世界でも珍しい「自殺予防担当相」を設置の英国 いのちを支える現場にコロナ禍の壁 - 小林恭子
※この記事は2020年10月23日にBLOGOSで公開されたものです
日本では、著名人の自殺報道をめぐり、厚生労働省が「子どもや若者の自殺を誘発する可能性」があるとして、メディアにセンセーショナルな報道を控え、支援方法や対策を正しく報じるように呼びかけている。
著名人の訃報を過剰に報じることで、「後追い自殺」を誘発してしまう可能性もある。筆者が住むイギリスの「医学会会報」に掲載された調査（今年3月）によると、著名人の自殺報道から1、2か月の間に自殺者が通常よりも13％増えたという。
自殺を選択肢にしない・させないためには、何ができるのか。
2018年から「自殺予防担当相」が置かれているイギリスの状況を見てみたい。
日本より自殺死亡率低いイギリスで命を断つ若者が増加
日英の状況を比較してみる。
警察庁の自殺統計によれば、日本における昨年の自殺死亡率（10万人あたりの自殺者数）は16.0で10年連続低下した。男性の死亡率は22.9で、女性（9.4）の約2.4倍だ。
自殺者の総数は20,169人（前年比3.2％減）。男性が14,078人で全体の69.8％を占めた。
イギリスの自殺死亡率は11.2と日本に比べて低い。国家統計局によると、自殺者総数は、2018年で6507人。イギリスの人口は日本の約半分の6700万人ほどで、これを加味しても2万人を超える日本よりはかなり低い。
日本同様、男性の比率が女性よりも高く（男性が75％、女性が25％）、男性の自殺死亡率は17.2だが、女性は5.4。年齢層では、45歳から49歳の自殺率が男女ともに最も高い。
一方、自殺者数は増加傾向にある（総数比較で前年比10.9％増）。近年、大きな懸念となっているのが若者層（16-24歳）の自殺者の増加だ。若者層の死因のトップとなっており、特に20-24歳に限ると、前年比で31％増加している。
自殺予防の電話相談などを行う慈善組織「サマリタンズ」の調査によると、自殺の主な原因として、「身近な人が亡くなった」、「暴行を受けた」、「自傷行為」、「心身の不健康」、「学業のプレッシャー」などがあげられる。自殺に関連する情報をネットで閲覧していた場合も高い比率となっており、若者がスマートフォンを使って利用する様々なサービスの弊害もありそうだ。
また、過去15年ほど、特に若い女性を中心に自傷行為が大きく増えている。サマリタンズはなぜ自傷行為が増えているのかは「不明」としているものの、感情が高ぶった時に、気持ちを落ち着かせる方法として使われており、これが長期間続くと自殺行為に陥りやすくなるという（サマリタンズ、「自殺統計リポート」、2019年12月）。
自殺予防担当相を設置したイギリス
イギリスは2018年、自殺予防対策を担当する大臣（「患者保護・自殺予防・精神の健康大臣」）を新設した。話題にすることがタブーになっていたメンタルヘルスをめぐる状況の改善を重要視したテリーザ・メイ首相（当時）が設置を決めた。現在は、ナディーン・ドリーズ担当相の主導で自殺予防のために地方自治体、慈善団体、医療関係者とのネットワークが構築されている。
今年3月には、新型コロナウィルスの感染拡大を背景にリスクが高い人々への支援策を打ち出した。慈善団体に対しサービス拡充のために500万ポンド（約6億円）を拠出し、公衆衛生を担当する「パブリックヘルス・イングランド」のウェブサイト上に自殺予防のための新たなアドバイスを掲載した。エリザベス女王の孫にあたるウィリアム王子夫妻はメンタルヘルス向上のために積極的に活動している。
新設からまだ2年程ということで、自殺予防担当相の設置効果を測るのは困難だが、専門の大臣を置いたことでメンタルヘルスについて語ることへのタブー感が薄れる効果はあったといえよう。ウィリアム王子夫妻、著名人などがメンタルヘルスの悩みをメディアを通じて語ったり、調査番組が制作されたりしている。
しかし、コロナ禍の影響で、心に問題を抱える人が支援を利用しにくい状態となり、孤立しやすい状況が生じている。
オンライン支援の限界 コロナで早急な医療アクセス困難に
現在、イギリスではコロナによる接触制限のため、医療機関で外来の患者が医師に直接診察してもらう機会がほぼ閉ざされている。
筆者自身、3月の都市封鎖（ロックダウン）から現在まで、何度か医療サービスを受けているが、診察を含めてのほとんどの医療行為がオンラインで進められた。
自殺者をゼロにするために活動する慈善組織「ゼロ・スーサイド・アライアンス（ZSA）」のウェブサイトによると、若者層の自殺を防ぐには「早期の介入」、「親身な対話」、「医療サービスへの早急なアクセス」が鍵を握る。
しかし、現状では、本人や家族などが助けを求め、早期介入ができたとしても、コロナ感染対策が優先されるので、最後の「医療サービスへの早急なアクセス」の実現には大きな壁がある。
電話やオンラインでどこまで診療できるのか
国営の「国民医療保険サービス」は18歳未満の青少年でメンタルヘルスの悩みを抱える人のための特別な支援体制を提供しているが、BBCが調査したところによると、この支援体制の利用者数は今年4月と5月、前年と比較して半減したという（10月14日付、BBCニュース）。
対面でのカウンセリングや診療を受けられなかったことに苦しむイギリスの若者たちの声をBBCが伝えている。
記事によると、ルーシーさん（17歳）は朝起きられなくなるほどのうつ病に苦しんだ。通常であれば、学校でカウンセリングを受けられるが、ロックダウンで学校は閉鎖。慈善団体によるオンラインの相談は「直接顔を合わせたものではないので、話しにくい」と感じたという。
16歳のオリビアさんは主治医を通じてこの支援体制の中でサービスを受けることになった。しかし、直接医師と向き合っての診療予定が、これまでに2回キャンセルされた。「誰も自分のことを考えていない。人生をあきらめたくなった」と語る。
筆者がオンラインでの医療サービスを利用したのは、いずれも何らかの身体の疾病が理由だった。それでも、電話や動画による診察では十分に診てもらえた感じがしなかった。
サマリタンズをはじめとした24時間・年中無休の相談サービスを行っている慈善組織はあるものの、電話あるいはオンラインでの相談のみで、心の病を持つ人にどこまで安心感を与えることができるだろうか。
肉親であっても同居していない限り、一堂に集まる人数や場所に制限がかかる現在、人は孤立しやすい。精神的な問題を抱える人にとって非常に厳しい状況となっている。
ネット上での誹謗中傷に追い込まれる子供たち
肉親が自ら命を絶った時、残された家族は大きな衝撃を受ける。イギリスのメディアは、後になってみれば「兆候（サイン）はあった」ものの、そのサインに気がつかなかった、あるいは気がついていても防止することができなかったと悔やむ遺族の声を報じることもある。
親が知らないうちにのめりこんだインスタグラムなどのソーシャルメディア内で、いじめや誹謗中傷を受け、誰にも相談できずに追い込まれてしまう子供たちをどう守ったらいいのだろうか。
子供に電話カウンセリングを行う慈善組織「チャイルドライン」は、親ができることとして、「子供と頻繁に話す（どんなオンラインサービスを使っているか）」、「子供と一緒にアプリを使ってみる」、「家族でソーシャルメディア使いのルールを決める」などを推奨している。
高齢者のサインは子供たちと違うケースがあるという。
精神科の医師や心理学者などの専門家によると、高齢者になってからの孤独は若い時の孤独とは異なる。イライラしたり、悲しくなったりする頻度が高くなり、「家族の重荷になりたくない」という言い方をよくするようになるという。体の節々が不調を起こし、医師に聞いても原因が分からないといわれる。「年を取ったから、ああなったんだ」と思われがちで、うつ病であっても、本人も家族も認知しにくい。孤独感や落ち込みが、隠れてしまうのである。
自殺についての誤った社会通念 英の慈善団体が説明
自分や身近な人の自殺を防ぐためには、何ができるのか。サマリタンズがサイト上に掲載している、自殺についての誤った社会通念を壊すためのアドバイスをあげておきたい。
サマリタンズはまず、「本当に自殺を考えている人に対し、周囲は何もできない」という考えに対し、「適切な時に支援を提供することで助けることができる」と述べている。
「自殺について話す人は本気ではなく、実際には自殺しない」とする考え方については、「ある人が自殺したいと他人に言う時は、“生きていても価値がない”、“将来が見えない”と思っている場合が多い。注意を引くために自殺したいという場合もある」として「自殺願望を口にした人の話を真剣に聞き、必要な支援が受けられるよう考えること」が大切だと指摘する。
また、「自殺を話題にすることはよくない。自殺を選択肢の一つとして提供してしまうことになるからだ」という声に対しては、「話題にしてはいけない時はある」としたうえで「当事者は自分の感情を吐露することで家族や友人に負担をかけたくないと感じており、自殺を話題にしたがらない」ケースを紹介。「こちらから自殺の話題を持ち出すことで、相手がどんな感情を持っているかを話しだす糸口になる。きっかけを作ってくれたことを感謝する人もいる。自殺を話題にすれば、相手に自殺以外のどんな選択肢があるかを一緒に考えることができるようになる」とした。
◆日本における相談窓口リンク
・厚生労働省 相談先一覧
・いのち支える相談窓口一覧（都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧）
・よりそいホットライン（電話相談）
・生きづらびっと（SNS 相談）
