の動きとも言えそうだ。

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レッテル貼り不発

 立憲民主党代表・泉健太「おそらく物価が上がる品目は6月、7月で3000品目を超える。まさに値上げの夏だ。異次元の物価高騰であり、『岸田インフレ』だと言われている」

 岸田「昨年来、状況が変化している中で、政府として順次、対策を講じている。燃油だけでなく、物価高騰対策をしっかり行っている」

 衆院予算委員会で6月1日に実施された集中審議。野党側による「レッテル貼り」に岸田が気色ばむ場面がみられた。「早く反論させてくれ」と言わんばかりに予算委員長に向かって挙手し、何度も答弁を求めた。

 5月25日に始まった2022年度補正予算案審議は、野党にとって「最大の見せ場」となるはずだった。しかし、追及不足に終わり、補正予算は5月31日にあっさりと成立した。立憲民主党だけでなく、他の野党にも焦りの色が浮かぶ。

 そのためか、この日の集中審議は岸田政権に負のイメージを植え付けようとするレッテル貼りが相次いだ。

 日本維新の会共同代表・馬場伸幸「岸田内閣をたとえて、『無策無敵内閣』と言われている。どういう感想をお持ちか」

 岸田「様々なご指摘は謙虚に受け止めなければならないと思うが、『無策無敵内閣』と言われると、やはり私としては具体的な結果を出していると申し上げなければならない」

 れいわ新選組の衆院議員・大石あきこは、岸田に向かって「『資本家の犬』『財務省の犬』。総理、飼い主を間違えたら駄目。総理の本来の飼い主は国民でないと駄目じゃないですか! 」と語気を強めた。さすがに岸田は答弁することはせず、予算委員長の根本匠が「質問に
あたり用語の使い方には十分お気をつけください」と注意を促し、集中審議を終えた。

 もっとも、いずれのレッテル貼りも岸田内閣の高い支持率を揺るがすほどの決定打にはなっていない。逆に、支持率低迷を続ける野党側の苦しい状況が浮き彫りになった。岸田に近い自民党議員は「総理は戦闘モードに入った」と指摘する。

 通常国会の論戦を「安全運転」に徹し、波乱が予想された補正予算案審議も乗り切った。いよいよ岸田は参院選後を見据えながら臨戦態勢に入ったようだ。



自由に言える立場

 参院選後を見据えているのは岸田だけではない。自民党の首相経験者の面々も同じだ。

 元首相の安倍晋三はこのところ、岸田政権に対する発信を強めている。政府が6月7日に閣議決定した「骨太の方針」を巡っては、防衛費の増額にこだわり続けた。

 骨太の方針の原案には、ロシアによるウクライナ侵略を踏まえ、「国家安全保障の最終的な担保となる防衛力を抜本的に強化する」と盛り込まれていた。従来の「防衛力を大幅に強化する」という表現を「抜本的に」と強めていたが、安倍は首を縦に振らなかった。

「国内総生産(GDP)比2%以上を念頭に、5年以内に防衛力の抜本的な強化に向けて必要な水準を達成することを目指すと骨太の方針に書くべきだ」と主張し、増額の数値目標と達成時期を明記するよう求めた。

 22 年度の防衛費は約5兆4000億円で、GDP比1%ほどだ。これまで1%程度で推移しており、2%以上への増額には5兆円規模の予算が必要となる。連立与党の公明党サイドは慎重な姿勢を示したが、安倍はこう訴え続けた。

「北大西洋条約機構(NATO)加盟国の正面にあるのはロシアだけだが、日本は中国と北朝鮮も加わって、はるかに状況は厳しい。GDP比2%を超える額が必要だ」

「骨太の方針には国民の生命と財産、領土・領海・領空を守り抜くという国家意思を示すべきだ」

 政府は最終的に「5年以内」「GDP比2%以上」を盛り込んだ骨太の方針を閣議決定した。

 強硬姿勢を貫いた安倍は、防衛力を強化させるタイミングは今しかないとみる。ウクライナ戦争は「対岸の火事」ではなく、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しているという意識が国民に広がっているからだ。

 実際、主要メディアの世論調査では、防衛費増額に賛成する声は、毎日新聞76%▽日経新聞55%▽産経新聞62%─などと半数以上を占めている。

 15 年に集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法を成立させた安倍には、「戦争法だ」「徴兵制だ」といったレッテル貼りを受け、内閣支持率を大きく落とした苦い記憶がある。それでも、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮や、覇権主義的な行動を強める中国に囲まれる日本は、米国との同盟関係を深化させる必要があるという信念は揺らいでいない。

 安倍は6月3日のインターネット番組で、当時の思いと今を重ねながら、こう心情を吐露している。「私はいま総理大臣でも内閣の
一員でもありませんから、自由に言える立場なのです。私も総理大臣時代、自民党内でこういう発言をしてくれればいいのになあ、と思うこともあった。いま私がすべきことは、政府としてなかなか言えないことを言うことではないかと思っている」

 安倍は、防衛費だけでなく、国と地方の基礎的財政収支(PB)の黒字化を巡っても党内議論を主導し、「2025年度」としてきた年限目標を骨太の方針から削除する流れをつくった。原案の段階では「2025年度のPB黒字化を目指す」とあったが、安倍は自ら財政規律を重視する自民党財政健全化推進本部の本部長、額賀福志郎らを説得して回った。



三者三様の援護射撃

 安倍が岸田政権に対し、発信を強めるという「動」の援護射撃を行っているとすれば、発信を控える「静」の姿勢に転じることで間接的に支えているのが前首相の菅義偉といえる。

 菅は5月23日夜と27日夜、元首相で自民党副総裁の麻生太郎と会食した。2人が1週間に2度も会食するのは極めて珍しい。都内の麻生邸で行われた27日は、親交のある菅の妻・真理子と麻生の妻・千賀子の夫人同士がセットした食事会だったこともあって、党内外で様々な憶測が広がった。

 菅は官房長官として、麻生は副総理兼財務相として長く安倍政権を支えてきたものの、昨年9月の自民党総裁選で対応が分かれた。麻生は現在、党副総裁として岸田政権を支えている一方、岸田と距離を置いた菅は「非主流派」と位置づけられている。

 菅が立ち上げる予定の勉強会に参加しようと、麻生が率いる麻生派(志公会)から所属議員4人が飛び出したことから、決定的な亀裂が入ったとされた。

 菅の勉強会は事実上の「菅派」とみられ、二階派(志帥会)や森山派(近未来政治研究会)などの非主流派を束ねる核になると主流派は警戒する。

 ただ、菅は発足時期を参院選後に延期した。新型コロナウイルスの感染状況やウクライナ情勢などに配慮した。党内抗争で混乱を招き、参院選に悪影響を及ぼすことは避けるべきだとの判断もあった。

 そうしたタイミングで、菅と麻生が接近したことから、岸田に近い議員は「これで結束して参院選に臨めるし、勝てるのではないか」との見方を示す。菅にしてみれば、非主流派を糾合できても有力な「ポスト岸田」議員がいないままでは、岸田が参院選に勝利したときに厳しく対峙することは難しい。

 非主流派であり続けるよりも、岸田との距離を縮めて参院選後に一定の影響力を示した方がいいとの思いがありそうだ。

 菅は麻生邸での会食から4日後の5月31日、今度は安倍と東京都内のフランス料理店で夕食を共にした。やはり夫人同伴だった。食事をとりながら安倍が菅の勉強会に水を向けると、菅は「これまで派閥の弊害を批判してきた」と語り、改めて「菅派」の旗揚げには慎重な姿勢を示したとされる。



改造・人事に照準

「いま国際社会でいろいろとリーダーがきつい立場に追い込まれているが、参院選をやり遂げ、日本は確実に岸田のもとでまとまっているという安心感を世界に与える。そういった国になっていかなければいけない。大事な選挙なので、よろしくお願いする」。麻生は6月上旬の麻生派会合で、参院選に向けて結束を呼びかけた。

 そして、麻生は6月6日夜、安倍と都内のフランス料理店で会食し、参院選の情勢などを巡り意見交換した。この日は2人きりだった。安倍政権時代、麻生と安倍は重要な政治日程の前になると必ず2人きりで意見を交わしてきた。それだけに今も盟友関係にあることをアピールする場になった。

 自民党の最大派閥・安倍派(清和政策研究会)の会長を務める安倍をはじめ、菅と麻生という首相経験者3人が三者三様に岸田を支え始めた。それぞれ照準を定めているのは、参院選後の内閣改造・党役員人事にほかならない。

 岸田が参院選に勝利すれば、大型の国政選挙を気にする必要のない「黄金の3年」を手にし、自身が掲げる政策の実現に向けて突き進むことができる。3人の首相経験者らへの配慮を欠かさず、党内のバランスを重視した人事をするのか。それとも、派閥にとらわれず、思い切った独自の人事を断行するのか。早くも永田町の関心は参院選後に移りつつある。

 そうした中で、岸田へのレッテル貼りも不発に終わった野党勢力は、反転攻勢への足がかりさえつかめずにいる。野党の首相経験者である立憲民主党最高顧問、菅直人は5月下旬、大阪市内の街頭演説でこう訴えていた。

「いまの間違った日本維新の会の政治、いまの自民党の政治、中でも特に安倍さんたちの右寄りの政治に歯止めをかけ、もう一度しっかりした日本の政治を立て直す。そのために力をお貸しいただきたい」

 本丸の岸田を攻め切れなかったため、岸田を支える安倍らに矛先を向けたようだが、大きく潮目が変わる気配はない。(敬称略)