※この記事は2021年10月05日にBLOGOSで公開されたものです

日本で「ゴーストレストラン」という言葉が使われ始めたのは2019年の秋くらいから。コロナ禍で急成長するフードデリバリー(以下、出前)のバックヤードといえば分かりやすいだろう。一般的には客席がなく、宅配専門で調理、販売だけをする飲食店のことである。

難あり立地に複数キッチン・複数業態が基本

現場を見せていただこうと渋谷駅近くのJR山手線高架下にある「ゴーストレストラン 渋谷」を訪ねた。駅直結の「渋谷ストリーム」内となっているが、本体のビルとは少し離れたところにある37坪(122平方メートル)のスペースで、2020年12月まではメキシカンレストランが入っていた。

視認性はそれほど高くはないが、渋谷駅の、人の集まる再開発エリアに近い立地で、退店があったら次もレストランを入れれば良い気がするが、できない理由があった。渋谷区の開発計画に引っかかっており、店舗部分は何年か後に取り壊されるかもしれないというのだ。

ゴーストレストラン渋谷を運営するフードビジネスニュースサイト「フードスタジアム」の代表取締役社長・大山正氏は話す。

「飲食店は内装や設備に費用がかかりコスト回収のため2~3年といった短期での契約はしません。最低でも5~6年。それを考えるといつ取り壊されるか分からない物件を一般の飲食店が借りる選択はありません。かといって不動産オーナーとしては高架下の店舗を閉めたままで暗くしておくと落書きをされたり、外飲みの場になったり治安に影響が出かねないという懸念もある。そこで私たちは新しい使い方として半年、1年の契約でも可能なゴーストレストランを提案し、居抜きで借りることにしました」。

ゴーストレストランの場合、立地に客がつくわけではないので、短期で移転しても店は困らない。そのため不動産オーナーはこの物件のように契約期間が明確に定められない場合や取り壊し前の不動産などでも貸せるわけである。

調理するだけなら実店舗に求められる立地や視認性の良さは必要ないため、客に足を運んでもらうには難のある立地もゴーストレストランなら可能。貸す側にしてみれば難あり立地を借りてもらえることになり、借りる側からすると難がある分、安く借りられる。双方にとってウィンウィンなのである。

さて、ゴーストレストラン渋谷は、以前は100席程度の広い店舗だった。奥には向かい合う2つのキッチンがあり、現在は2店がそれぞれ使っている。1店は個人で唐揚げ、冷麺の2業種で営業、もう1店は大山氏らがうどん、肉すい、お茶漬け、スープ、ホットサンド、リゾットなどの13業種を提供している。

「食べに行く店を探す時もそうですが、出前でも料理のジャンルで探す人が多いため、それに合わせて複数の業種を用意しています。ラインナップは材料を共有できるメニューで、幅広い人に選んでもらえるように考えた結果です」。

同じ食材でうどん、お茶漬け…食材の無駄を省いて多様なメニュー

複数業種の展開はフードデリバリーというビジネスの特徴を踏まえたもの。フードデリバリーは飲食店と違い、飲み物で利益を上げることができないため、確実に収益は上がるとはいえ、利幅は良くて10%ほどだ。ある意味、ハイリターンは望めない「化けない業種」なのである。そこで経営に当たっては難あり立地で家賃を抑えるのはもちろん、その他の固定費をいかに効率的に使うかが肝になる。

そのための方法のひとつが材料を共有できる、メニューの複数業種展開で、食材の無駄を省くというやり方だ。たとえば「肉すい」は元々肉うどんのうどん抜きというメニューである。そのため、うどんと肉すいなら同じ出汁を使い、うどんを入れるか入れないかで作り分けられるし、お茶漬けも同じ出汁が使える。スープに米と野菜を入れればリゾットになり、ホットサンドの店にスープがあっても不思議はない。

使う材料のうちの9割が冷凍あるいはドライの加工食材というのも固定費削減に大きな意味を持つ。食材の無駄を出さずに済むのだ。

「雨の日にはデリバリーのドライバーが減るため、売り上げが落ちるなど波があり、それによって食材を廃棄せずに済むように考えると加工食材あるいはどこででもすぐ手に入る食材を中心にしたメニューのほうがロスがないのです」。

例えばハンバーガーにするとバンズが必要になるが、ホットサンドなら普通の食パンを利用するので万が一材料が足りなくなったら近所のコンビニに買いに走れば良い。実に効率的に固定費を抑えるべく考えられているのである。

材料、メニューの共有は作業の手間を省き、人件費を抑える意味もある。うどんとハンバーガーを同時並行で用意するのは1人では難しいが、うどんと肉すい、お茶漬けなら中に入れるものやトッピングを変えるだけなので1人、しかも料理人でなくアルバイトで対応できる。ゴーストレストラン 渋谷では昼時の11時~13時、晩ご飯時の18時~21時はアルバイト2人、それ以外の時間は1人体制の1日平均1.7人で回しているそうだ。

料理人が腕で勝負する店ではないからこその「こだわり」

と書くと、効率的で味気ない印象を受けるが、実際のメニューには様々な品が用意されており、選ぶのに迷うほど。これは大山氏が実際にデリバリーのドライバーを経験し、どのようなユーザーがどのような場面で出前を利用しているのかをリサーチした結果だ。

「出前は家に調理器具がない人、食欲はないけどとりあえず何か食べておこうという人など実に様々な人が利用していますし、外食時と違い、急かされることがないので時間をかけてゆっくりメニューを選びます。それを考えるといろいろあって選べる店のほうが良い。

ファミリーに選ばれるならお父さんのおつまみになる品、子どもが喜びそうな品もあったほうが良いでしょうし、働く女性に選ばれるならホットサンドのほかにヘルシーな一品が好まれる。料理人が腕で勝負する店では料理人は作りたいものを作りますが、出前では美味しさに加え、どういう人がどういう場面で選んでいるかを想定することも必要。マーケティングのスキルが求められる業種というわけです」。

そのためか、新規参入ではIT系の事業者が少なくないという。普通に飲食店を出すためには不動産を借りるだけで500万円~、20坪のスケルトン物件を改装し、店をオープンできるようにするためには1000~1500万円はかかるとされており、初期投資が大きい。だが、ゴーストレストランなら立地、内装にこだわる必要がないため、その分、賃料が安い物件で内装に費用をかけずに始められ、利幅は限定的とはいえ確実に収益が上がる。

たとえば「ゴーストレストラン 渋谷」の場合、7月の月間売り上げは480万円。3月初旬からの営業で当初はUber EATSだけの扱いだったが、その後、foodpanda、Woltなどの扱いが始まっており、それに応じて今後の売り上げ増が見込めるという。

大山氏が手掛けている他店舗でも13坪(43平方メートル)で月に1200万円売り上げている。また、従前は1棟で月額26万円の賃料だったものを改装して1~2階をゴーストレストランに、それ以外をオフィスなどとして貸すようにしたところ賃料が約2倍になった例もある。現在、同社には新たにゴーストレストランを開きたいという問い合わせが事業者から殺到していると言えるほどの状況になっているそうで、今、もっとも勢いのある業態と言っても良さそうである。

渋谷より高井戸のほうが「好立地」な理由

これまでの飲食業、不動産業の常識では立地や視認性に難ありとされた物件がゴーストレストラン業界では活用されているようだが、それ以外にも変わりそうなものがある。地域の見方や賃料設定である。

飲食店経営で考えると渋谷は競争も多い分客も多い好立地だが、出前、ゴーストレストランの観点からは必ずしも良いとは言えない。「中目黒は渋谷の1.5倍の商圏を持っていますし、高井戸は渋谷の倍、中野に至っては3倍です」と大山氏。これまでは駅の乗降客数、就労人口などから商圏を考えていたが、出前の世界では違う指標で見るべきだというのだ。

「出前ではキッチンから半径1.5~2キロ圏内がコアな商圏。そこにどれだけの人が住んでいるかがポイントです。ところが渋谷はそもそも住民が少ない上にIT企業が多いのでテレワークで就労人口も大きく減少。加えて昨今は飲食店が軒並み出前をするようになっており、超激戦区となっています。

一方、先日高井戸に出店したところ、初日に10万円の売り上げでした。住宅街では出前も、そもそもの飲食店も足りていないところが多く、ブルー・オーシャンとなっています。居住人口があるところが良いのです。ただし、ドライバーの問題があるので、住宅地ならどこでも良いというわけではありませんが」。

都心ではこうした状況に合わせ、これまでこの地域はいくらと自動的に決めていたテナントビルの家賃を見直し、売り上げに対する歩合制で募集を始める例も出てきた。これまでのように一方的に決めた家賃では入ってもらえないという危機感だろうか。内装などもオーナー負担で出店リスクを抑えた募集となっており、不動産オーナーサイドの意識の変化が感じられる。

背景には「入っていた店舗が出てしまった後をどうするか」という不動産オーナーの不安による問い合わせの増加がある。今までと同じ貸す側の家賃設定だけでは貸せないようになってきているのである。

立地の悪いビジネスホテルを活用

日本で「ゴーストレストラン」という言葉が使われ始めた当初の2019年秋頃からゴーストレストランに注目してきたという大山氏は、飲食店が出前などの中食ニーズを取り込むことで飲食店の生産性の低さ、人手不足、出店のための過大な投資、店舗数の過剰さなど業界が抱える様々な課題を解決できるのではないかと推論、仮説を立てて取材をしてきたという。

ほぼ同時期の同年12月に相談が大山氏に持ち込まれる。

「2019年は東京五輪を目前にビジネスホテルの竣工ラッシュだった時期。相談されたのは立地の悪いビジネスホテル1階の飲食フロアです。朝食が終わった後の使われていない空間をなんとか使えないかというのです。そこで提案したのがゴーストレストラン。加えてデリバリーで収益を安定させることでテイクアウトや飲食フロアを利用したカフェ、・バー営業、ルームサービスに展開できる可能性もあります。それが受け入れられ、営業を開始したのが2020年1月。これが大ブレークしました」。

残念なことにその後のコロナ禍でホテル自体がM&Aされてしまい、ゴーストレストランも移転を余儀なくされた。しかし、飲食業の実務経験がない人間が運営しても成功するのであれば、このノウハウを広めることで飲食業全体の底上げができるのではないかと考えた大山氏は2020年3月にはシェアブランドという事業を立ち上げる。

さらに2021年3月には建築、不動産、金融の専門家とともにゴーストレストランの企画・開業・運営からメニュー開発、商材の提供までを幅広く行うGRC株式会社を設立、自分たちでも複数の店舗を運営している。

着目し始めた後にコロナ禍となり、出前が急速に成長・普及したのは想定外だったが、それに伴ってゴーストレストランのニーズも急増している。この傾向は今後も続くと大山氏。

「長引く外出、外食自粛で出前の便利さを知った人が多いはず。コロナ以前の日本の出前利用率は外食全体のうちのわずか1%でしたが、韓国では20%あり、欧米でも10%以上。自国の料理だけでなく、世界中のあらゆる料理を楽しむ日本の食生活を考えると手軽に幅広い味が提供できる出前にはまだまだ、伸びしろがあります。それに揚げ物のように飲食店のフライヤーで揚げたほうが間違いなく美味しい品もあります」。

ゴーストレストランは既存の飲食店の脅威になるか?

ところで、これだけ出前が普及し、今後も伸びるとすると既存の飲食店には脅威ではないのだろうか。大山氏に聞くと「外食に行く人と出前を頼む人は基本別」という。それに、出前を脅威と思うのではなく、出前ができるようにしておくことは従来の飲食店にとっても重要だと指摘する。

「これまでの飲食店における低い生産性などの問題を考えると、出前やECもできるようにするなど事業の多角化は必須。今後起こりうる社会変動やリスクに対応していくには脆弱な経営基盤を安定させていく必要があり、今回のコロナ禍はそのきっかけのひとつ。飲食業では時代に適応するために『チャレンジ』する店舗が生き残っていくのだろうと思います」。

おそらく、それは飲食業だけではあるまい。コロナ禍は幾多の危機を生んでいるが、一方で変革のきっかけにもなっているのである。