望月優大氏が語る「遅れてきた移民国家・日本」 外国人労働者の増加で多様化する未来 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年03月25日にBLOGOSで公開されたものです
「最近、コンビニで働く外国人技能実習生をよく見かける」
この文章の間違いに気がつくだろうか?
現在、「技能実習」の在留資格を持つ外国人は小売業に従事することはできない。コンビニや居酒屋などのサービス業で働いているのは主に「留学」の在留資格を持つ外国人たちだ。
「在留外国人に関心がある人でも“わかっている風”になってしまっている人が多いように思います」
そう話すのは、日本で暮らす外国人たちを取材したインタビューを掲載するウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」(NPO法人 難民支援協会)の編集長を務める望月優大さんだ。
「調べてみると日本の現実は複雑で多様です」
「いわゆる移民政策をとる考えはない。深刻な人手不足に対応するため、即戦力になる外国人材を期限付きで受け入れるものだ」とする安倍晋三首相の発言に代表されるように、国は「日本に移民はいない」というスタンスを取っている。
「現実と違う建前論にちゃんとカウンターしないといけない」。望月さんは3月、在留外国人に関する統計やデータをまとめた著書『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』(講談社現代新書)を上梓した。
著書に「日本は『遅れてきた移民国家』である」と綴った望月さん。その目に映る「日本の建前と現実」、そして「移民の時代に生きる私たちが考えるべきこと」とは何か、話を聞いた。【編集部・清水駿貴】
平成の間に移民国家となった日本
-「ニッポン複雑紀行」では日本で暮らすムスリムの方や難民2世の方など、海外にルーツを持つ人々の体験談や想いにフォーカスを当てていますが、今回の本では統計やデータに着目されています。あらためて在留外国人に関する数字と向き合い、どのような日本の姿が見えましたか?
統計を見ると平成元年に100万人に満たなかった在留外国人の数が、昨年6月末までに260万人以上に増えています。多くの人が『日本って単一民族国家だよね』と思っているうちに、大きな変化が起きていた。その変化がいつどのように起こったのか、今このタイミングで見つめ直さないといけないと思いました。
でも、外国人に関する情報は「日系人が大量解雇された」とか「実習生が搾取されている」とかバラバラな形で報道されがちです。全体を把握したいと思った時に普通の人がぱっと手に取れる形にまとまっている本も少ないと思っていて。自分自身もかつてこのテーマを詳しく知らなかったという反省が、今回、本を執筆する原動力になりました。
-在留外国人に関する報道の数はここ数年で非常に増えたように感じます。
昨年末の臨時国会で出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正が決まったことをきっかけに議論がすごく盛り上がって、いろんな記事やニュースが流れたり、雑誌で特集が組まれたりしましたね。
※入管法改正とは
改正によって2019年4月から「就労」を目的とした新たな在留資格「特定技能(1号・2号)」での外国人受け入れが始まる。これまで政府が就労目的で外国人を受け入れてきたのは、大学教授や経営者、医者などの専門的・技術的分野のみだった。現在、事実上の単純労働を担っている「留学」や「技能実習」の在留資格は本来、勉学や技術習得のためのもの。
特定技能1号では介護や農業など14業種で働くことができ、滞在期限は5年で家族帯同は認められない。特定技能2号は技能試験などの合格が条件となり、建設・造船業が対象。家族を伴った長期就労が可能となる。特定技能1号の受け入れ見込み人数は最初の5年間で34万5150人とされる。
今回はかなり大きな改正だったので、『この国の移民政策の大転換』みたいな形でクローズアップされて、『移民の受け入れ元年』的な言い方もあったんですけど、それは半分間違っていると思っています。
日本の外国人受け入れが始まった重要な時期の1つは1990年の前後。30年ぐらい前なんですよ。去年とか今年、いきなり増え始めたというわけではない。30年近い長さの、少なくとも(中国、ブラジル、フィリピンなどから来た)ニューカマーと呼ばれる人たちを受け入れてきた歴史があるんです。新しい在留資格で向こう5年間で最大34.5万人増えるというのも大きいですが、100万人以下だった人たちがこの平成の31年間で300万人近くに増えた歴史と背景を考えないといけません。
-現在、在留外国人の姿は身近になりつつありますが、これまで交流する機会があまりなかったため、日本でどのような変化が起きてきたかに気づかなかった人が多かったという印象を受けます。
89年に改正された入管法が90年に施行されて、受け入れ開始とともにブラジルやペルーを中心とした日系人がどっと増えました。彼らは自動車製造業などを中心に工場で働いていて、朝から晩まで長時間働いている人も多かった。都心部で生活していたらなかなか直接会う機会がありませんよね。
次に増えた技能実習生たちも漁業や農業などの第一次産業、あるいは製造業や建設業などの第二次産業が多い。都会で暮らす人とあんまり接点がない。数は増えましたが、なかなか実感しづらいところがありました。
ところが、ここ数年でコンビニなどのサービス産業に留学生を中心とした外国人が労働者として入ってきました。明確にあらゆる人の生活導線の中に外国人が入ってきたので、多くの人が目に見えて変わったと実感していると思います。でも、統計を見るともっと前からこの国で暮らす外国人はどんどん増えていたんです。
国が求める「理想の労働者像」は移民政策に表れる
-認識と現実のギャップが日本人と日本で暮らす外国の人の距離を遠ざけている?
「移民」と「日本人」がそれぞれいて、その間に大きな溝があるという風には捉えていません。もちろん差異はありますが、むしろ共通点を見るべきだと思っています。
移民政策には国の「どういう人が欲しくて、どういう人がいらないか」という視点がわかりやすく表現されるという特徴があります。政策を通じてこの国がどういう国なのかがすごくリアルに分かります。
政府が受け入れないと言いつつも実際には受け入れてきた、「いわゆる単純労働者」の外国人たちは、政策を見ると「単身で健康ないつか帰る」人たち。つまりは働いて社会に対して経済的に貢献しさえすればいいという態度を示しています。日本人に対しては直接言えませんが、外国人には理想の労働者像をある種、露骨につきつけています。
その上で共通しているのは、日本人の中でも実は同じ時代で同じように、典型的には非正規雇用という形で、国や社会にお金がかからない労働者が増えてきたということです。平成という時代は「社会的な保護を減らさざるを得ないので、自己責任で暮らしてください」というスタンスが強まってきた30年間だと思っています。
移民の人たちの厳しい状況がニュースで出てきた時に、マイノリティの苦境という視点で捉えることも大事ですが、類似するような境遇に置かれた日本人労働者と地続きの問題であるという視点を持つことも大切です。自分や自分の子供世代の未来でもあると感じてもらいたい。外国人労働者の問題は同時に日本や労働者全体の問題でもあるので。
「日本とは何か」を問い直す時がきた
-著書のタイトルを「ふたつの日本」としたのはなぜですか?
色んな意味をこめました。1つは経済的安定がある人とその足場を失った人たちの間にかなり違う人生があるということです。少しずつ給料が上がってクビという概念がない正規雇用の人と、不安定で給料もなかなか上がらない非正規雇用の人たちとの分断が日本でも広がりました。特に外国人労働者は非正規雇用がすごく多い中で、国籍に関わらず、安定した労働者と不安定な労働者がいるという意味での「ふたつの日本」です。
もう1つは、日本というものを問い直さないといけない時期に来ていると思っていて。「これからも“日本人だけの日本”が未来永劫あります」ということは現実的にはありえないし、既にもうそうじゃないんだという意味をこめました。
「ひとつの日本」との対比での「ふたつの日本」。ただ日本人がいるだけじゃなくて、国民がいて永住者がいて専門技術の労働者がいて、留学生がいて、技能実習生がいて、在留資格すらない人がいて、様々な場所にルーツを持つ人々の複数性を孕んだ、とても複雑で、「これが日本だ」と歯切れよく言いきれないような日本になっていくと思います。これからは「私たち」の境界線が常に問われる時代になっていきます。
-「日本とは何か」を考える時に副題にもある「建前と現実」を正しく知ることが重要?
日本の建前では移民政策をやっていないので、「いつか帰る外国人がいるだけ」ということになっています。じゃあ、なぜ建前が出てくるかと言うと、日本は民主主義の国なので国民に対して「日本は今まで通りですよ」とアピールする必要があるからです。移民政策だとはっきり言えば反発が起きる可能性がありますから。
だけど、実際には民主的ではないですよね。情報をちゃんと伝えるというのが、民主主義の前提にあると思います。建前と現実のねじれをこの本でちょっとでも解消できたらいいなと。
この本は移民をたくさん受け入れようと言っているわけではないし、移民を締め出そうと言っているわけでもありません。まずは「これまではだいたいこんな感じで進んできた」という現状把握の助けになってほしい。国の建前とは違う現実をちゃんと理解して、それに対して自分がどう振る舞うか、どういう未来の日本を欲するか、それは議論があってしかるべきだし、あっていいと思うんですよ。これからの受け入れを考えていく上でいろんな選択肢があると思うし、あるべきだと思うので。
もう1つ大事なのは、すでにこの国にいる外国人に対して酷い扱いをしている部分がある。それはもう言語道断で良くないことだし、誤った制度は改めるべきだということです。基本的には正しい現実認識がないと、いつまでたっても正しい議論はできないだろうと思います。
移民時代を生きる私たちのこれから
-新しい在留資格での受け入れも始まり、在留外国人をとりまく状況もどんどん変わっていきます。これから、私たちが考えないといけないことは何でしょうか?
いろいろありますが、1つは「人間が移動する」ということは特別なことではないということです。日本人でも進学や就職を機に、住む土地を変えて都会とか別の土地に根をおろすというような経験を多くの人がしています。それに近い経験を日本にいる外国人がしていることをわかってほしいですね。地方から都会にでてきて友達ができずに不安だというような感覚を、外国の人は言葉もうまく通じない土地で経験しています。
定住にしてもいろんな形がある。「どこに定住するか」というのは本人の意思や社会の方針だけで決まるわけではありません。人生でいろんな出来事が起こった結果、偶然の結果として決まっていくこともあります。政府が「数年で出身国に帰します」と言っていても、その人がたまたま日本で結婚したり出産したり、いろんなことが起きて予想通りにならないことのほうが多い。それを国が無理やり思い通りにすることで家族が一緒に暮らせないというようなことが起きてしまいます。「移民」という自分たちとは別のカテゴリーに属している人たちがいるわけじゃなくて、同じ「人間」が暮らしているんだというリアリテイを持って外国籍の人たちのことを想像してもらうといいなと思いますね。
『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』- Amazon.co.jp
そして、忘れてはならないのが、今のところ外国籍の人には政治に参加する権利がないことです。何か問題があったとしても、外国籍の人は投票して世の中に対して働きかける機会がない。こういう状況で、そもそも政治参加の部分を開けないかという論点もありますが、現時点で大事なのは、日本国籍を持つ人たちが外国籍の人たちの境遇を理解し、適切なサポートを整えること。彼らの労働でコンビニの24時間営業や自動車の輸出なども成り立っているという現実をまずは正しく認識し、その上で共に暮らしていくために必要なことは何か、前向きに考えていくことだと思います。
プロフィール 望月優大(もちづき ひろき):1985年埼玉県生まれ。経済産業省やグーグル、スマートニュースなどを経て、現在、日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」の編集長を務める。国内外で様々な社会問題を取材し、現代ビジネスやNewsweek等に寄稿。非営利団体等へのアドバイザリー業務にも従事する。Twitter=@hirokim21