2022年2月28日、ロンドン金属取引所(LME)。ロシアによるウクライナ侵攻を受け、LNGや金属取引が混乱を来した(写真・2022 Bloomberg Finance LP)

ロシアがウクライナに侵攻したことで、世界の対ロ非難が広がっている。貿易分野でも自由貿易体制からロシアを排除する動きが進んでいる。だが、関税の引き上げなどは、ロシアに対して有効な政策なのか。国際経済法、通商政策が専門で上智大学法学部の川瀬剛志教授が解説する。

ロシアのウクライナ侵攻開始から3週間が経とうとしているが、依然として戦況は見通せないまま、経済制裁がエスカレートしつつある。制裁のメニューは多岐に及ぶが、とくに2022年3月12日から実施されたSWIFT(国際銀行間通信協会)の決済ネットワークからロシアを排除することは、ロシア経済の国際貿易・投資のネットワークからの切断に相当効果があるという。

企業レベルでも、エクソンモービルやシェルがロシアの原油・天然ガス田を開発するサハリンプロジェクトから撤退し、トヨタや日産も操業を一時停止した。モスクワでは閉店を前にIKEAやマクドナルドに行列ができ、タイではロシア向け旅客機が飛ばず、クレジットカードも止まり、リゾートに取り残されたロシア人観光客が多数いるという。

最恵国待遇を剥奪する意味

こうしてみると、実態ではロシアの国際貿易のネットワークからの排除がすでにある程度進む一方で、WTO(世界貿易機関)体制からもロシアを排除する動きが顕在化しつつある。その象徴的な対応策が、2022年3月11日にアメリカが発表した「最恵国待遇」(MFN、Most Favoured Nation)の剥奪だ。

WTO体制はしばしば、「自由・無差別・多角」の通商体制といわれる。「自由」とは関税を削減し、輸出入制限を撤廃し、貿易を自由化すること、そして「多角」とは多国間のネットワークであることを指す。そして、「無差別」とは、輸入品と国産品を差別しない内外無差別と、自国とほかのWTO加盟国との間で輸出入される産品を平等に取り扱うMFNを指す。

MFNを規定するGATT(関税及び貿易に関する一般協定)1条1項によれば、WTO加盟国は自国がある産品に課す最も低い関税率や貿易関連の法令における最も有利な待遇を、等しくほかのすべての加盟国との輸出入に適用しなければならない。したがって各WTO加盟国は、例えばある特定の加盟国からの産品について、それ以外のほかの加盟国の産品に課す、より高い関税で輸入を制限することも、あるいは逆に低い関税で優遇することも認められない。

ただし、CPTPP(環太平洋パートナーシップ)のようなFTA(自由貿易協定)により一部の国に関税を減免する場合、およびWTOで認められた対抗措置として特定国産品のみ関税引き上げを行う場合など例外はある。

MFNの剥奪はロシアをこの「自由・無差別・多角」の枠組みからはじき出すことにほかならない。つまり、ロシア製品のみ高い関税をかける、あるいは通関においてより面倒な手続を課すなど不利に取り扱うことでその貿易を制限し、多国間の通商ネットワークに参入しにくくすることを意味する。

アメリカ議会では、2022年2月24日のロシアによる侵攻開始直後から、国際通商を担当する下院歳入委員会通商小委員会、上院財政委員会の主だった議員がロシアからMFNを剥奪する法案の準備に着手していた。法案は上下両院で超党派の支持を集めたが、ロシアを刺激することに対するバイデン政権の懸念を受けて、3月8日に一度はMFN停止規定が落とされた法案が下院に上程された。しかし、対ロMFNの剥奪を求める議会の声は根強く、最終的にバイデン大統領は対ロMFN剥奪を決断した。

アメリカ法では永続的にMFNを与えることを「恒久的正常通商関係(PNTR)」と呼ぶ。冷戦時代のアメリカでは、移民の自由や人権保障に懸念のある非市場経済国家にはMFNを与えないとする「ジャクソン・バニク修正条項」に基づき、旧ソ連や中国のほか、ベトナムや旧東欧共産主義諸国にはPNTRを認めず、人権保護の状況などを毎年審査のうえMFNを更新してきた。しかし、中国(2001年)やベトナム(2007年)などがWTOに加入する場合にはPNTRを認めざるをえず、ジャクソン・バニク修正条項の適用対象国から外した。

インパクトに欠けるアメリカ単独でのMFN剥奪

ロシアも中国と同様に、2012年にWTOに加盟した時にジャクソン・バニク修正条項対象国から外れた。ただし、この時はマグニツキー法によって、ロシアで行われた人権侵害行為に責任のある個人に制裁を実施することと引き換えに、アメリカ議会がロシアにPNTR を認めた。アメリカ議会にとってロシアは、そもそもPNTR、つまり正常な通商関係を当たり前に取り結ぶ相手ではなく、ロシアがアメリカとそうなるためには人権保障にきちんと取り組むことが条件だった。そう考えると、例えば住宅はおろか妊婦のいる病院にさえも攻撃をためらわず、また人道回廊で一般市民が避難中にも停戦を順守しないロシアとは「正常」な付き合いに値しないとアメリカ議会が判断するのは理解できる。

今回の措置はG7やEU、その他のNATO(北大西洋条約機構)加盟国と連携して実施される。また2022年3月15日のWTO一般理事会の声明では、これらのメンバーではないオーストラリア、韓国、ニュージーランドも加えた14カ国・地域がMFN停止を含む対ロ制裁への参加を表明している。アメリカの関税に限ればMFNの剥奪は、実はインパクトに欠ける。アメリカのロシア産品輸入はエネルギーや水産物などに偏っているが、これらの産品についてはもともと、非MFN税率自体が低いのでロシアにはあまり影響はない。また、ロシアの輸出相手国としてアメリカのシェアがそもそも小さい。したがって、同盟国と連携して実施することが欠かせない。

ロシアの貿易相手国としては、EU(とくにドイツ、オランダ)がロシアの総輸出の実に4割以上を輸入しており、圧倒的に重要だ。また、ロシアの貿易構造は鉱物性燃料の輸出に著しく偏っており、石油・天然ガスについては輸出の半分から6割がEU向けになっている。とくに天然ガスはパイプラインの通っているところに供給先が限られ、簡単に他の輸出市場に振り替えられないことから、EUに輸出できないことはロシアにとっても痛手になるという。またEUはロシア産農産物の一大市場でもあるので、EUがこうした産品の関税を引き上げれば、その効果は大きい。

もっともEU、とくにロシアへのエネルギー依存が大きいドイツやイタリアは、石油や天然ガスの輸入制限には元々消極的だ。すでにウクライナ侵攻前にガス価格の高騰がEU内で問題となっていたが、それでもEUはロシア産天然ガス輸入を2022年末までに6割以上削減することを決めた。この後、さらに返り血を浴びながら、実際にどこまでこうした産品の関税を引き上げられるかが、対ロ制裁の実を上げるために焦点となる。

制裁の効果を狙うか国民生活への衝撃回避を狙うか

この点は日本も同じで、エネルギー(石油、LNG)、木材、非鉄金属(アルミ、レアメタル)、水産物(イクラ、カニ)などをロシアから輸入している。これらの関税を引き上げることは制裁として実効的だが、やはり国民生活へのダメージが大きい。政府はロシアをMFNから外し、実行関税率表上の基本税率を課す法律を今国会に提出するようだが、もともとこれらの産品は国民生活にとって必要な物資なので、その基本税率はMFN税率と比べて極端に高い訳ではない。

カナダのように今回の同盟国の協調に先駆けてすでに35%もの高関税を全面的に導入している国もあるが、日本ではさらにロシア向けにのみ税率を上げることは今のところ検討されていないようだ。その意味では、MFN停止という制裁の効果は限定的だろう。

こうした各国事情の違いを反映して、2022年3月12日のG7首脳緊急声明も微妙に腰が引けている。声明には、「われわれは、各国の手続と整合的な形で、重要産品に関するロシアの最恵国の地位を否定する行動をとるよう努める」(下線は筆者)とあり、この限りでは一部の品目でもいいから、各国のできる範囲でMFNを剥奪すればよい、とも読める。G7声明には共同歩調の難しさが滲む。

MFNの剥奪は、もちろんGATT1条1項のほかWTO協定の主要な基本原則に反する。しかし多くの国は、今回の措置は安全保障上の例外として「正当化できる」と理解している。とくに GATT21条(b)(iii)には、「戦時その他の国際関係の緊急時」に、「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める」措置をとることができると規定されている。

ウクライナの状況がこの「戦時」であることは当然として、実際に戦火のない日本やアメリカにとっても現状は「国際関係の緊急時」だ。ロシアのプーチン大統領はアメリカとその同盟国に対して、ウクライナでの武力行使の傍らで「経済制裁は宣戦布告も同じ」のような威圧的な発言を繰り返し、さらには核抑止部隊に特別警戒態勢をとるよう指示した。ついにグテーレス国連事務総長が、核戦争の現実味に警鐘を鳴らす事態に至っている。

安全保障例外では自縄自縛のロシア

この事態は、同じ安全保障例外による正当化が主張された最近の事件、例えばアメリカの鉄鋼・アルミニウム関税の引き上げや日本の対韓国向け輸出管理強化の場合とは明らかに異なり、ここで安全保障例外が認められなければいつ使えるのだ、という差し迫った状況にほかならない。

ロシアはこうした主張に文句を言える立場にはない。2014年のクリミア危機の際、ロシアはウクライナからの第三国向け輸出品が陸路でロシア領を経由するのを禁止した。ウクライナはこれをGATT違反であるとWTOに訴えたが、ロシアはまさにこのGATT21条の安全保障例外を持ち出し、何が「自国の安全保障上の重大な利益」かはパネルが判断するのではなく、もっぱら自国が決めることだ、と主張した。

この点について、WTOパネルはロシア側にある程度寄った判断を下し、安全保障例外によって協定違反の通商制限を正当化する裁量を広くに認めた。今回、アメリカやその同盟国はMFN停止だけでなく、そのほかの対ロ輸出入禁止措置をかつてのロシアと同じ理屈で正当化するだろう。皮肉なもので、ロシアは自縄自縛に陥ってしまった。

(川瀬 剛志 : 上智大学教授)