衆院選で3連勝の「アベノ選挙」盤石だった選挙戦、その強さの理由 - 大濱粼卓真

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※この記事は2020年10月12日にBLOGOSで公開されたものです

議席の3分の2を確保し続けたアベノ選挙

永田町は選挙ムードも落ち着きはじめ、新たな総理のもとで示されたデジタル庁創設や不妊治療適用拡大などの政策に注目が集まっています。2012年の衆議院議員総選挙で自民党が政権奪還した時に初当選した3期生は、次の総選挙で初めて「安倍自民党総裁」のいない選挙を戦うことになりますが、いずれも大勝した安倍政権下における3回の総選挙は何だったのか、そして菅政権下で行われる初の総選挙に向けて、自民党に盲点はないのかを考えていきたいと思います。

安倍政権下では衆参それぞれ3回ずつ、合計6回の国政選挙が行われました。3年ごと半数改選で政権の判断余地がない選挙と異なり、衆議院の解散総選挙は「勝てる」タイミングで行うことが勝利への鉄則とされています。

実際に、安倍政権下で行われた過去3回の総選挙では旧民主党系勢力への支持が低調だったこともあり、いずれも自民党・公明党を合わせて衆議院の議席の3分の2を確保しています。3回の総選挙のそれぞれの時期と獲得議席は、下記の通りです。

・第46回衆議院議員選挙(2012年12月16日投開票)
自民党294+公明党31=325議席(480議席の3分の2超は321議席)

・第47回衆議院議員選挙(2014年12月14日投開票)
自民党291+公明党35=326議席(475議席の3分の2超は317議席)

・第48回衆議院議員選挙(2017年10月22日投開票)
自民党284+公明党29=313議席(465議席の3分の2超は311議席)

7年以上も続いた安倍政権を振り返ると、選挙にめっぽう強かった印象を持ちます。一方で安定した国会運営や憲法改正のために必要な3分の2確保という意味では、実はギリギリの確保であり、綿密な計算の上で確保された3分の2というのが実態です。

特に第48回総選挙では、小池都知事を中心とした希望の党の創設や立憲民主党を中心とする野党との対決が注目を集めましたが、仮に与野党一騎打ちの対決構図となっていた場合には、小選挙区で更に自民党にとっては厳しい結果となっていた可能性があります。このような状況においても与党議員の不祥事による辞職などがありつつも、二階幹事長による元野党議員の切り崩し工作などが行われてきたことで、今に至るまで「3分の2」を確保し続けていることは、強さの証左と言えるでしょう。

定量的な実績アピールにこだわった選挙戦略

自民党の過去3回の衆院選で最も特徴的だった選挙戦術の戦略は、アベノミクスに代表される定量的実績データの前面打ち出しです。例えば、前回の第48回衆議院議員総選挙で神奈川2区から出馬した菅義偉内閣官房長官(当時)の選挙公報を見ると、「数字で見る安倍政権の成果」と称して12の数値的指標を選挙公報原稿の半分を使ってアピールしていることからも、定量的に評価される実績を前面に出すことにこだわりをもっていることがわかります。

具体的に見ていくと、名目GDPや株価、有効求人倍率といった経済再生・デフレ脱却をはじめ、女性の就業者数や待機児童解消予定数といった女性活躍社会の実現、外国人旅行者数や外国人旅行者の消費金額などのインバウンドと、安倍政権下で打ち出された重要施策がどのような経済指標に貢献したかを強調しています。

「数字は嘘をつかない」ということわざがありますが、野党側に抽象的な政策提言が目立った2017年の選挙ではこの傾向が特に顕著でした。先述した選挙公報は、他党の候補者と横並びに比べられる選挙ツールですから、具体的な数字を前面に出すことで無党派層の信頼を獲得し、「しっかりとした実績を自民党は作っている」というイメージを持たせることに成功したでしょう。

自民党の過去3回の選挙、とりわけ2014年と2017年の選挙では政策実行の成果としての数字を前面に打ち出すことで政権担当能力としての実績をアピールしたことが勝因といえます。野党は安倍政権下における様々な疑惑や不祥事を国会で取り上げてきましたが、これらの政権批判は選挙の集票材料としては弱く、建設的な材料が必要です。

業界では「青木率」と呼ばれる、内閣支持率と政権第一党支持率の和が50%を下回った場合には政権が倒れるという法則があります。野党側からすれば、出来る限り内閣支持・与党支持を下げて「青木率」に近づけることが国会会期中も含めた戦略となりますが、いざ解散風が吹いたときにも引き続き内閣支持・与党支持を下げる戦略を取り続けるべきかというと、そうではありません。2009年に民主党(当時)が政権奪取できたのも、良し悪しはともかくマニフェストを前面に掲げ政権担当能力をアピールしたからであり、野党側がそういった行動をとれなかったことが、3回の大勝を自民党にもたらした最大の要因と言えるでしょう。

若い世代が自民党支持に傾く理由

近年、若い世代が自民党支持であると言われています。自民党のみならず、各党が若い世代に対するアピールに苦心していますが、果たして自民党の対若者戦略が上手くいっているのでしょうか。筆者はそうは思いません。

若い世代に対する選挙戦略というと、すぐに「ツール」の話が出てきます。最近であれば、FacebookやTwitter、さらにInstagramなどのSNSの活用や若い世代に知られた有名人の起用といった戦術が目立っています。これらは確かに若年層の有権者にリーチする手法として今後ますます広がると思われますが、一方で若い世代の政治的無関心は根深く、容易に解決しない問題です。

最近の若い世代の傾向として指摘されているのは、「自分がトレンドの中にいるかどうか」「政治的に常識を持ち合わせているかどうか」に敏感であるということです。つまり、政治的な知識や理解が正常かどうかに関心があり、自分の意見が大多数の意見と同じかどうかに強い関心を持つと言われています。いわゆる「多数派同調バイアス」によって、周囲と同調した判断や行動を取る傾向があることが、安倍政権の長期化・安定化に繋がったとみることもできます。

ちなみに、「多数派同調バイアス」を乗り越えるためには、有権者の意識変革と教育訓練しか道はありません。特に後者については政策に対するしっかりとした知識を持つことが必要になりますが、政治的知識をきちんとつけて自分の判断軸を持つようなプロセスが、今の若い世代の成長過程には少なくなってきているのも大きな要因でしょう。政治について取り扱うテレビ番組のバラエティ化や、政局を面白おかしく伝えるメディアの存在などが、若い世代の政治的関心を高めることを阻害していると筆者は考えます。

魔の3回生に試される「名前と顔の一致」

ここまで、アベノ選挙の特徴と若い世代が自民党支持であった理由を述べてきました。菅政権が誕生してまだ間もないものの、衆議院は任期満了まであとわずか1年足らずです。2012年総選挙で当選したいわゆる「魔の3回生」にとっては、初めて自民党総裁が安倍氏ではない選挙を経験することになりますが、そこに盲点はないのでしょうか。

ここ最近言われているのが、当選回数の若い与党議員で「地元選出議員」としての認知度が低いという現象です。小選挙区で連続3回当選した議員でも、地元にいる時間が少なかったり、ポスターなどの個人を打ち出す政治活動をきちんとしてこなかった議員が目立ち、個人の後援会を持たない議員も聞くようになりました。その結果地元で「議員の名前と顔が一致しない」などと言われる事象が少なからず起きています。

2012年、14年、17年の総選挙で戦ってきた自民党所属議員の中には、「結局、選挙結果はその時の風でほとんど決まる」と考える議員も少なからずいるのが事実であり、自民党所属である間はそれこそ政治活動は「自助」ではなく、地元組織や党の風である「公助」にほとんどを頼ってる議員が増えています。小選挙区制度である以上、与野党の支持率が当落に直結するケースが多いのは事実でしょうが、それでも個人の政治活動をおざなりにするようでは、僅差での勝負で差が必ず生まれます。

ともあれ、コロナ禍で今年は地元にいる時間がいつもより少なかったことも事実です。今年中の総選挙はなさそうというのが永田町の新しいコンセンサスとなりつつありますが、この秋・冬に自民党3回生議員を中心にどれだけ有権者の信頼や認知を取り戻せるのかは、次の総選挙の結果に確実に影響を与えると思われます。