ネット上に軋轢を生んだ「不滅の言葉」 --Twitterにフリートが導入された本当の理由 - 御田寺圭
※この記事は2020年11月24日にBLOGOSで公開されたものです
24時間で消える「時間とともに去る言葉」をTwitterが導入
発信後24時間で削除される新機能「フリート」をツイッターが導入するという報せは、大きな話題となった。
Twitter Japanは11月11日、投稿が24時間で消える新機能“Fleet（フリート）”の導入をモバイルアプリ上で開始しました。ユーザーは本日以降、順次利用可能になります。（中略）
Twitterがユーザーに聞き取り調査をしたところ、発信者としてフォロワーが読みたい内容を意識してしまい、「渋谷なう」のように気軽にツイートできなくなっている、という意見があったとのこと。Twitter初心者が気軽に投稿できるだけでなく、日ごろは趣味に関する投稿をしているところに、別の話題や日常に関するツイートは「TL（タイムライン）を汚してしまう」と避けがちになるヘビーユーザーが投稿しやすくなる効果もありそうです。
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ガジェット通信『「TLを汚さない」「“渋谷なう”と気軽に言える」 Twitter Japanが24時間で投稿が消える新機能“Fleet”を導入開始』（2020年11月11日）より引用
https://getnews.jp/archives/2804645
一見すれば、さながらインスタグラムの「ストーリー」機能に酷似した機能であるように見える。
時限式で消える言葉を綴るのは「いま感じていることをつぶやこう」という、いまとなってはすっかり形骸化したツイッターの「ツイート」の本来のコンセプトにより近いようにも見える。当初は突然の新機能導入に戸惑いの声が多かったものの、次第に多くの人が「フリート」することに慣れはじめ、新しいコミュニケーション方法としておおむね好評のようだ。
しかしながら「フリート機能」の導入の本当の狙いを理解している人はほとんどいない。もちろん「TLを汚さない」とか「～～なう」と気軽につぶやけるようにするため――などというのは、建前上の理由にすぎない。本当の導入背景は別にある。
時計の針を戻し、「言葉」をかつての姿に
じつは「フリート」機能は、急に導入が決定された機能ではなかった。少なくとも2020年3月にはツイッターCEOであるジャック・ドーシーによって導入が発表されていた。その導入の経緯についても、以前に筆者はBLOGOSで記事にしたことがある。
24時間で消滅する投稿機能「フリート」をツイッター社が導入した本当の理由は、ユーザビリティーの改善でもなければインスタグラムのパクリでもない。「言葉の時計の針を戻すため」だ。
ジャック・ドーシーは、時限式で消滅する投稿を、いま現在は一応「フリート」に限定しているが、本心を言えば「ツイート」もすべて時限式で消滅するようにしたいとさえ考えているだろう。「フリート」は、現在のソーシャルネットワーク上に飛び交う「言葉」を、人間がかつて使っていた「言葉」と同じものに戻すための試みなのである。
いつでも参照できる「不滅の言葉」
インターネットやSNSのような情報ネットワーク技術の目覚ましい発展により、人間の言葉はそれに分かちがたく結びついていた「淘汰」の宿命から解放された。すなわち、人間の言葉が物理的な劣化や風化の影響を受けなくなることを可能にした。
ネット空間では、そこに公開された文字は少なくともデータが（サーバーだけでなくあらゆる個人の端末のハードディスクやメモリからも）完全に抹消されないかぎり、半永久的に存在が失われることはない。古代の人びとが書物や石板に刻み込んだ文字は、永続することを願われながらも、しかし風雨によって劣化損耗してしまっていた。だが、サイバーネットワーク上の言葉は、そのような物理的風化作用の及ばない場所に存在している。
私たちがインターネットやSNS上に綴る言葉は、これまで私たちが使っていた言葉と同一のものではない。いうなれば「永続性を持つ言葉」なのである。
「永続性を持つ言葉」は、同時にその言葉が持つ影響にも永続性を有している。たとえば、ある人がネットワーク上で語った言葉は、保存されているかぎりにおいて、10年経っても20年経っても消滅せず、だれかにアクセスされたその瞬間に、彼がそれを書いた直後と変わらない鮮明度の情報を伝達し、読んだ者に影響することができる（あるいは、書いた彼が10年後にその発言によって社会的に糾弾されたり、仕事を失ったりするような悲劇のトリガーにもなりうる）。
インターネットやSNSでは、あらゆる言葉とその影響が永続性を持ちうる。もちろんそれは、見知らぬだれかを称賛したり共感したりする言葉だけではない。「敵」を罵った言葉、「愚者」を嘲笑した言葉、「悪」を糾弾する言葉、「絶望」を吐露した言葉、「憎悪」を凝縮した言葉――それらもまた、原則として無劣化・無淘汰のまま残り続ける。
その言葉にURLが付与されていれば、人間社会にデータとして蓄積され、アーカイブされる。たとえ私たちがこの世を去ってもなお、データがあればいつでも参照されうる。参照された言葉は、たとえ何年も前に綴られた言葉であったとしても関係ない。参照されたその瞬間から蘇る。
インターネットやSNSの飛躍的な発展は、たしかに見知らぬだれかが友情を結び合い、連帯することにも大きく貢献した。私たちは、彼らの「つながり」が築かれていく様子、心温まる足跡をいつでも追体験することができる。だがそれと同時に、見知らぬだれかの争いや憎しみの記録、訣別と分断の経緯についてもまったく同じことができる。
消えることのない憎しみと分断の記録
残念ながら、ネットやSNS空間では「私たちはいかに手を取りあえるか」よりも、「私たちがいかに相容れないか」の記録がより多く蓄積されるようになっていった。もはやそのことは、いちいち論ずるまでもなく、読者の皆さんにとっても周知の事実となっているだろう。
たとえば、インターネット上で「オタクとフェミがいかに相容れないか、いかに争ってきたか、いかに憎しみあってきたか」についての「歴史的蓄積」を、私たちはありありと参照することができる。あるいは「トランプ派と反トランプ派がいかに憎悪と敵愾心を双方に抱いていたのか」は、この４年間の足跡を、まるですべてが昨日起こったことであるかのように、はっきりとした臨場感をともなって閲覧することができる。党派性、社会思想、人権意識――さまざまなイシューによって「和睦」よりも「軋轢」が増幅されていった。
人間の言葉は、情報技術革新によって偶然にも「永続性」を手に入れた。それはこの人間社会にけっして消えることのない「呪文」を刻み込むことを可能にしてしまったということでもあった。
フリートとは、この「永続性」という名の祝福を断ち切るための実験だ。物理法則から解放され、永続性を手にした「言葉」から、ふたたび永続性をあえて喪失させるための試みなのである。憎悪と分断がピークに達するネット空間に、もういちど「余白」を取り戻すための。
「フリート」は私たちへの問いかけ
先述したとおり、ツイッターが「時間とともに消え去る言葉」を導入したのは「TLを汚さなくするため」でもなければ「『～～なう』と気軽につぶやけるようにするため」でもない。ましてやインスタの安直なパクリでもない。
「私たちの言葉は、本当に物理的劣化や淘汰から解放され『永続性』を手にするべきだったのだろうか？」――という根本的な問いを、私たちに投げかけるためである。
私たちはだれかを褒めたり肯定したりするより、批判したり嫌悪したりするために、「永続性を持つ言葉」を――それの持つ恐るべき潜在能力に無自覚なまま――気軽に用いてきた。私たちは、これまでの感覚のまま、これまでの感覚で用いてはいけない言葉を使い続けている。昨日までもそうしてきた。今日だってそうだった。そして明日もきっとそうするだろう。
何気なくサイバースペースに投射したその言葉が、永続的にその世界に残り、はるか彼方にありながら現実世界へと波及するほどのエネルギーを放ち続けることや、それがもたらす結果について、地球上のほとんどすべての人が長らく気づかなかった。気づきようがなかった。
――だが、私たちはいよいよ、少しずつ気づき始めているのではないだろうか？
「言葉」は、銃弾や爆薬と同じくらいに、あるいはそれ以上に、深刻な結末をもたらしうる。むしろ銃弾や爆薬はときとして結果であり、「言葉」こそが原因なのであると。
「私たちの言葉は、本当に物理的劣化や淘汰から解放され『永続性』を手にするべきだったのだろうか？」――この問いかけに対して、即答できない自分がいる。近頃のネットやSNSを眺めていると、方々から「怒り」「憎しみ」が大噴出していること、またその閾値がどんどん下がってきていることを、肌感覚で実感せずにはいられないからだ。
いわゆる「炎上」に陥る事例を目撃するペースは日に日に増えている、TLを少し覗けばだれかがいつもケンカしている。自分の好悪感情と社会正義を同一視して、自分の気に入らないものがいかに「社会的絶対悪」かを喧伝しあっている。素敵で美しい出来事のシェアよりも、「不届き者を発見しました！（みんなで制裁しましょう！）」とか「こんなバカを発見しました！（みんなで嘲笑しましょう）」といった犬笛の音が響いてくる。
これらは偶然そうなっているのではない。ましてや、放っておけば消えるものでもない。私たちがこれまでネットやSNSに刻み込んできた「永続的な言葉」が堆積していき、そのエネルギーが膨張して、いよいよ限界が近いことを示唆している。私たちはもはや「永続性を持つ言葉」を制御できなくなっている。私たちは「永続性を持つ言葉」を操る主人ではなくなり、彼らの下僕に成り果てようとしている。
言葉の下僕となった人間
これまで人類にとって「自分の言葉やその記録が劣化し、淘汰されること」は煩わしい足枷のように思えたのかもしれない。しかしいま思えば、こうした「物理的淘汰」の宿命があることは幸運だったのだ。これらはいうなれば調整弁だったからだ。
私たちが自分たちの「言葉」が潜在的に持っていた爆発的エネルギーに呑みこまれ、破滅しないで済んだのは、この《弁》があったからだ。しかし現代社会で生きる私たちは、テクノロジーの進歩によってこの《弁》をすっぱり取り払ってしまった。
私たちは、自分たちの操る言語から《弁》を取り去るというイノベーションによって、インターネット世界にほとんど無限の地平を拓いた。けっして焼け落ちることのないアレクサンドリア図書館をいくつも建てることができた。知識が永続的に蓄積され、世界中のどこにいても参照でき、共有できるような環境は、人類の飛躍的な発展の立役者ともなった。
「どこでも、だれでも、なんでも発信し共有できる」コミュニケーション社会を手にしたし、ときに自分の言葉が有名人のそれよりも大きな影響力を持つ可能性を手にした。名もなき市民ひとりの「言葉」に、比類なき力が宿った。SNS発の社会運動がいくつも興り、政治体制を倒したり、人間社会の規範を大きく変えたりした。たしかに、それらはすばらしいことだったかもしれない。
だが、それらには代償がなかったわけではなかったのだ。
私たちの世界はこれから、憎悪や嫌悪や排除や疎外――それらのために用いられた「言葉」を消滅させる手段をほとんど持たなくなった。私たちが《弁》を除去してしまったからだ。《弁》がなくなり、まぎれもなく不死となった言葉は、私たちの世界を永久に呪い続ける。私たちの世界に、この宇宙が終わるまで続く、暗く深い影を落とし続けることになった。
「私たちの言葉は、本当に物理的劣化や淘汰から解放され『永続性』を手にするべきだったのだろうか？」
ツイッターが投げかけた「フリート」という問いに、これから私たちはどう答えるべきだろうか？
