リスク高く茨の道を歩みそうなNHKの常時同時配信 - 渡邉裕二

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※この記事は2019年03月06日にBLOGOSで公開されたものです

NHKが「公共放送」から「公共メディア」へと変貌する?

政府は、NHKが全ての番組を放送と同時にインターネットで配信できるようにする「放送法改正案」を閣議決定した。総務省が2020年の東京五輪に向け「常時同時配信」を目指して調整してきたもの。これによって総合テレビとEテレの2チャンネルの全ての放送がネットを通してスマホなどで24時間見ることが出来るようになる。

これまでNHKは、災害時やニュース、スポーツ番組などはネットでの同時配信を行ってきたが、「24時間常時」の同時配信については放送法の改正を必要としてきた。NHKのネット常時同時解禁は、日本民間放送連盟(民放連)からの反対が根強いが、NHKでは「情報入手手段としてネット配信への期待は高まっている。そういった意味でもNHKが実現すべきサービス」としており、石田真敏総務相も「スマホなどで様々な場所から放送番組を視聴出来るのは国民の期待に応えるもの」と説明している。

NHKでは早ければ2019年度中の実現を目指したいとしている。が、NHKの放送現場では「東京五輪に向けて突っ走るのはいいが、システム準備や将来の見通しを考えたら見切り発車と言う以外ない。スタート後は全ての部分で見直しは避けられないでしょう」と不安視する声もある。

ネットでNHKの受信契約をどう確認するのか

まず、視聴者にとっての問題は「受信契約」だろう。

現在のところ、NHKでは受信料契約者に対して「視聴者番号」(ID)や「パスワード」を付与し、メールアドレスなどとともに「利用者登録」することによって視聴可能としている。ちなみに、〝未契約者〟が見ようとすると、画面に視聴契約を即すメッセージが表示されるという。ただ、一般家庭用で放送受信契約をしている場合は「無料」としている。

ここで大きな問題となるのは、IDやパスワードの管理である。

「IDやパスワードというのは、その家族以外でも利用できるわけです。一世帯で3人なのか5人なのか…いったい何人が利用できるのか、そういった細かい部分までは全く決まっていません。と言うより、現時点でネット視聴者が、どういった形で受信契約をしているかどうかなんていう個人情報までチェック、管理出来るわけありませんからね。結局はウヤムヤな運営になりかねない」(放送関係者)。

しかもNHKは、在京民放5局が共同運営するテレビ番組のインターネット配信サイト「TVer(ティーバー)」に参加することを明らかにしており、時期は未定だが人気ドラマなどを配信することになっている。このサイトは基本的に「無料サイト」だけに今後、「有料」と「無料」を、どう住み分けしていくのかも決まっていない。

また、災害時にはパスワードが解除されて誰でも視聴出来るようになるという。「いざという時は視聴出来る。そういった部分でも、どれだけの人が受信契約しようと思うのか全く不透明です」(放送記者)。

いずれにしても、受信契約については「公平」と言いながら、実は曖昧な状態でスタートすることになりそうだ。

民放はNHKのように予算を使えない

ネット常時同時配信の問題は、それだけではない。局側の「ネット活用業務予算」があり、この部分が現在、民放連との対立の要因になっている。

というのも、民放連は常時同時配信によるNHKの肥大化を最も懸念しているからだ。

NHKは2020年10月までに受信料を実質4.5%値下げするというが、受信料収入は来年度で約7000億円規模となっている。この予算は民放とは比較にならない大きさであり、民放連は「(常時同時配信は)受信料収入の2.5%を上限にしてほしい」と訴えているのだ。

NHKでは、初期のネット活用業務予算を約170億円としている。しかし、その後については明言していない。そのような態度を民放連の大久保好男会長(日本テレビ社長)は牽制しているのだが…。

「そもそも2.5%の枠と言いますが、NHKは常時同時配信というネット展開に重点を置き、局内の人材を大動員しカネを使いまくっている。ところが、その予算というのは地上波と衛星放送からの受信料です。しかも、その受信料も値下げしろと言われている。だけど、昨年12月に始まった4K、8Kの放送にしても、今回のネット展開にしても全く収入を得ていない中でやっているわけでしょ。要はマイナスの事業じゃないですか。だいたい放送と違ってネットによる常時同時配信となるとインフラの整備も含めたら今後、どれだけのカネがかかるか見当もつかない。スタートしたら青天井、キリがないと思いますよ。正直言って勢いだけではいかなくなるんじゃないかと危惧しています」(放送関係者)

もちろん、民放もネット配信を自前で進めているが、各局ともに要の放送事業は赤字だ。不動産事業などの放送外事業で収入を上げているのが現状で、常時同時配信の開始には二の足を踏んでいる。

「NHKと違って、民放の場合は地方局のこともあるし、あらゆる部分で影響が大きい。それにネットでの同時配信をするからCM料金を上げるということまでいかないでしょうしね。4K放送でさえ予算を組むことが難しい中で、常時同時配信を行うなんていうことは現実的ではない」(前出の放送関係者)。

NHKは、受信料の支払いが最高裁で、いわば「義務化」され、受信料の契約者も増加しているという。しかも、政権にとってはNHKの常時同時配信は何かとプラスに働くと踏んでいる。しかし、現実は問題含みでリスクを背負いながらも「出たとこ勝負」的な要素を含んだネット同時配信のスタートになることは確実で、間違いなく紆余曲折、茨の道を歩んでいくことになりそうだ。