※この記事は2019年02月28日にBLOGOSで公開されたものです

埼玉県に住む30代の渡辺春奈さん(仮名)は、約5年前から「ひきこもり状態」が続いている。

自宅で家事や洗濯はこなせるが、宅配便のインターホンが鳴っても受け取ることができない。躁うつ病(双極性障害)を患っており、数時間外出をした後は1週間家から一歩も出られないこともある。彼女がいま、安心して話せるのは夫だけだ。

「夫には、『あなたが仮に死んだら私も後を追って死ぬ』とはっきりと伝えています。仕事中に彼が事故や交通事故に遭うんじゃないかと思うと、不安でしょうがなくなります。実親とは絶縁状態なので気持ちを共有できる人もいません。解決策がない漠然とした不安にどうしても答えがほしくて、ネットで『自殺 方法』と調べて、具体的な方法がわかると、少し安心する自分がいるんです」(渡辺さん)。

女性だけが参加できるひきこもり女子会

1月下旬の昼下がり、埼玉県浦和市で開かれた「ひきこもりUX女子会」。約50人が集まり、女子会の途中で増席するほどの盛況ぶりだった。女性たちは、ひきこもりを含む生きづらさを感じている当事者だ。

女子会の第1部では当事者だけではなく家族や支援者も参加可能で、ひきこもり経験者が自身の体験談を語った。第2部で行われた交流会は当事者のみに限定。年代別や「人間関係」「メンタルヘルス」「仕事」などのテーマにわかれ、今抱えている不安やひきこもりで感じたつらさなどを話し合った。

女子会を主催するのは、不登校、ひきこもりや発達障害、セクシュアル・マイノリティなどの当事者・経験者らで構成された一般社団法人「ひきこもりUX会議」。代表理事の恩田夏絵さんと林恭子さんにはひきこもり経験がある。それぞれにこれまでひきこもり関連のイベントに参加しても「同性とほとんど出会ってこなかった」という共通の経験から、「女性だけで集まれる場を試しに開催してみよう」と、女子会は始まった。

2016年6月に東京・表参道で企画したところ、会場はあっという間に満席になったという。恩田さんは「自分たちと同じように感じていた人たちがたくさんいることを実感しました」と振り返る。ネット上などでその評判はまたたく間に広がり、約2年半で計75回開催、のべ約2800人が参加している。

恩田さんは「女子会に参加するために数年ぶりに電車に乗った、初対面の人と話した、という方もたくさんいらっしゃるので、緊張の反動でイベント後に数日寝込んでしまうことはよく聞く話です」と話す。

林さんによると、ひきこもり女性のうち、男性に対して苦手意識を持っている割合は非常に高いという。「父親や夫などから暴力を受けたことがきっかけでひきこもりになる方もいて、男性の方がいるだけで恐怖を感じるという方もいらっしゃいます。より安心して自分のことを話せる環境を提供したいという思いから、メディアの取材者も含め男性自認の方の参加は一切お断りしています」(林さん)。

「家事をしていれば対象外」国の統計から漏れるひきこもり女性

内閣府は、ひきこもりを「趣味の用事の時だけ外出する」「近所のコンビニなどには出かける」「自室からほとんど出ない」といった状況が6カ月以上続く状態と定義している。2015年に行った意識調査では、ひきこもり状態の人は全国で推計約54万人に上る。

しかし、この調査は対象年齢も15~39歳と若年層に絞っているため、40歳以上は数に含まれない。また、質問項目で、「あなたは現在働いておられますか」という問いに「専業主婦・主夫又は家事手伝い」を選択した人や、「ふだんご自宅にいるときによくしていることすべてに○をつけてください」という質問に対して「家事・育児をする」を選んだ人は除外されている。
参考:https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/h27/pdf/teigi.pdf
(若者の生活に関する調査報告書 (PDF版)平成28年9月 内閣府政策統括官(共生社会政策担当))

つまりこの調査のデータ上では、ひきこもり状態で働いていない主婦や家事手伝いは、ひきこもりの対象から外れ「いないもの」となっている。

一方、日本財団の助成により「ひきこもりUX会議」が、2017年にひきこもり女子会の参加者などに協力を仰ぎ「ひきこもりや生きづらさを抱える女性」を対象とした実態調査をはじめて行ったところ、約半数(45%)を 40代以上が占めた。ひきこもり経験者・当事者のひきこもっていた期間の平均は7年という結果も出ており、ひきこもり期間が長期にわたっていることも判明した。また、回答者のうち4人に1人は既婚者だ。

林さんは、「40代や50代の方で、『子どもが大きくなったけれどもずっと苦しくて誰にもわかってもらえなかった』という方がじわじわと増えているように感じます。

ひきこもりになる方は、親との関係や学校でのいじめ経験など、もともと何らかの生きづらさを抱えて生きている方が多いんです。

子どもの有無は関係がなく、子育て中は自分の問題を横に置かざるを得なかったけれど、子どもの手が離れてきたタイミングで再びひきこもりがちになり、もう一度自分自身に向き合わざるを得なくなって女子会に参加したという方もいます」と話す。

女子会の中で独身と既婚の間にあつれき

女性だからこそ感じる安心感や共有できる悩みがある一方で、女性だからこそ感じてしまう軋轢(あつれき)もあるという。

林さんはそのひとつに「独身と既婚」を挙げる。

「女子会を始めた頃、交流会のテーマ別トークで『恋愛・結婚』というカテゴリーを設けていましたが、主にシングルの参加者の方から『既婚者とは話が合わない』とアンケートや直接ご意見をいただくことが複数回ありました。

シングルの方は結婚している方に対して『結婚をしたということは少なくとも世界でひとりはあなたのことを認めてくれる人がいる』『経済的には困らないのでは』と感じる場合があります。

シングルの方は、『だれからも認めてもらえない』『このままひとりだと餓死するかもしれない』ということを本気で思うくらい、自立できない自分を責めています。そうすると、既婚者に対して『何で安心できる人がいるのに女子会にわざわざくるの?』と時に厳しい言葉をかけてしまうこともあるようです。

かと言って既婚者であっても、なにも問題がなければひきこもり女子会のような場所に来ることはありません。夫や家族との関係、子どもとの関係やママ友との関係、子どもがいないことに対する悩みなど、抱える生きづらさはさまざまですし、社会的に孤立状態にあることは婚姻の有無は関係ないと感じています。

それぞれの生きづらさは誰かに否定されるものではありません。『誰も排除しない』ということを大切にしつつ、より対話がしやすいよう『主婦』と『おひとりさま・シングル』のようなテーマを設けたり、最近では「ひきこもりママ会」を開催したりしています」。

地方で不足するひきこもり女性への支援

全国各地から「地元で開催してほしい」という声の高まりを受け、ひきもりUX会議は、日本財団の助成により、2017年秋、北海道や福岡県、香川県など全国各地を回る「ひきこもりUX女子会全国キャラバン」を10都市で計12回開催し、500人以上が参加した。

ひきこもりUX会議の林さんは、「ただ、このような当事者会には行政などの支援もなく、収入のない当事者から参加費を徴収する形となり、活動を続けていくのが難しい現実があります」とし、「日本財団の助成で女子会が開催されていることには大きな意味があり、今後、自治体など行政からの支援も必要としています」と公的なサポートの広がりを期待する。

日本財団担当者の児玉渚さんは、「開催地の自治体の方からは『ひきこもりの女性からのニーズが本当にこんなにあったんだ』という声を聞きました」と話す。

「『会場の前に行ったけれども、中に入るまで勇気が出なかった』と過去の経験を話してくれた参加者もいらっしゃいました。1年に1回の場合、当事者の方はその日を逃すと次の日程は1年後と、機会を失ってしまう。そのため、年に複数回、場を提供することが一番の支援につながります」(児玉さん)

しかし、地方では定期的な開催には至っていないのが現状だ。

「たとえば主婦の方の場合、旦那さんから『経済的に困ってないから働かなくていいよ』と言われたら、生活保護になるわけではないから行政との接点はありません。また子どもがいてストレスなどで虐待してしまうなら行政が介入できますが、子育てだったり家事はできているけれどもずっと悩みを抱えて引きこもっている状態であれば、行政側としては手を差し伸べる切り口がありません。ですから、仮にご本人がどこかの窓口に話を聞いてもらおうとでもしない限り、当事者の女性が不安でとても辛い状態に長くあっても、行政からはその存在に気づく手段がありません。

行政のひきこもり支援の場合、最終的に就労につなげることをゴールとして設定することが多いのですが、支援を受ける側=当事者と、支援する側=行政というタテの関係ができあがってしまい、当事者からは「抑圧されて、心の調整の場に使えない」という声がたびたび上がるそうです。そうなると、結果としてその先にある就労にはたどり着くことができません。

この取り組みがこれほどまでに広がっている理由も、主旨が『当事者たちで集まろう』というヨコの関係で、必ずしも就労、医療的な治療を目的としていないということにあると思います。

いま、ひきこもりUX会議さんのように、当事者の方たちが声を上げ始めています。これまで『女性のひきこもりはいない』『主婦のひきこもりはいない』『ママのひきこもりはいない』となってきたことに『いるよ』と声をまずは上げること。そしてそうした声のひとつひとつを集め、データとして可視化させて国や自治体へ示していくことが、生きづらさを少しでも減らす社会をつくっていくことにつながっていくのではないでしょうか」。